第十話 巨骨とポンコツ
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一行の目の前で扉はゆっくりと開き、先程から轟音を響かせていた存在を外に解き放とうとしていた。本来であれば絶望的な光景なのだが、先頭に立ちそれを見つめる少女二人からは、緊張と言ったものは一切感じられなかった。
「うーん、見た所何かの骨、竜種の骨ですかね?ずいぶん硬そうな骨で出来てますけど、あれって本当にゴーレムの類なんですか?アンデットではなく?」
「むむむ、シャマもあんなのは見たこと無いのでなんとも言えないのですけども……。今までこの扉が無事だったって事は、扉を開けようとした事に反応して”あれ”が動き出したってことだと思うのです。なので”あれ”はここに偶然居合わせたアンデットと言う訳では無いと思うのですよ。」
「って、おいおいおい嬢ちゃん達、何呑気に話してんだ!?」
落ち着いて現状分析を始める少女二人に焦ったスミスが話しかける。しかしそんな声を聞いても二人は慌てるでも無く件の骨を眺めている。それどころか何を慌てているのかと怪訝そうな顔すら浮かべていた。
「何でそんな不思議そうな顔するんだよ?どう考えても落ち着いて話している場合じゃねぇだろ、今は上手い事扉に引っかかってくれてるけどよ。あいつはやべぇよ、扉が開ききる前にに逃げねえと危ねえぞ!」
「いやぁ、とりあえずは危険はないとおもうですよ、よく見てください。」
「ん?」
シャマに言われ骨を注視するスミス。暫く眺めるとシャマが言わんとしていたことが理解できた。件の骨は今、開ききらないドアの隙間に挟まる形でその進行を止めていた。先程、巨骨自身の攻撃によって扉が変形してしまった為、横にスライドする形式だった扉は一定以上開くことができなくなっていたのだ。
「あいつ体は強そうですけどオツムの出来は良く無さそうなのです。開き始めた扉を見て大人しく開くのを待つ程度の知能はあるみたいですけど、扉が途中で引っかかってることにはまだ気が付かないみたいです……。」
「とりあえず挟まってる間に遠隔攻撃でも仕掛けてみましょうか。そりゃ!」
気の抜けた掛け声とともにオニキスの手からスケルトン謹製粗雑鋳造ソードが投擲された。投げる際に強烈な回転を加わえられたそれは、虫の羽音のような唸りをあげながらまっすぐに巨骨の頭骨に飛んでいき、見事に命中した。
「やったか!?」
「シャマさん、それは止めて!?」
間髪入れずフラグを建てるシャマ。そのせいなのか、直撃した剣は金属同士をぶつけたような甲高い音を鳴らしながら粉微塵に砕け散った。
「あ……シャマのせいじゃないですけど見事に砕け散っちゃいましたねぇ。シャマのせいじゃないですけど。」
「あーあ、シャマが変なこと言うから……でもまあ、やっぱり鋳造品だと強度がイマイチみたいですね……所でリコスさんその剣いい剣ですね、ひょっとして鍛造品ですか?」
「いやいや、ボク嫌だよ、そんな事に貸さないよ!?」
「むう……。」
物欲しそうに腰を見つめるオニキスから逃げるようにリコスはシャマの後ろに隠れる。しかし体の小さなシャマに隠れた所で長身のリコスを隠すことは出来ないため、オニキスの視線を振り切ることが出来ない。
しかし、そんなやり取りをしていると不意にオニキスの服の裾が軽く引かれる。振り向くと柔らかな笑顔を浮かべたリーベが自らの杖を手にしながらオニキスを見つめていた。
「あの、あの、お姉さま。これを……。」
「ん、どうしました?リーベ。」
「私の杖、剣でこそないですが、これは~お母様も使っていた由緒正しい聖杖と聞いています~。これをお使いください~。」
「……リーベ。」
「ふえ!?」
健気に自分の大切な杖を差し出すリーベ、その献身的な姿に胸の奥から温かいものが溢れるような感覚を覚えたオニオキスは、気がつけばリーベを抱きしめ優しく頭を撫でていた。突然の事に一瞬驚いたリーベだったが、その優しい手にうっとりと目を細めていく。
「ありがとうございますリーベ。貴方は優しい娘ですね。でも、この杖は貴方の大切なものでしょう?貴方の気持ちは嬉しく思いますが、どうかこの杖は大事にしてください。大丈夫、これを使わなくても私が何とかして見せますよ。」
「お姉さま……。」
「そうですよ、あの骨には王子の剣をぶん投げれば解決なのです。」
「ボクの剣も大事なものだからね!?あとオニキスちゃんも、ボクの時とリーベちゃんの時の対応が違いすぎるよ!?」
「……なあ嬢ちゃん、とりあえず石とか投げてみれば良いんじゃねえのか?」
「おお!」
「おお、じゃないよ!?最初に試してほしかったよ?」
徐々にツッコミ疲れから泣き声に近づいていくリコス。そんなリコスを他所に魔力循環を起動したオニキスはこぶし大の石を次々に巨骨に向けて投擲した。しかし、唸りをあげて飛んでいく石も、先程の剣と同じく粉々に砕け散っていく。大きさも色々試してみたが巨骨には何の通用も与えられては居ないように見えた。
「うーん、これはいよいよ困りましたね、せめて鍛造の剣さえあれば……チラッチラッ。」
「シャマも武器さえあればこの状況を打破出来ると思いますですのに……チラッチラッ。」
「君たちこう言う時は息ぴったりだね!!」
ガコォォォンッ!!
