第七話 青ざめる駄メイドと照れるおっさんたち
ちょっと遅れましたごめんなさい。
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―― sideシャマ
シャマです。今青ざめてます。
「シャ、シャマちゃーん?何かえらい事になってないかい?」
後ろから震えるリコスの声が聞こえます。
「ふぇぇぇぇぇ、シャマちゃぁぁぁん。どうしよう、お姉様が、お姉様がぁぁぁぁ。」
ピンクは平常運転です。無視しましょう。
確かに好奇心の赴くままにいじっていたら、ちょっとだけビックリ展開になってしまったことは認めましょう……。でも大丈夫、うん、大丈夫な筈。まだ焦る段階ではない。シャマのオニキスちゃんセンサーには危険信号はまだ見えてないですし。流石に扉が閉まっただけであるなら、オニキスちゃんもそれほど怒らない……はずです!
大体、ピンクのあの”ふえぇぇぇ”というのは何なのでしょうね。なんだか驚いたときや困ったときに出てくる鳴き声の様ですが……ひょっとしてあの鳴き声はストレスを軽減する効果でもあるのでしょうか?それならシャマもちょっと真似してみるのも吝かではないですね。
「よし、フェェえぇェエェぇェエえェェェェ~。…………ちっ。」
自分でやっていて頭が沸騰しそうになりました。何でしょうねこの、自分で自分を貶めたような激しい後悔は。おのれピンク、許すまじ……。
「えぇ……突然ヤギみたいな鳴き声あげて怒り出した!?」
ヤギとは失礼な。シャマのような美少女の鳴き声になんて事を……。
「いえ、やはりピンクの上げる”ふぇぇぇ”と言うあの鳴き声は、レズ特有の鳴き声だったのだと確信いたしまして……。」
「ふぇぇぇ!?」
「シャマちゃんひどいよ!?」
何やらピンクと王子が騒いでいますがそれどころではありません。シャマは聞こえなかったふりをしつつ作業にかかります。今は閉じ込められたオニキスちゃんを救出するのが先決なのです。シャマは優秀ですから、こういうときも慌てず騒がずやるべきことをやれるのです。……うーん、壁の中、吊り天井とかじゃないですよね?吊り天井とかだったらオニキスちゃんが死んじゃうとは思いませんが、恐らく救出した後にオニキスちゃんは怒り狂ってシャマを折檻するのではないかなーと不安がよぎりますです……。
「……いっそこのまま逃走したほうが……いやいや、それだとオニキスちゃんの怒りの炎に油を注いでしまいますね……。」
「心の声漏れてるよー、さっきから本当に最低だからねーシャマちゃーん……。」
何やら横でリコスがドン引きしていますが、この愚かな娘は知らないのです。オニキスちゃんは普段は優しくて可憐でひ弱な面白萌えっ子ですが、一度怒り狂うと本当に恐ろしいのです。、朝に魔王なのです。嗚呼……シャマは嫌です、怒ったオニキスちゃんを相手にするのは本当に嫌なのです。最悪、折檻される時はこの二人も巻き込んで、なんとか被害を分散させないといけないのです。
「と、とりあえずシャマちゃん。オニキスちゃんの事が心配だからこの扉を開ける方法を考えよう?」
「えぇ……。」
「な、なんで嫌そうな顔してるのさ!?」
む、顔に出てしまいましたか。いけないいけない、気分を落ち着かせましょう。
「フエェえェェぇぇぇェェェ~。」
「ふぇっ!?」
「その鳴き声何か怖いからやめてね!?」
うう、とても気が重いですが確かに万が一ということもありますから扉を開くとしましょう。こんなに恐ろしいのにちゃんと救出したことで許してもらえないでしょうかー。
オニキスちゃーん、シャマは頑張りましたよー?だからあまり叱らないでくださいねー。
そんな事を考えつつ遺跡の仕掛けを操作すると、案外すんなりと部屋の扉は開いていった。
良かった。これならオニキスちゃんもそんなに怒らないはず……はず!?
