第九話 扉の先の威容
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「ふう、それなりに溜飲も下りましたしこの辺で許してあげましょうか。やり過ぎてしまったらシャマさんに、ここの仕掛けを解かせる事ができなくなりますからね。いいですかシャマさん?今度から見知らぬ遺跡の仕掛けをむやみに起動しないように。」
「か、は、はひゅぅ、は、かひぃ……。」
「うわぁ……。」
ドン引きするリコスとリーベ。そして前かがみになり複雑な表情をする男達の目の前で、銀髪の少女が顔中から体液を垂れ流しながら虚ろな目をしながら体を痙攣させていた。内股にした足をもじもじさせているのは色っぽいのだが、如何せん嫁入り前の娘が見せて良い声と顔ではない……。
「ふえぇぇ、超が付くような高魔力の感覚強化魔法と身体拘束魔法の併用からのくすぐり~……ちょっとうらやま、ゲフン、こんなの地獄の責め苦ですぅ~……。」
「ボクも最初の方は、乱れるシャマちゃんを見ていて割りと興奮したんだけどね。シャマちゃんの声がヤギの鳴き声から”ん゛ぉほぉぉお゛ぉお゛”みたいな獣の雄叫びみたいに変化した辺りからは見てられなかったよ。人間ってあんな声出るんだね……ボクはオニキスちゃんを絶対怒らせなと心に誓ったね。」
「でもでもぉ、お姉様にあんなに構ってもらえてシャマちゃんがちょっと羨ましいです~。」
「えぇ……?」
リーベの顔は青ざめた表情をしているのだが頬はうっすら赤く染まっており、その目はわずかに潤んでいるように見える。リコスはそれに気が付き少しリーベとの距離を開けた。
「流石にボクはああなるのは遠慮したいかなー。シャマちゃん大丈夫かい~?」
「んほぅぉぉぉ……。」
焦点の合わない瞳でリコスに返事をするシャマ。
……意外と余裕があるのだろうか?
「とりあえずシャマさんは罰として、一週間私の晩御飯作ってくださいね。今晩はシャマさん得意のスペシャルナポリタンが所望です。」
「ん゛~ほ。」
オニキスは倒れたままのシャマに近づき、魔法で濡らしたタオルでシャマの顔を拭う。気持ちよさそうな声をあげるシャマの顔を拭っていくと顔の汚れは無くなり、彼女本来の可愛らしい顔に戻って行く。暫くそうしているとその瞳には徐々に生気が宿って行く気がした。まあ、戻った所で彼女の目は元々死んだ魚のような虚ろな物なのだが……。
――なんとか彼女の瞳が人間らしい光を宿したのを確認すると、オニキスは表情を真面目なものに戻しシャマに問いかける。
「早速ですがシャマさん、とりあえずあそこの扉、なんとかなりますか?」
「……うう、もうちょっと休みたかったですけど見てみますよぉ~。」
ガクガクと揺れるヒザを押して立ち上がり、生まれたての子鹿の様な足取りで扉に向かうシャマ。しかしやはり力が入らないのか、2,3歩進んだ所でぺたりと座り込んでしまう。するとシャマは一瞬だけ立ち上がろうと体に力を入れるが、すぐにその行動を中止し、何やら思案を開始した。
――やがて何かを閃くとオニキスの方を向き、無言で両手を広げ何かを催促するように「ん、ん!」と声を上げ始めた。
「……シャマさん、何で両手広げてこちらを見つめているのですか?」
「シャマは皆さんのお役にたとうと頑張りたいのですが、先程の折檻のせいで腰が抜けていて足腰が立ちません。オニキスちゃん、シャマは元凶であるオニキスちゃんに抱っこを所望します。」
「元凶って……あれは貴方が……。」
「おお、ただでは起きない。流石だねシャマちゃん。ボクなら恐ろしくてそんな要求出来やしないよ。」
何かを言いたげに抗議をするオニキスの言葉をリコスが遮る。
「はーやーくー。だっこー。」
「はぁ……。」
こうなると梃子でも動かなくなるシャマの性格をオニキスは熟知していた。やがて諦めたようにため息を吐くとシャマをお姫様抱っこで抱え上げる。するとシャマの方も腕を伸ばし、落ちないようにオニキスの首に回した。
「ふふふ……。」
「妙にご機嫌ですねシャマ、まったく貴方は時々変なことを要求します。」
顔が近づいたので小声での会話になったため、オニキスはシャマのことを呼び捨てにする。