「……!?嬢ちゃん、あいつまたドアを攻撃し始めたぞ!」
暫く大人しくドアが開くのを待っていた巨骨だったが、その鈍い頭脳でも漸くドアがこれ以上開かないことに気が付いたようだ。一度動き出したその膂力は凄まじく、何らかの金属で造られた頑丈なドアは、見る見る歪な形に変形していった。
「不味いですね。このままだと数分と持ちそうもありません。ちょっと本気でなにか武器を用意しないといけませんね。」
「とは言っても鍛造の剣は手に入りそうもないですし……。」
「まだ言ってるの!?て、言うか、二人は魔法専攻でしょう?何で物理で解決しようとしてるのさ!」
「「ッ!!」」
驚愕の表情で固まる二人。呆れ返った複数の視線が二人を突き刺した。
「シャ、シャマは得意なのが炎ですからこんな密閉空間で使うわけにはいかなかっただけですしぃ?」
「わ、私は剣を投げるのにも魔力使ってましたし……魔法のこと忘れてたわけではないですし?」
「オニキスちゃん、ボクそんな高速で黒目が揺れている人見たこと無いよ……。」
「そ、それでは私、今から魔法打ち込みますよぉ!」
呆れた視線から逃れるように魔力を練り始めるオニキス。その流麗な魔力の流れは見事に洗練されており、それを纏い立つオニキスの姿は見るもの全てを魅了する様な美しさを誇っていた。……黒目が高速で揺れていなければ。
「いけねぇ、もう出てきやがるぞ!!」
遂に扉を破った巨骨の姿に、スミスの緊張した声が響き渡る。しかし最早この弛緩しきった空気の中で緊張を保てるスミスは逆に凄いのかも知れないとリコスは思っていた、流石盗賊団の頭である。
「土槍!」
オニキスの声と共に練られた魔力は開放され、無数の土槍が姿を現し巨骨を貫く。大和と戦った時の足止め用とは違い、巨骨の戦闘力を奪うためになるべく巨大な槍を生み出した土槍はその凄まじい力で巨骨を刺し貫き、その巨体を地面や壁に縫い付けていく。巨大な土槍に全身を刺し貫かれ身動きを封じられた巨骨は、その高硬度の骨には傷一つ付いておらず、その活動を止めることは叶わなかったが、隙間全てに土槍が刺さった状態でこれを砕くことは出来ないようだった。
「す、すげぇな嬢ちゃん……さっきの岩のやつもそうだったが、こんな魔法見たこともねえぞ。」
「剣術だけじゃなくて魔法も凄かったんスねぇ。」
「可愛いだけじゃないのな……惚れるわ……。」
「可憐だ……。」
オニキスの非常識さを見慣れたリーベやリコスはとにかく、その異常な魔法を初めて目撃した男達は驚愕の眼を見はる。……しかしそれ故に、これほどの魔法を持っていながらそれを使うに至らなかったオニキスのポンコツぶりが強調されており、男達の視線はどこか生暖かい物となっていた。
「と、とりあえずこれで奥に進むことができますね!ね?」
「なんでだろう、オニキスちゃんこんなに活躍してるのに、ポンコツにしか見えない……フシギダネ。」
「ひどいですよリコスさん!?」
経過はどうあれ確かにガーディアンである巨骨が戦闘不能になった為、一行の視線は自然と破壊された扉に集中する事となった。先程までは巨骨に意識が向いていた為に気になっていなかったが、その奥からはわずかに魔力が漏れ出していた。
「とりあえず、奥に行ってみようや。」
扉から溢れる冷気すら感じる魔力に嫌な予感を抱きつつも一行は扉へと歩を進めるのだった。
いよいよマンガ描きのほうが切羽詰まってきたので週一更新も怪しくなってきましたが、可能な限り頑張って投稿したいと思います。
以前ツイッターアンケートで募集したオニキスのイラストは脱稿後かくと思いますので4月の末には公開出来ると思います。
多分ゴスロリ釘バット描きます。




