第十二話 盗賊退治(せいぎのみかたごっこ)
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不思議な雰囲気を纏いつつ、黒髪の少女はあどけない笑みを浮かべながらオニキス達を見つめていた。先程までの禍々しい魔力は霧散し、今この部屋内に何の魔力も感じられなくなっていた。
「おぉ、その嬢ちゃんどっから出てきたんだ?」
「せいっ!!」
「目がーっ!?」
全裸幼女を見つめる不埒な中年男性の目は即座にシャマの指によって潰され、それを見た残りの盗賊たちは一斉に目を閉じる。彼らにとって性の対象にもならない幼女を見ただけで目を潰されては、あまりにも理不尽且つ割に合わない。のたうつスミスを男達は憐憫の眼差しで眺めていたが、件の少女はスミスの動きが面白いのか、彼を指さしながらケラケラと笑っていた。
「取り敢えずこれを羽織ってください。」
「はーい。」
少女はシャマに渡された布を体に巻いた。タオル代わりに持ってきていた布だったが、少女の小さな体であれば隠すべきところは隠せる程度には大きく、丈の短いローブを纏ったような姿はこれはこれで中々に愛らしかった。漸く男達の目隠しを解く許しが出た所で、慌ててリーベがスミスの目の治療を始める。
「……所で、オニキスちゃんの事をお父さんと呼んでいましたが、貴方は何者なんですか?」
「何者ー?」
少女はシャマの質問が理解できなかったようで、口元に指を添えつつコテンと小首を傾げる。その仕草はその場にいる全員の胸に突き刺るほど愛らしかった。
「グハッ!?とんでもない破壊力ですね。日々オニキスちゃんを愛でていなければ危うく鼻血を吹き出す所でしたよ!」
「ふぇぇぇ、シャマちゃん鼻血でちゃってる。出ちゃってるよぉ~。」
勢いよく欲望を吹き出すシャマを慌てて治療するリーベ。その様子を見ていた黒髪の少女は心配そうにシャマの元へ近づいて行き、シャマの服の裾をクイッっと引っ張った。
「おかーさん、怪我したの?だいじょぶ?」
「ふぇ!?お母さん?」
「……どういうことです?」
鼻から大量出血しているシャマに、狼狽しながらも心配そうにしている少女の口から、聞き捨てならない爆弾が投下される。全員が驚く顔をする中、少女はシャマとオニキスを順番に指差しつつ再び爆弾発言をする。
「おかーさんと、……おとーさん?」
「どどどど、どういう事なの!?」
「あのね、ごーれむがあばれちゃったせいでユリカゴがこわれちゃったのね。だから、わたしがわたしになるためのちからがどんどん抜けちゃったの。わたし死んじゃうと思ったんだけど、おとーさんとおかーさんがじょうずにしてくれたから、わたしは生まれることができたの。だからおとーさんとおかーさんなの。」
やや辿々しい舌っ足らずな言葉で聞き取り難かったが、どうやら先程の遺跡の装置の暴走や、それ以前のゴーレムの暴走なども彼女は認識しているらしい。その上で、自らを生み出す時に尽力した(?)シャマとオニキスを両親として認識しているようだ。
「シャマちゃんがお母さんなのは解ったけど、なんでオニキスちゃんがお父さんなんだい?どちらかと言うとオニキスちゃんのほうがお母さんっぽいと思うのだけど。」
「……?」
リコスの問いかけが理解できないと小首をかしげた少女だったが、しばらく考え込んだ後にその口を開く。
「だっておかーさんはおんなのひとで、おとーさんはおとこのひとでしょ?」
「ふむふむ?」
「だからおとーさんはおとーさんで、おかーさんはおかーさん?なんだよ。」
「……むぅ、余計に意味がわかんねえな……あー、嬢ちゃんの服装のせいか?。」
「ふふふ、やはり子供は正直ですね!私の体からあふれる男らしさがこの娘には解るようですね!!」
本来なら正体がバレかねない爆弾発言であったが、何故か当の本人は非常に嬉しそうにしていた。逆にシャマから見れば、ここまでズバリ正体を晒されたにも関わらず、周りの人間が誰一人オニキスが男性であるという認識に至ってない現状が面白くて仕方がない。
「所で、貴方は自分が何者なのか解りますか?名前とか。」
「なにものってわかんない、わたしはわたしなの。」
「名前もわからないですかー。私はオニキスと言う名前です。そこにいる鼻血はシャマです。」
「ひどい紹介!?」
「んー、わかんないの。わたしはわたしだよ?おとーさん。」
少し考える素振りを見せたが、どうやら本当に心当たりが無いらしい。状況からして、この遺跡は彼女の保存と再生を目的とした古代の装置であるように思えるが、経年劣化と誤作動により彼女の記憶は欠損してしまっているらしい。
「困りましたね……。」
「うーん、名前が無いのは不便ですね~……。」
少女は困り果てた一同をオロオロ見上げつつ、徐々にその表情を不安の色に染めていった。
「おとーさん、わたしなまえないの、わるいこなの?ごめんなさい、わたしなまえないの、ごめんなさい。」
最早泣きそうになっていた少女だったが、その涙が溢れる前にオニキスは少女を優しく抱きしめた。
「ごめんなさい、貴方は何も悪くないですよ、名前がないのなら名前をつければ良いのです。私が貴方にぴったりな素敵な名前を考えてあげますよ。」
「……!ほんとう?うれしい。わたしなまえほしい!」
「ヘヘッ……いい話じゃねえか。」
涙ぐむオヤジ共が見つめる中オニキスは少女を見つめ、真剣な表情になると思考の海へと潜っていく。……やがて瞑っていた目を見開くと満面の笑みを浮かべ、その長い思考の果に思いついた名前を口にした。
