第五話 外道の自覚はあっても捨てちゃいけない物もある。
40
「……――ブランコォ!スタァァァン、嬢ちゃんを止めろぉ!」
スミスの怒声が響き、スタンとブランコはオニキスを止めるため即座に反応する。だがしかし、オニキスは二人が手を伸ばすより先にスケルトンの群れに飛び込んでいってしまっていた。即座に群がる白い群れに小柄な彼女の姿はすぐに見えなくなっていっていく。男たちの脳裏に不吉な想像が広がった。
「畜生!骨共が!!”やろう共”、陣形整えろ、突っ込むぞ!!」
大声で叫びつつもスミスは自らの愚かな行動を振り返り、自嘲の笑みを浮かべてしまう。つい先程殺そうとしていた見ず知らずの娘がスケルトンに突っ込んでいっただけだ。スミスは自分に問いただす。今すべき行動は、そんな訳のわからない娘を助けることか?否、このような赤の他人のためにスケルトンの群れに突っ込むなど正気ではない。しかもこの行動は、せっかくその身を犠牲にしてまで時間を稼いでくれたあの娘の心意気をも踏みにじる愚かな行為だ。彼女の献身を無為にする、正に愚行。
だが、しかし……。
「此処であの娘見捨てて逃げるなんてのは、男のすることじゃねえよなぁ!」
らしくない。盗賊に身をやつした外道が何を言っているのか。自分で自分が滑稽過ぎて嫌になる。偉そうに”やろう共”などと嘯いてみたが、恐らく部下たちはそんな自分を見て呆れ果てて居ることだろう。何をスミスはバカな事を言っているのかと、付き合ってはいられないと……。当たり前だ、俺だって逆の立場だったらそんな命令は無視して逃げを打つ。しかしそう思いつつも、スミスは自分の周りに人の気配があることに気がついた。ふと顔を上げ、周りを見渡してみると、そこには……自分と同じ馬鹿達が居た。
「うぉぉぉぉ!!スタァン突っ込め。なるべく一直線に嬢ちゃんのところまで突っ切るぞ!!」
「よっしゃ!任せろ盾撃!!」
彼らはスミスの馬鹿な命令に、迷うこと無く従っていた。こいつらも自分と同じ気持ちだったのだ。同じ馬鹿だったのだ。
――あのお嬢ちゃんを死なせたくない。
思わず笑みがこぼれてしまう。先程の自嘲めいた笑みではない。信頼する仲間たちへ向ける本当の笑み。
だが、直後その顔は凍りついてしまう事になる。
目の前を埋め尽くすほどの骨、その合間から一瞬だけ艷やかに流れる黒いものが見えた、そしてその直後には再び骨の群れに隠れてしまう。あれは……嬢ちゃんの髪だ……更にその直後、一瞬だけ骨の群れから腕が見えた。スミスの顔から血の気が引いていく。
「あそこだ!あそこに嬢ちゃんがいる!!急げ!」
「おおおおっ!!」
恐らくあそこに居るのは、嘗ての美しい状態の彼女ではない。たどり着いた所で自分たちに出来る事などはなく、おそらくは自分たちも哀れなお嬢ちゃんと同じ道を歩むことになるだろう。しかしそれでも、行かずにはいられない。あんな可愛らしいお嬢ちゃんが、こんな所で、自分たちがこんな場所を根城にしていたせいで、こんな悲惨な最後を。……盗賊に身をやつし、悪事に手を染めて生きてきたスミスに、生まれて初めて後悔の念が押し寄せる。何が盗賊団の才能か、自惚れて悪事を働いて、その果がこの胸糞悪い状況。救えない。心底救えないクズ。自責の念に潰れる。その頭は混乱を極め、目の焦点がブレる。
「もう少し……。」
もう少し、もう少しでたどり着く、たどり着くことに意味が無いのなんてどうでも良い。全力でそこに向かうのだ。スタンが全力で盾をぶつける。ブランコも大剣を限界まで振り回している。
――とどかない。
俺の剣が骨を砕く。マークとアーネストも必死だ、俺達は限界を超えて奮闘している。
――しかし、届かない。
「畜生、もう少しなんだ!もう少しで!!誰かなんとかここを切り開いてくれッッッ!!」
「えっと、此処をまっすぐ突っ切りたいんです?」
「そうだ、すぐそこに居るんだ、早く行かなきゃならないんだ……え?」
「はーい、よくわかりませんが、任せて下さい!いっきますよぉ!!」
突然耳元に、凛とした鈴の音のような声が聞こえ、直後、鋳造品の安物の剣が鋭い軌跡をもって前方の骨を切断する。先程まで視界を埋め尽くしていたスケルトン達はみるみる蹴散らされ、その数を減らし、視界が開けていく。
「……ん~と?スミスさん。とりあえず蹴散らしましたが此処に一体何が?」
そこには先程と何ら変わりない黒髪の可憐な少女が立っていた……。
「「「はぁぁぁぁぁっ!?」」」
男たちは目の前の非常識な光景に、頭がついていく事ができなかった……。
――――
「なるほど、なるほど、つまりスミスさん達は私が危ないと思ってわざわざ助けに来てくださったわけなんですね?」