抱えられたシャマは滅多に見ないほど上機嫌だった。
「奈落の底で……。」
「ん?」
「奈落の底であの犬娘がオニキスちゃんにお姫様抱っこされてるのを見てから、シャマも本当はずっとお姫様抱っこしてほしかったのです。」
そんならしくないしおらしさを見せるシャマは、いつもの無表情ではあるが、その頬にはほんのりと赤い色が差し、どことなく嬉しそうに見える整った顔は、何時もより少し可愛らしく見える。その血のように赤い真紅の瞳は至近距離からまっすぐにオニキスの瞳を見つめており、その双眸はわずかに潤んでいるかのようだった。そんなシャマらしからぬ様子にオニキスの顔は熱を持ち、自分の胸が一瞬高鳴ったような気がした。
「こ、こんな事くらい、シャマがやってほしいのなら何時でもやってあげますよ?」
「もー、オニキスちゃんはわかってませんねー。シャマはとってもシャイだから、こう言うのは口実が必要なのですよ。」
「シャイな人がそんな事言いますかね……?」
何かいつもと違うシャマの様子にドギマギしつつもオニキスは門の横までシャマを連れて行った。ドアの横まで着くと、シャマは抱き抱えられたまま壁をなで始め、閉ざされた扉の仕掛けを探り始めた。
「ちょっとちょっと、シャマさんや?まさかこのまま作業を開始するつもりじゃないですよね?」
「あー、あー、繊細な作業なので話しかけちゃだめですー。」
シャマはオニキスの声を拒否しつつ、そのままの体勢で素早く壁の一部に魔力を込めた。一階のときと同じく壁の一部が観音開きになり、中から扉を操作する仕掛けが出現する。
「もー、重いので降りてください!!」
「ムッキィ、なんてこと言いやがるですか!?シャマは重くないですー、学園では妖精とか言われてて、花の蜜と花粉しか食べてないって噂されてるぐらいなんですー!!」
「なんですかその化物設定は!!それはもう妖精じゃなくて昆虫なのでは!?」
ギャイギャイ騒ぐ二人を遠目に、スミス達がリコスとリーベに近づく。始めは警戒していたリコスだったが、盗賊に敵意がない事と、オニキスと行動を共にしていたことから警戒を緩める。
「お嬢ちゃん達はオニキス嬢ちゃんの友達かい?」
「うん……そう言う君たちはここを根城にしていた盗賊団で間違いないね?」
「そ、そうだ。」
バツが悪そうに目線をそらすスミス。
「まあ、そう警戒しなくても良いよ、オニキスちゃんと一緒に居て五体無事ってことは、君たちは彼女を襲ったりはしなかったんだろう?」
「ああ、勿論だ、オニキス嬢ちゃんは俺達の命の恩人だしな。」
「それなら、ここから出るまでは僕らも君たちとは敵対しないとも。短い間だけど宜しくね、ボクはリコスだ。」
「私は、リーベです~。お姉さま折角男装なさったのに”嬢ちゃん”って呼ばれちゃってるのですねぇ~。ふふふ、あ、お怪我した場合は私に言ってくださいねぇ、私治癒術は得意なんです~。」
「お、おぅ、俺達は……。」
よく通る声と爽やかな笑顔でスミス達に挨拶するリコス。爽やかな立ち姿とその中性的な微笑みは、オニキスの数倍男らしい。そしてその横で間延びした声を上げながらお辞儀をする小柄な少女。手を前に組んだ状態で礼をしたために、その体型に似つかわしくない胸部の暴力的な”モノ”がムギュッとその形を変える。自己紹介をしつつも男達は、この少女二人に目を奪われ感嘆の声を上げる。まあ、その視線の大半はリーベの胸元に注がれていたのだが……。
「……所であの痴話げんかは何時まで続くんだ?」
「多分オニキスちゃんの事心配してた反動で、ああなっちゃってるだろうから、暫く続くかもだねえ。」
「でも~、原因はシャマちゃんだよね~?」
「それはそれ、って感じなんだろうねえ。」
「……お前さんら、良くあんな問題ありそうな二人とパーティ組んでられるなあ。」
スミスは呆れつつ前方の二人を遠目に眺めていたが、恐らく彼女らは、何時もこんな調子で問題を起こしつつ仲良くじゃれているのだろう。そんな彼女らのやり取りに軽い郷愁の念を持ちつつ、彼女ら4人を眺めていた。しかし、次の瞬間……空気は一変した。
ゴォォォンッッッ!!!
