第四話 蠢く白
予約投稿時間間違えましたごめんなさい~
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……――――時は少し遡る。
「……すまねえお嬢ちゃん。なるべく痛くは無いようにするから、俺達のために死んでくれや……。」
そう呟くと、男はオニキスに対して刃を向けた。男は如何にも荒事には慣れていそうな風体をしていたが、意外なことにその切っ先は僅かに震えていた。しかし、男は意を決しその腕を振り上げ……そのまま固まってしまった。そのまま暫く硬直し表情をせわしなく変化させている。力む彼の額を大量の脂汗が流れていった……が、それを拭うこともせず男は剣を振り上げたまま固まっていた。
「……あああああぁぁぁぁぁっ!!!」
大声をあげ脂汗を流し、悲痛な表情を浮かべ、彼は、遂に、その腕を、振り…………おろせない!!
彼を見上げる少女はそんな彼の目を黒い瞳でじっと見つめていた。まるで彼の心の奥底を見るかのように。
「なんでだ!!何でそんな顔をしてるんだ、あんた!殺されるところなんだぞ?何か無いのか?命乞いとか、恨みをぶつけたりとか!!なんかあるだろう。」
何故か殺す側である男が泣きそうな声で叫ぶ。それに対してオニキスは不思議そうな表情を浮かべ小首をかしげていた。その所作は非常に可愛らしくこんな状況でなければ思わず見惚れてしまっていただろう。しかし、この状況では異常、ある意味で恐ろしくさえある。
「何故も何も……貴方は……。」
――ゴゴゴゴ……
オニキスが言葉を言い切る前に地面が鳴動を始める。突然の事に盗賊たちは狼狽え、流石のオニキスも警戒の表情を浮かべる。
が、
少し離れた場所から聞こえてくる声で警戒をしていたオニキスの力が一気に抜けて行く。
「――お、動きました!!起動しますよ!きっとお宝です、お宝が出現しますよ……多分!!」
「うわわ、シャマちゃん何してんのさ!?」
「ふぇぇぇぇ!?」
「ん、間違ったかな?」
――ああ、なるほどシャマが何かをやらかしたらしい……と。
(主の救出もしないで何をしているのでしょうねシャマは。この床の振動から察するに、恐らくいつもの悪癖が出たんでしょうねぇ。まったく、彼女がやる気を出すといつもトラブルにしかなりませんね……。)
次の瞬間、オニキス達の居た部屋の入口が突然閉まり、体に僅かな浮遊感を感じる。なれない感覚に盗賊たちが戸惑いの声をあげているが、パニックになってバラバラに行動を取らない辺り、この盗賊団はなかなかに優秀であるらしい。
「か、頭ぁ……。」
「馬鹿野郎共、情けねえ声をだすんじゃねえ。何が起きても即座に反応できるようにしておけ。これはただ事じゃねえぞ!?」
(うーん、これは……部屋が……動いているのですかね?ここは打ち捨てられた砦と聞いていましたが、古代の遺跡か何かを利用して建てた感じなんですかね……どんどん地下に向かってますよこれ……。)
暫く小さい揺れと駆動音が続き、その動きが止まると鐘を慣らしたような音が響き、閉じた入り口がゆっくりと開く。
――次の瞬間、ドア付近の男が悲鳴をあげた。
開いた扉から現れたのは大量の白、一瞬それが何なのか理解できないほどの密度の白。カシャカシャと生き物からは決して発せられない音を立て、それでいながら人のような動きをするもの、その抜け落ちた眼窩は禍々しい青い炎を灯し、生きとし生けるもの全てを怨嗟でもって見つめる魔物、骨兵……。
そのあまりの光景に、盗賊たちは青ざめながら後ずさる。