「お、オゥ……。」
にこにこ笑みを浮かべながらスケルトンを蹴散らし、オニキスはスミスたちに話しかけている。その非現実的な光景に男たちの思考は完全に氷つき、曖昧な相槌を打つことしか出来ない。
「ふふふ、それはご心配をおかけしました。でも大丈夫です、私、実はこう見えて結構強いのですよ!ええ、ええ、強いのです。それこそどこぞの犬っころなんぞ剣さえあれば一捻りと言うほどに強いのです。……って、あれ?」
まるで町中にて世間話をするかの様な気軽さでスミスたちと会話をしていたオニキスだったが、彼女の持つ安物の剣が遂に寿命を迎えてしまう。鋳造によって作られたその粗雑な刀身は、度重なる衝撃に耐えきれず、遂にその中程からへし折れてしまったのだ。それを見た男達の肌が粟立つ。
「嬢ちゃん!危ねぇ!!」
――グシャッ
骨のひしゃげる嫌な音が響き渡る……。
……――直後オニキスの手にはボロボロの剣が握られていた。よく見るとその柄には白い手がぶら下がっている……。
「えぇ……今、物凄い自然にスケルトンの腕もいで武器奪いましたよ、あの娘……。」
アーネストがドン引きしながら解説している。勿論スミスもドン引きだ。
しかし、そんな彼らの視線などまったく気にせずオニキスの進撃は続いた。包囲された状態から回転するように剣を振り、周りのスケルトンを蹴散らす。一見荒々しいような動きであるが、その剣戟は確実にスケルトンの頭蓋を砕き、腰骨を粉砕する。彼らの要となる急所、そこを最小限の労力で粉砕する、最小限の動きは彼女の体力消費も最小限に抑えるらしく、その勢いはまったく衰えること知らない。
しかし、しばらくするとオニキスの手にする粗悪な武器は再び甲高い悲鳴を上げ、その寿命を終えてしまった。先ほどと似た状況。本来であればこの時点でいかなる屈強な戦士であろうとスケルトンの数に押され、為す術もなくその生命を終えてしまう所だ……が、ここから彼女の異常な行動が始まる。
まず、オニキスは武器が折れると同時にその柄を投擲し目の前のスケルトンの頭蓋を粉砕し、即座に懐に入り込む。そのまま素手でスケルトンの手首を武器ごと掴むと、体重をかけ、腕を引き、体勢を崩したスケルトンの肘を巻き込むように脇の下に抱え、逆関節に固めそれをへし折る。その後、その折れて力を失った腕ごと剣を強奪し、そのまま使用した。この一連の動きに淀みはなく、彼女はそのまま勢いを止めずに戦闘を継続していった。
「おいおいおい、何なんだあの嬢ちゃんは……ヤバすぎんだろ……。」
「俺達出番すらねえっすよ?」
「ていうかあの娘俺達を捕らえに来たって言ってたっすよね……。」
「うはぁ……そういやそうだったな……。」
死んだ魚の様な目でオニキスの戦闘を眺める盗賊団。彼らはこの戦いが終わったら抵抗をすれば命がないことを理解し、大人しく捕縛される覚悟を決める。
……――――
十数分後、とりあえず通路から入ってくるスケルトンが徐々にその勢いを失い、遂には最後の数匹となり、その数匹も順番に物言わぬただの骨となっていった。
「ふう、とりあえずこれで先に進めそうですね、スミスさん、皆さん、もう安全ですよ!」
「お、おう。」
うっすら汗をかきつつ満面の笑みでこちらを向くオニキスに男たちの胸が一瞬高鳴る。例え自分たち引導を渡しに来た死神のような存在だったとしても、その可憐さに心を奪われない男はいない。彼らは震えながらもそう思った。
「とりあえずこの部屋はもう安全そうなので、とりあえずはアレです、アレをしましょう!!」
「あ、あれ……?」
突然訳のわからないことを言い始めるオニキスに男たちの胸はざわめく。そう言えば彼女は自分たちを捕らえに来た冒険者だったのだ、と……。しかし、彼らは知らない、オニキス=マティ……いや、フェガリを統べる魔王、オニファス=アプ=フェガリという人間がいかなる人物なのかを。
「勿論、アレと言ったらアレです!」
満面の笑みでびしっとポーズを決めるオニキス。
息を呑む男達……。
「お昼ごはんの時間です!!」
「……はぁっ!?」
そう、スケルトンを駆逐した魔王様は既にその目的をすっかり忘れ、本能の赴くままに、その欲求を満たすことを欲していたのだった……。
唖然とする男たちを他所に、彼女は既に調理器具を取り出し炊飯の準備を開始していた……。
感想、評価、ブックマークありがとうございます。
全てが僕のモチベーションになります。
特に感想!!圧倒的にうれしいッッッ!!!
ツイッターアンケートで1位だったので近いうちオニキスちゃんのイラスト描きます。




