第八話 骨の通路の行き着く果に。
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禍々しく白い津波は怒涛のごとく雪崩込んできた。またもやスミスら一行の視界を埋め尽くすのは骨の群れ、群れ、群れ。最早、彼らの視界には骨以外は何も見えないほどのスケルトンが押し寄せていた。
「スタン、ブランコ。骨共には鈍器が有効だ。積極的に盾撃狙っていけ。」
「アイアイ!」
「いてぇ!!てめえスタン。もっとちゃんと後衛を守りやがれ、後ろから炎球食らわすぞ!!」
「アーネスト!お前ぇは何もなくてもたまに誤爆するだろうがよ、この下手糞が!!」
「うるせぇ、誤爆されるのが嫌なら清く正しく神様にでも祈ってろ。このハゲ!」
「俺はハゲじゃねえ。おでこがちょっと広いだけだ!!」
もみくちゃにされながらも陣形を保つ彼らはやはり中々の腕前と言える。とても小さな盗賊団などに身をやつしている男達には見えないほどだ。それを見たオニキスはこの場を彼らに任せ、スケルトンの頭部を足場に戦場を駆け抜けていく。魔力を込めたオニキスに足場にされたスケルトンは尽くがその頭部を破損し、次々にその機能を失っていった。本来ならそのような事をすれば体勢が崩れ、骨の群れに飲み込まれてしまいそうな物だが、オニキスはスケルトンの体が崩れる頃には既に次の骨に向かって飛んでおり、まるでモグラ叩きのようにスケルトンを踏み潰していた。通常ではあり得ない様な行為を、事もなさ気にこなすオニキスには、流石の男達も呆れ顔を浮かべるしかなかった。
「とんでもねえッスね、あの嬢ちゃん……。気が付いてますか頭ぁ……。」
「ああ、足場踏み抜きながら移動しているのに全く体勢が崩れねえ。どう言うバランスしてやがるんだろうな。」
「全く、開いた口が塞がらねえってのはこの事っスよ……しかしあの娘、惜しいッスね……。」
見た所何の問題もなく圧倒しているように見えるが、アーネストはその眉根を寄せ、惜しいと言う。あれだけの体術は近接戦闘のプロであるスミスですら、思わずため息を漏らすような完璧なものに見えるのだが、魔術師のアーネストに何かが見えているのだろうか。
「惜しいって……何がだ?」
「見ていてください。…………ここっ!!!」
「む!?」
視界を埋め尽くすスケルトンは殆どが同じ魔物ではあるが、厳密に言えば多少の差異がある。例えばその身に纏う武具などがそうだ。今、オニキスには足元から長槍が突き出されていた。しかし、彼女はそれを苦もなく事前に察し、骨の足場を強く蹴りつけ宙を舞う。そのまま空中にて回転し、遠心力を纏いながら足元の骨へ着地する。このような勢いをつける時は通常の踏みつけより威力が上がるため、意図的に防具が重装備の上位種、スケルトンナイトを狙って着地をしているようで、衝撃を受け止めさせつつ、強力な個体を破壊するという一石二鳥の行動をとっているようだった。
「……俺には完璧な戦闘にみえるぞ?何が惜しいんだ?」
「かぁ~~、頭、わかんねえんですかい?……ほら、また!!」
「……んんっ!?」
再び長槍が突き出され、それを躱したオニキスが宙を舞う。遅れて靡く艶やかな黒髪がまるで生き物のように翻り、美しく幻想的な獣が踊っているようにも見える。その動きは最早、洗練された舞踏の様ですらあった。
「あれっスよ、あの娘、槍が来るとバク転するんスよ。」
「まあ、普通なら安易に飛ぶのは隙だらけで良くねえけど、あの嬢ちゃんに関して言えば隙らしい隙はねぇぞ?」
「そうなんすよ!正にそれが惜しい!!」
「はぁっ!?」
まるで血の涙でも流すのではないかと言うほどにアーネストの顔が歪む。
「あれでスカート履いてたら絶対パンツ見えるのに!なんであんな隙の無いズボンなんかを……ぐはっ!?」