突然扉に叩きつけられる強烈な打撃音。それはこちら側のものではなく明らかに部屋の中から何か巨大なものが扉に向かって何かをぶつけた音だった。
「嬢ちゃん!!これは一体!?」
リコス達と男達は即座にオニキス達の近くに駆けつけた。
ドゴォォォォッ!!
再び扉から大きな打撃音が響く。音の鳴る位置からして、音の主は人間より遥かに巨大なものであることがわかる。
「この音と衝撃は……この部屋の中にいる主のものでしょうね。あまり温和な性格ではないようです。恐らく外にいる私達を排除しようとしてるのでしょうね。」
「んー、多分ですけどゴーレムの類ですかねー、この奥にあるものを守るガーディアンみたいなんですけど、ここの装置弄った事で作動したみたいですね。」
ガゴンッ!!
再びドアがきしみをあげる。頑丈そうには見えるが、このままだといつまで耐えられるのか判らない。スミス達の緊張は高まっていった。
「どうする?この部屋以外に脱出できそうな道は無いのか?」
「うーん、確かにこの人数ではけが人が出るかもしれませんね。シャマさん、何とかなりますか?」
「ふふん、任せてくだい、シャマはこう言うの詳しいんです!」
自信満々と言った感じに胸を張る銀髪の少女。今はその謎の自信が非常に頼もしい。早速ドア横の装置に手を伸ばすと、流れるような手さばきでそれを操作する。
「ふえぇ、シャマちゃんこんな古代遺跡の知識ももってるんですねぇ~。凄ぉい。」
「ん……?」
リーベが感嘆の声をあげた瞬間、シャマの動きが止まり、直後聞き覚えのある不吉な言葉が紡がれた。
「……間違ったかな?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
重々しい地響きが立ち、重く硬いドアがゆっくり横にスライドを始める。
「ふえええぇぇぇ、シャマちゃぁぁぁぁん?」
「うーん、ごめんね、テヘッ☆」
シャマは頭を軽くコツンと叩き小首をかしげつつ無表情に言い放つ。語尾が非常に神経を逆撫でする。
既に開き始めた扉からは骨で出来た太い指が伸び、その扉を力ずくで更に開こうとしているのが見えた。その大きさは先程までのスケルトンとは一線を画し、明らかにその存在が先程までとは次元の違うものであると物語っている。流石にスケルトンと戦うことには慣れて来ていたスミス達も、この威容には全身が竦み、震え、肌が粟立つ。
「ス、スミスさん……。」
「オニキス嬢ちゃん……。」
今までの余裕の態度とは違い、流石に震える声で話しかけてくるオニキス。さもありなん、幾ら腕が立つとは言え、この様な勝ち目のない魔物に出会ってしまった時、若い少女が受ける心の衝撃は自分たちより遥かに大きいはずなのだ。
「スミスさん……。」
「大丈夫だ、大丈夫だ嬢ちゃん!」
――俺達がなんとか逃してやるから!!
男達はお互い目を合わせ頷き合う。全員同じ気持ちらしい。
(とても敵いそうには無いが、足止めくらいはやってみせる。俺達みたいなクソッタレの死に様としちゃ上出来だろうよッッッ!!)
気合を入れ、武器を強く握り直すスミスに、オニキスが振り向き声をかけてきた。
「スミスさん、あの骨なら出汁が出ますでしょうか!!!」
「まだ諦めてねえのかよ!?」
少女の目は希望でキラキラしていた……。
友人にもっとシャマといちゃつけと言われましたので……不自然だったかしら……。
暫くは漫画描きますので週一更新が増えるかもです。




