第二話 ていきゅう誤法と無自覚美少女
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――よく無い事と言うものは続くものである。
まさかこの状況で一番手に選ばれるとは……。
とりあえず周りの視線が凄い集中している気がする。
あまり見ないでくれ!
男だという事がバレてしまう……。
謎の魔法クラス”ていきゅう”もさる事ながら、
オニキスの心配は女装バレのことである。
その緊張し、僅かに怯えるさまはなんとも女性らしく、
非常に可愛らしい素振りになってしまっていることに本人だけは気がついていない。
シャマの息は再び過呼吸気味になっていた……。
目立てない状況だと言うのに何故こんな事に……。
せめて魔法の力だけは怪しまれぬように全力を尽くさなくては。
流石のシャマもこの状況、こちらの心配をしているだろうか?
ちらりと頼もしき従者の表情を見つめる。
だめだ、爬虫類のほうがまだ表情が読みやすい……。
何やら呼吸は乱れているようだけど……体調不良?
――こうなっては自分で何とかするしか無い……。
まずは”帝級”を考えてみよう。――
”帝”などという特殊性から恐らく下級 中級 上級の
更に上に位置するのだろう。
そうなると当然普通の炎や氷などでは話にもならない。
ことによると複合属性の可能性もある。
そもそも何故”王”ではなく”帝”なのか?
……そういうことか!
”帝”とは皇帝の意、皇帝は民族を超えた統一国家の王の事。
つまり単一の属性を持って上級の上に存在するクラスは王級。
複数の属性ならば帝級ということか。
ならばこのテストで見られる点は、複数の属性をうまく掛け合わせる技術、
更にその発動された魔法の威力、この2つを見るテストということ。
そうと解れば話は早い!
まずはベースとなる炎の魔法を発動させる。
左手を頭上に掲げ魔力を流すと、
オニキスの頭上にゆっくりと30㎝ほどの火球が形作られていった。
「ほう。」
それを見たグレコの口から思わず声が漏れる。
長年教師を続けてきたが、新入生が無詠唱でここまで見事な火球を出すのは見たことがない。
しかし、その驚きは次の瞬間更に大きなものとなる。
キィィィィィィン
聞いたこともない音を立てながら火球の色が変わっていく。
徐々に黄色っぽくなり白くなって行く。
全員が目の前で起こっている現象が理解できず唖然として眺めていると、
更にオニキスに動きがあった。
今度は右手を頭上に掲げ今度は風の魔力を込めていく。
ガキュキュキュキュキュ
火球は螺旋を描いた後に徐々に細長く伸びて行く。
そして細長く両端が尖った槍のような形で安定したところで耳障りな音が消えた。
そこでハッとグレコの意識が戻る。まずい、あれは明らかに不味い!
慌てて全力の結界を生徒の周りに展開するが結界の最強化を施す暇はない。
「行きます!”帝級魔法 プロミネンスジャベリン”(創作)」
「ま、待て!!」
冗談ではない。
どのような魔法かは判らないが、
あんな意味の分からない高出力魔法を室内で発動されたらどうなるのか想像することすら出来ない。
しかしグレコの声より先に発動したソレは、
目にも留まらぬ速度で訓練場の的を撃ち抜いた。
音もなく的を射抜いたソレはそのまま訓練場の結界を難なく砕き、
対魔石の粉末を含む石壁を貫き外に飛んでいってしまった。
次の瞬間的となっていた木人形が炎上し消し炭となる。
壁を貫いた帝級魔法は、
明らかに建物に張られた結界を破る威力であると判断したシャマの、
渾身の力を込めた全力結界により壁を出た直後に受け止められ事なきを得ていた。
「先生、これでよろしいですか?」
決して見た目に派手では無いものの、
そのあまりに常識から外れた威力に唖然とするグレコに
満面の笑みを浮かべたオニキスが話しかける。
「あ、ああ、見事な魔法だった……すごかったぞ。」
よし、どうやら予の考えは正しかった!!