「真面目に聞いてた俺が馬鹿だったぜ……。」
怒りを通り越して呆れたが、とりあえず緊張感の足りない馬鹿の頭に拳を叩き込んでおく。まあ、アーネストの危機感が薄れるのも無理はない。オニキスが暴れまくっている以上スケルトン達は完全に彼女を脅威と判断しそちらに殺到している、こちら側に襲い掛かってくるスケルトンの数はやや少なくなる上、重装備のスケルトンナイトなどは全てオニキスの方を脅威と認識し、殺到している。それ故に、スミス達は背後から襲ってくる普通のスケルトンを落ち着いて処理していくだけで良いのだから、気も抜けようというものである。
「オニキス嬢ちゃんのお陰でこいつら俺らをあまり見てないから楽だなあ?」
「確かにな……しかしよ、それでもスキル使ってなんとかって感じじゃねえか?スキル無しでコイツラぶっ壊すのは骨が折れるぜ?」
「スケルトンだけにってか……えぇ……マジかよお前……。」
「うっわ、寒、寒、怖……。」
「ち、違う!!今のはそう言うダジャレとかじゃねえ、止めてくれ!!」
こんな状況でじゃれ合う中年男など見ても誰も得などしないが、余裕があることは良いものだとスミスは思った。つまらないミスを犯すときってのは大抵限界を超えて張り詰めて、精神が限界まで疲労した時だ、そういうときは本当に些細な事が致命傷になりかねない……。と、ここまで考えて、スミスはオニキスの負担に思い至った。幾ら腕が立つとは言えオニキスはまだ少女と呼べるような年齢だ。相手がスケルトンのみだからと言って、それらが己の命を狙っていることには違いないのだから、その神経は常に張り詰めているはずだ。練習などではないのだから、こんな混戦で暴れまわっている彼女の精神が疲れていないわけがない。
その時、鈴の鳴るような美しい、それでいてわずかに苦痛を孕む声がスミスの耳朶を揺らした。
「……く……。」
小さく一瞬しか聞こえなかったが、確かにオニキスから漏れた声だった。慌てたスミスが視線を向けると、わずかに彼女の表情が歪むのが見える。
「な、まさか……。」
一気に不安と後悔が押し寄せてきた。
「嬢ちゃん大丈夫か!?」
スミスの焦りを含む怒声が響き渡る。
が、オニキスは集中しているのか、その声には反応しない。
そして再び小さく呟く……。
「……上位種までも……。」
「……ん?」
骨を相手取りながら、オニキスは暗い表情を浮かべ何かをつぶやいている。スミスが耳を澄ませると、戦闘音の合間に辛うじてその声を拾うことに成功した。
「上位種にも骨髄がない……出汁……こいつも……こいつも出汁がでないッッッ!!」
「……よし、野郎共、嬢ちゃんは大丈夫だ。俺達は目の前の的に集中するぞ。」
心配したのが無駄だった。あの嬢ちゃんにとってこの程度の相手は命の脅威ではないのだ。何か安心しつつもモヤモヤと複雑な感情を押し殺し、スミスは目の前のスケルトンの殲滅に集中することにした。
――――……数十分後。
彼らは通路を進み、その最奥にある広場のような場所にて、最後のスケルトンにトドメを刺していた。広場は完全に人の手が入った造りをしており、床は石畳が敷き詰められ、壁も磨き上げられたようになめらかで真っ平な岩肌をしていた。更にその壁には人の身長を遥かに超える巨大な扉があり、並々ならぬ雰囲気を漂わせている。
「うーん、どうやらここで行き止まりのようですね。雰囲気からしてこの扉を開けて奥に行けば何かあるかもしれませんが……どうしましょうかね……。」
「まいったな、取っ手すら無ぇぞ、これ……。」
やっとの思いでここまで進んできた彼らは、押しても引いても開きそうもない巨大な扉に手をこまねいていた。それもそのはず、この扉には本来あるべきドアノブすらついておらず、それどころか指を掛ける様な溝すらも無かったのだ。
「うーん、ちょっと壊せるかやってみましょうか。」