「梅の花のように可憐な貴方にはこの名前がふさわしい……梅子!」
「「「センスが古臭いッ!!!」」」
「ええっ……!?」
一斉のツッコミに狼狽するオニキス。しかし、満場一致で棄却されては文句も言えないため、しょんぼりしつつ他の名前を考え始めた。ブツブツ言っているその表情は非常に不満そうである。
「梅子可愛いと思うのに……皆さんひどい……うーん、そうしたら……稲……麦子……。」
「絶対却下ですよオニキスちゃん、そもそも何でクティノス風の古風な名前ばかりなんですか……。」
「えぇっ!?これも古風ですか?でも、この子の小さくて可愛い様は梅の花の名前でぴったりだと思うんですよ。だから梅の一字は入れておきたいのです。」
「あの、あの、梅子ちゃんも可愛いとはおもうんですけど、今どきの名前ではないですし、何よりこの子の顔立ちにあってないと思うのですよ~。彼女クティノス顔ではないですし~。」
「うーん、では梅の花をサントアリオ風に……シルエラでどうでしょう?」
「しるえら?」
「サントアリオの白いスモモの花の名前だね。厳密にはあれは梅ではないけれど、梅子より良いと思うよ。」
「しるえら、しるえら!わたしシルエラ!!」
満面の笑みを浮かべ、ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶシルエラを見てオニキスがホッと安堵のため息を漏らす。
「ふぅ、良かった……気に入っていただけたようですね。」
「……でも、合格ラインギリギリですよ?オニキスちゃん……。」
「えぇ……。」
「わ、私は可愛い名前だと思いますよ~。」
「うぅ、ありがとうリーベ……。」
「おとーさん、ありがとう!」
シルエラはオニキスに飛びつき、その顔に頬ずりをする。ふにふにとしたシルエラの頬の感触に、オニキスの眉が垂れ下がり、胸のうちから強烈な庇護欲が溢れ出した。
「ふぁ~、私この娘のお父さんとして生きていく決心がつきました。」
「オニキスちゃん、君の立場はお父さんでいいのかい……?」
「もちろんですとも!!」
「嬢ちゃんは何というか、見た目によらず色々残念だなあ……?」
「ふふふ、知性のあるお馬鹿さん、そこがオニキスちゃんの良い所なのです、シャマは今日一日でとっても潤いました。……さて、それではそろそろ地上に戻りますよ~。」
無表情ながら何やら艶々しているシャマがコンソールを操作すると、低い駆動音と僅かな揺れの後に、壁の一部が横に開いた。そしてシャマの抑揚のない声が響き渡る。
「さー急いで乗ってくださいねー。乗り遅れたら一生ここから出られないと思いますよー。」
「唐突な上に内容が重いな!!いそいで乗り込め!」
「アイアイ!」
慌てて乗り込む一同。オニキスに抱えられたシルエラは手をたたきながら笑っていた。全員が乗り込んだ後扉が閉じ、独特の揺れと共に来た時と逆の、部屋全体が地上へ登っていく感覚を感じる。
「ふぅ~、取り敢えず色々あったので疲れましたが、何とか帰れそうですねー。スミスさん達はこの後どうしますか?」
「……俺は、盗賊を止めて自首するよ。恐らく犯罪奴隷で強制労働送りだろうが、今回のことで解った。俺ぁ悪党に向いてねえや。」
「頭ぁ……。」
「お前らはどうする?このまま盗賊続けるか?」
「いや、俺は頭についていくッス。今回のことで、俺らが今まで盗賊やってこれたのは運が良かっただけだってわかったっス。」
「俺ら全員同じきもちだ。嬢ちゃんの戦いっぷり見たあとじゃ、とてもじゃねえけど盗賊やってく自信なんてねぇわ……。」
「そうかぁ……。」
出会った頃と違い、清々しい表情になった盗賊達。彼等は全員笑顔でオニキス達と握手を交わし、街へ向かって歩き始めた。元々人の良い彼等であれば、恐らく真面目に労働に従事し、いずれ再開も出来るであろうとオニキスは思う。その時を楽しみに思いながら立ち去る彼等の姿を暫く見つめていた。
「………………あああああああああああああ!?」
……暫くの沈黙の後に辺りに奇声が響き渡った。
全員が驚き振り向くと、そこには顔を青く染めたリコスが立っていた。
「彼等が自首しちゃったら僕らの任務失敗じゃないか……。」
「あ……。」
こして彼等の初めての盗賊退治は失敗に終わるのだった。
―――― side スミス
才能があるのか否か、人によりいろいろな意見があるかも知れないが、結果だけで物を見るのであれば、俺には悪党の才能なんか欠片もなかったらしい。何だかんだと上手く行ってたのは、ただただ運が良かっただけだったって嬢ちゃん達のおかげで悟ったぜ……。今は部下共と五体無事でいられたことに只感謝している。
「あー、何時かシャバに戻れたら、またあの嬢ちゃん達に会いてぇもんだな。」
俺達は数年ぶりに正門を通って街に足を踏み入れた。
思ったより長引いてしまった地下遺跡。
見切り発車で始めた弊害がががが……。
シルエラの名前つける時に海外に梅の木が無いことを知りました。
ジャパニーズプラムなんですねあれって……。
ちなみにボクは桜より梅の花のほうがすきなのです。
思いの外長引いてしまった盗賊退治のおかげで全然学園出てこなかったので第二章のサブタイトル変更します。男装したのに女の子扱いされるシーンかきたかっただけだったのに……どうしてこうなった。
あと前に食べ物の話の時に固有名詞は現代基準に表現するとしましたので、第一話の花の名前もプリマヴェラから桜に変更致します。
次回は4月1日10時にエイプリルフール企画を更新します。