オニキスは我が意を得たりとその笑みを深めた。
所謂ドヤ顔である。
しかし、その見た目はまさに天使の微笑みであり、
周りの生徒は一部を除いて全員がその笑顔に心を奪われた。
ただ一人、彼女の感情を読み切り、
そして明らかにやりすぎていたと確信する無表情な従者のみが
呆れた顔でオニキスを眺めるのであった。
そして、教師であり自身も優れた術士であるグレコと、
Sクラス級の力を持った一部の生徒達は、
たった今目の前で起こった常識はずれの魔法を使った美少女に驚愕の目を向けていた。
あるものは恐怖を、あるものは警戒を、あるものは羨望を。
そして、あるものは楽しげにその姿を注視するのだった。
うまく目立たなかったと思っているのは本人だけなのであった。
――――
――1時間後
大体の生徒がテストを終えそれぞれ思い思いに空いた時間を過ごしている中、
オニキスは青い顔をしながらしゃがみ込み小さくなっていた。
「やっぱり低級の事だったじゃないですかぁ……。」
唇を尖らせながら恨みがましい目をシャマに向けるオニキス。
「いやぁ、これは想定外でしたね、はっはっは。」
抑揚の無い笑い声を上げる従者が憎い……。
とは言えシャマの結界がなければひょっとすると事故が起きていたかもしれないので、
オニキスもシャマに強く出ることは出来ない。
しばらくすると、再びあの耳をつんざく衝撃波、――もとい手を鳴らす音が聞こえてきた。
「よし、魔術のテストは終了だ!
この後は体力測定をして今日は解散だぞ。
それではさっきと逆の順番で呼ぶぞ。まずは――。」
体力測定……。
角を隠している状態の有角族は魔力の底上げがないので、
オニキス自身どの程度動けるのか判らない。
しかし、先程のように全力を出してはまた注目を浴びてしまうかもしれない……。
だが、あまりにも散々な内容では、もしかするとSクラスには入れない恐れもある。
「よし、全力でやろう。」
どちらにせよ、角のない状態での体力であれば魔法とは違い、
それほど大きく逸脱はしていないはず。
ならば全力の魔王の身体能力を持ってすればSランク入りするには丁度よい。
角がない状態での自分の身体能力に純粋な興味もあることだしな。
とオニキスは考える。
不敵な笑みを浮かべるその姿は自信に満ちており、
否応なしに先程の魔法に反応していた面々に緊張が走る。
「それでは次!オニキス=マティ。
大丈夫だとは思うが機材を壊すなよ。」
グレコが少し引きつった笑みでオニキスに注意を促す。
ぱっとみた感じ、華奢でいかにも少女といった体型の彼女が
それほど逸脱した身体能力を持っているとも思えないが、
それでも何が起きるかわからないと思わせるほどに、先程の魔法は非常識なものだった。
「はい!」
自信に満ちた凛とした声が訓練場に響いた。
――グレコはホッとしていた。
先程超常の力を見せつけた少女。
その彼女がいま真っ赤な顔で握力計を握っている。
針の示す数値は……20……。
平凡……ですらない。
必死の顔を見せているので全力であるのは間違いない。
しかし彼女の握力は11歳程度の幼女の平均値であった……。
しかし運動がダメなのかというとそういう訳でもなく、
柔軟性や瞬発力は男子平均をも上回る数値を見せていた。
持久力もありそうだ。
筋力は絶望的だったが、まあ魔法科なのでそこは問題ないだろう。
当のオニキスは突きつけられた現実に若干涙目になりながら別の握力計で測り直しをしていた。
何故彼女がここまで力のないことに納得していないのかは謎だったが、
周りに居た生徒たちはどこか近づき辛いほど美しく難なく無詠唱で高火力の魔法を使って見せた少女が、
顔を真赤にしながら必死に自分の握力を大きく見せようとしている姿を見てほっこりするのだった。
ちなみに測り直した握力は疲労のため18に落ちていた……。
――――――
「お疲れ様ですオニキスちゃん。シャマはオニキスちゃんの無ざ……
……もとい、可愛らしい姿が見れたので眼福にあずかり実に幸せでございます。」