「出来るのか?そんな事。」
「試しに剣で叩いてみます?」
オニキスが手にしたボロボロの鋳造製の片手剣を振り回す。
「いや、それは流石に無理だろう……。」
「うーん、それじゃあ魔法でもぶつけてみますかねえ……。」
「オニキス嬢ちゃん魔法も使えるのかよ!?」
「ええ、実は私聖サントアリオ学園の魔法科の生徒なんですよ。」
「何ぃ!?」
目の前で、今まであり得ないほど卓越した体術や剣術を見せていた少女の信じられない一言に、男達は驚愕し間抜けな声をあげてしまう。確かにその膂力は見た目通りにそれほど高そうではなかったが、それでも剣一本とその戦闘技術でスミス等のパーティを容易く蹂躙しうるだろう戦闘力を彼女は見せていた。そんな少女が、実は魔法使いでしたなどと……呆れ果てて恐怖心すら湧いてこない。
「それでは行きますよぉ!」
軽いノリで可愛らしく拳を作り気合を入れるオニキス。その所作に男達の鼻の下が伸びかかるが、直後、その顔は驚愕に彩られることになった。突如オニキスの体から、あり得ない量の魔力が溢れ出てきたのだ。明らかに異常なその魔力に、間違いなく起こるであろう不吉な未来が頭をよぎり、男達が慌てふためく。
――こんな地下遺跡があんな魔力に耐えられるわけがない……。
「い、いやいやいや、待て待てオニキス嬢ちゃん!!」
「やべえぇッス、そんな魔力ぶっ放したら間違いなく生き埋めになるッス!!」
慌てて止に入るが、見る見る練り込まれていくオニキスの魔力は、その破壊力を扉に向けて志向させる。
「間に合わねぇッッ!!頼む!誰かその馬鹿げた魔法とめてくれぇ。」
泣きそうな情けない声をだしつつ、慌てたスミスらが駆けつけるがオニキスの魔法の発動のほうが早い。先程まで不可視だった魔力は、今、巨大な岩へとその姿を転じようとしていた。その大きさと込められた魔力から、明らかにこの地下空間を崩壊させるに足る魔法であることが男達にも容易く理解できる。
「いきますよぉ、岩葬潰……。」
「そうはいきませんよー、トォーウ!!」
「はぶしっ!?」
直後、銀色の髪をした美少女がオニキスを蹴り飛ばした。魔法発動のため無防備になっていたオニキスは為す術無く吹き飛んでいく。
「お前さん……一体、だ、誰でぃ……?」
スミスの呟きに反応し、銀色の少女がびしっと決めポーズを取る。勇ましいそのポーズとは裏腹にその顔には感情というものが伺えない。
「最愛の人、オニキスちゃんのピンチに何時でも何処でも駆けつける!一家に一台必須の従者。メイドマスター!シャマちゃん参☆上!」
「いやー、シャマちゃん?今その最愛の人蹴り飛ばしてたからね?」
「ふえええぇぇぇ、お姉さまぁ。」
いきなり現れた闖入者、場違いな雰囲気はどことなくオニキスに似ているが、明らかにトラブルの似合いそうな美少女。スミスは初対面のこの美少女がオニキス縁の人物であり、今回の騒動の元凶であると即座に理解した。そして、恐らくそのトラブルは、まだまだ序の口に過ぎないのだろうとも……。
そして吹き飛ばされたオニキスの方を見れば、そこには先程までの可憐さがウソのような、憤怒の表情を浮かべたオニキスが立っていた……。
「しゃぁぁぁまぁぁぁぁぁぁあぁぁ……。」
「あ、あれぇ……?想像してたよりオニキスちゃんの怒りが凄い気がするー……。」
「ボ、ボクはフォローしないからねシャマちゃん……?」
「ふ、フェええェェエぇェェェ~……。」
「ふえぇ、シャマちゃ~ん、そろそろそのモノマネ止めてほしいよ~?」
それから暫くの間地下遺跡の部屋には、地獄の底から響くようなオニキスの憤怒の声と、ヤギのように「フェェぇエェェ。」と鳴くシャマの悲鳴が木霊した。
リーベの「ふぇぇ。」は可愛い鳴き声ですが、
シャマのやつはヤギの鳴き声のようにビブラートがかかってます。