――実はスケルトンと言う魔物はたいして強力な魔物ではない。本来なら彼らが恐れを抱くような魔物ではないのだ。だが、今、目の前に展開している光景は彼らに絶望を与えるのに十分な物だった。群れをなしたスケルトンが襲ってきているだけ。確かにそういう状況なのだが、その数がおかしい。開いた入り口からなだれ込んで来るその量も大概であるが、通路に犇めく量がまさに異常。見える範囲全てが骨、骨、骨。
「な、なんだこりゃあ!?スケルトンの群れか?くそっ!!おい、嬢ちゃん動くんじゃねえぞ!!」
オニキスの後ろにいた男が怒鳴り声をあげながら剣を振り下ろしてきた。一瞬オニキスは男が自分を斬り殺そうとしたのかと思ったが、男には一切の殺気がない。そして、その剣はオニキスを一切傷つけること無くオニキスを縛っていた縄を切り裂いた。
「野郎ども集まれ、絶対にバラけるな。連携!対集団戦、前衛ブランコ、スタン。盾使って奴らの足止めろ!!俺は中衛で奴らを砕く。マークとアーネストはお嬢ちゃんを守れ!!」
「ア、アイサー!!」
「よっしゃ気張るぞブランコ!この小せえ皮の盾が唸りをあげるぜ!!」
「馬鹿なこと言って先に潰れるなよスタン!一人であの量受け止めるのは嫌だからな。」
「お、これ、ナイト役ってやつでね?最後はお姫様とラブラブエンドってやつだと嬉しいねえ?」
「え、え?……お頭さん?」
頭と呼ばれる男の怒号が響くと、男たちは即座にその指示通りの陣形を組んだ。盾を片手に前に出る大柄な男二人、彼らがブランコとスタンなのだろう。そしてオニキスを挟むようにズングリとした筋肉質な男と、ヘラヘラとどこか軽薄そうな優男が立つ。彼らがマークとアーネストであるらしい。恐らく絶望的な状況、幾ら相手がスケルトンと言え、彼らはこの状況からの生還が可能だとは思っていないだろう。しかし、彼らは軽いノリで返事を返す。
突然の事態に即応する彼らの盗賊らしからぬ練度にも驚いたが、そんな事よりも先程まで殺すと言っていたオニキスの安全を真っ先に考える男に、オニキスは意外という顔を向ける。そんなオニキスの様子に気が付き、苦笑いを浮かべながら男は言った。
「お頭さんってのは止めてくれ。――スミスだ、俺はスミスってんだ。……すまねぇな嬢ちゃん。何が起きてるのか俺たちにも良くわかんねえが、此処はまあ、俺達に任せてくれ。殺そうとしたり守ろうとしたり、意味わかんねえとは思うがなあ。流石に目の前でお嬢ちゃんが骨に食い殺されるシーンなんてのは見たくねえんでよ。」
意外な言葉を照れながら話す盗賊の頭。何故こんな人物が盗賊の頭などやっているのか良く解からないが、オニキスはこの不器用な中年を好ましく思った。盗賊などという職業を選んで生きているくせに、彼はあまりにも人が良いのだ。――当然、人が良いからと言って、盗賊である彼らを役人に突き出すことには変わりないが、少なくともこんな場所で死なせてしまうには惜しい。そう思ったのだ。
「――スミスさん。今日私は、あなた達を捕えて冒険者ギルドでお小遣いを稼ぐために此処に来たのですよ。」
「こんな時に何を言ってんだ……?」
「なので私、どんな事があってもあなた達をここで死なせる訳にはいかないんです、ふふ……。」
場にそぐわぬ可憐な笑みを浮かべ、黒髪の少女がスケルトンの群れに歩を進める。その姿はあまりに自然で、スミス達は一瞬、彼女の行動を理解できなかった。だが、彼女に迫る暴力的な白い群れが彼らを正気に戻す。
「な!?嬢ちゃん、下がれ!!!」
「スミスさん、私はお嬢ちゃんなんて名前じゃなくて、オニキスって言います。オニキス=マティです。」
「いま、そんな事言ってる場合じゃねえだろ!!!ブランコォ!スタァァァン、嬢ちゃんを止めろぉ!」
スミスの悲鳴のような声が響き、スタンとブランコが走る。しかし彼らの手が彼女に届くことはなく、オニキスはスケルトンに呑まれていった……。
ウワーオニキスチャンガピンチダァ