……が、その光景を見たシャマは見る見る血の気が引いていく……。
そこには先程まであった部屋は無く、底も見えない深い竪穴があるのみだったのだから……。
――――――……
部屋の中にはキャラメルを頬張り幸せそうな顔を浮かべるオニキスと、その笑みをデレデレ眺める中年男達がいた。やがてキャラメルを咀嚼し終わると、オニキスはテキパキと散乱した荷物を集め、移動の準備を開始した。
「――さーて、糖分も補給しましたし、そろそろ奥に進んでみましょうか。」
事もなさ気にそう呟くオニキスに、屈強なはずの盗賊たちも流石に驚きの表情を浮かべる。確かにそうするしか無いのは理解できるが、先程の異常事態を思い出すとどうしても足がすくんでしまう。荒事に慣れた自分たちですらそうなのに、目の前の少女はここが恐ろしくはないのだろうか?と。
「いや、まあ、確かにそうするしか無い状況だけどよぉ、怖くはないのかい?オニキス嬢ちゃん。」
「うーん、でもこのままではまた何時骨の群れに襲われるか判りませんし……それに。」
オニキスはくるりとスミス達に振り向き微笑みかけた。
「皆さんお強いですから、大丈夫ですよ!」
「ッッッ!!」
粗末な男性冒険者風の格好をしているにも関わらず、今まで見たどんな貴族の娘より可憐な少女。
そんな彼女のあざとささえ感じる所作に男達は全員息を呑み骨抜きにされてしまった。オニキスにそんな気は一寸もないのだが……とうとうオニキスは男の服装をしていても男達を容易く魅了するほどの美少女に成り果ててしまっていたのだ……。気付かぬは本人ばかり。
――――閑話休題
部屋を出ると外は男達の見覚えのある砦ではなく、古びた石壁の通路が続いていた。雰囲気や装飾、また作りの精巧さから察するに、相当に古い古代文明の遺跡のようであった。
「皆さんはこの地下通路に来たことはないのですか?」
「いや、俺らは砦の跡地に住み着いてただけで、こんな所に来たことはねえよ。て言うか地下にこんな遺跡があったことも知らねえよ……。」
「そもそも、なんで今日に限ってあんな仕掛けが作動したんスかね?今までこんなことは一度も起きたことなかったすよ?」
「あー、それはなんとも……ごめんなさい。」
「なんでオニキス嬢ちゃんが謝ってるんだ?」
部屋に異変が起きる直前に聞こえてきた声でオニキスには事のあらましが大体理解できていた。あれは間違いなく自分の駄メイドの仕業であると。そう考えると彼らには申し訳ない気持ちが持ち上がってくる。
「よし……、シャマは後で折檻確定ですね……。」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。とりあえず私が先行しますんで、皆さんは背後からの挟撃に備えておいて下さい。」
「おう、まかせろ。」
即座に隊列を組むスミス。しかし彼は、目の前で無防備な背中を晒す少女に、柄にもない心配から不安がこみ上げてきてしまった。
「なあ、オニキス嬢ちゃんよ。流石に俺らに背中を任せるっていうのはどうなんだ?」
「……ん?スミスさん達ならスケルトンの相手は出来ますよね?」
「いやいや、そうじゃないそうじゃない。俺らに殿任せるのは不用心だって話をしてるんだよ。」
「――……んー?」
心底不思議そうにするオニキスにスミスの不安は大きくなっていく。
「いいかい、オニキス嬢ちゃん。俺なんかが何言ってんだって思うだろうが、老婆心ながら言わせてもらうぜ。あんた初対面のおっさんに不用心すぎだって話をしてるんだよ。俺らは盗賊やってる外道なんだぜ?」
意図的に低い声を出して威嚇するようにオニキスに話しかける。無論、最早彼女を傷つけるつもりなど毛頭ないが、先程まで自分は彼女を殺そうとさえしていたのだ。こんな事を考える資格など自分には無いことはわかっているが、彼女の無防備さは流石に見ていて不安になる。
しかし、オニキスは合点が行ったという顔をした後にスミスに微笑んだ。
「なるほどそういう事でしたか、先程は部屋が移動を始めてしまったので言いそびれてしまいましたが、私は最初から貴方のことを怖がってはいませんでしたよ。」
「何でだ?自分で言うのも何だが、あの時俺は嬢ちゃんを殺そうとしてたんだぜ?」
「そんな事はありえませんよ。」
「ありえなくねえだろ、俺は悪党で、嬢ちゃんは捕らえられてたんだぞ!!」
オニキスの言動から、あまりに不用心な楽天家だと判断し、スミスの声が自然と荒い物へと変わる。しかし、そんな怒声にもまったく動じること無く微笑みを湛えるオニキスは、さも当然のように信じられないことをスミスに告げた。
「だって、スミスさん。私を殺そうとしていたあの時、貴方泣きそうな顔をしてたじゃないですか?」
「!?」
図星を突かれ赤面する中年男に部下たちは顔を顰めたが、オニキスだけは依然ニコニコしながらスミスの方を向いていた。確かにあんな様を見られてしまっては何も言い返すことは出来ない。
「だからあの時嬢ちゃんはあんな顔してたのかよ……。」
「んー?どんな顔してたのかは判りませんが、スミスさんが問答無用で人を殺せるような人間だとは思っていなかったですよ。」
「ハハ、ハハハ、マジかよ、まいったな。ハハハハ……。」
「頭……。」
なんとも言えない微妙な顔で乾いた笑いを浮かべるスミス。部下たちは不安になりながらそれを眺めていたが、暫く笑ったスミスは憑き物が落ちたような表情でオニキスに宣言した。
「よし、解った。殿はまかせろオニキス嬢ちゃん。ここから無事に帰るまでは俺たちゃ仲間だ。」
「はい!当てにしてます。少なくとも私の従者より信頼してますよ!」
花が咲いたような笑顔に毒を混ぜて、オニキスは正面に向き直る。正面からはガシャガシャと大量の乾いた音が聞こえてきた。いや、前方からだけではない、後ろからも正面ほどではないが同じ音が近づいてくるのが解った。
「さあ、出汁の取れない骨が来ましたよ!!皆さん気をつけてくださいね!」
「おおっ!!」
男達は意識を切り替えると各々武器を手に勇ましく雄叫びを上げた。
パーフェクト美少女♂