「いま無様と言いかけましたね?」
ジロリと無表情な従者を睨む。
「そもそも貴方も今は身体能力が大きく下がっているはず。
人のことを笑っていられるのですか?」
「問題ないですよ、シャマはオニキスちゃんと違って常に体を鍛えていますからね。
これをみるが良いのです……。」
そう言うとガバッとオニキスの目の前に紙を広げる。
そこにはシャマの 身長 体重 身体能力 などが羅列されていた。
「握力……55……だと……?」
あまりの衝撃に一瞬頭が真っ白になったオニキス。
襲い来る敗北感に一瞬膝をつきそうになったが、
「シャマさん、その数値は流石に女子としてはゴリラ過ぎです……。」
「なん……だと……?」
的確な反撃により二人して膝をつき、相打ちに持ち越すことに成功したのだった。
――「まあでも、これでオニキスちゃんが女の子であるという証明にはなったのではないでしょうかね?」
「釈然としないがそういう物であるかな?」
「オニキスちゃんまた言葉遣いがブレてますよ。」
「あ、ゴホン……釈然としませんが、そういうことでしたら丁度良かったですね。」
二人で整理体操などをしながら小声で話しているときだった。
「そこな女、ちょっと良いかな?」
突然目の前に見知らぬ男が立っていた。
何やら下品なほど鮮やかな金髪。いや、金というより黄色い髪、
後ろ髪と側面は刈り上げられカールのかかった前髪だけがやたら長い。
長い睫毛に垂れ目。
同じ垂れ目なのにグレコとは違い、優しさというものはあまり感じない目。
高い鷲鼻に異様なほど色白な肌。
唇は紅でも引いたかのように赤い……ただし受ける印象はなぜか良くない。
体は引き締まっておりなかなかに鍛えられているように見える。
そして、学生服であるにもかかわらず、何故かゴージャスなマントを装備していた。
「なにかご用ですか?」
訝しげに男を見つめるもやはり見覚えはない。
「そこの黒髪の女、貴様をこのスクビデア=ミュル=デトリチュスの妾にしてやる。
ありがたく思え。」
突然現れて何を言っているのか理解が出来ずに固まるオニキス。
固まっているのを了承の証と思ったデトリチュスは更に機嫌よく言葉を続ける。
「あまりの喜びに言葉もないようだな。
それもそうだろう。この僕の妾になるということは、
スクビデア男爵家の跡継ぎを産めるかもしれないと言うことだからね!」
男爵、男爵……フェガリには爵位がないのでピンと来ない、
男爵は確か……下級貴族じゃないか……。
なぜこの男は下級貴族なのにここまで尊大な態度なのだろう。
オニキスの眉間に小さなシワが寄る。
そもそも、何故この男は女装しているとは言え、
男の自分に求婚しているのだろうか。
しかも妾?
魔王たるこのオニファス=アプ=フェガリを正妻ではなく妾に?
何故かオニキス自身もよく解からないプライドが傷つき
ふつふつと怒りがこみ上げてくる……。
いや、正妻なら受け入れるという話ではないが……。
と、心の中で誰にともなく言い訳をしてしまう。
複雑な気持ちである。
そんなことを考えている間もスクデビアによるスクデビア男爵家の歴史と栄光の物語は続いていた。
「お断りします。」
このまま放って置くと、いつまでもスクデビアワールドが続きそうなのでキッパリと断る。
「な、な、な……。」
スクデビアは口をパクパクさせながら顔色を赤く変えていく。
なぜかカールされた前髪が激しく動いている、何かの生き物でも入っているのだろうか?
話は終わったようなのでそのまま放って去ることにしよう。
雰囲気がただ事ではないので正直怖い……。
……しかし、求婚されるとは。
どうやら予の女装はなかなかのものであるのかも知れぬ。
別に女性になりたいと思ったことなど一度もないが、
それなりに頑張って女装をしていたオニキスは、
その女装がちゃんと機能していることに喜びを感じ、
くふふと思わず笑みを零すのだった。
それを眺めるシャマの顔には達成感という無表情がありありと見て取れたが、
オニキスがソレに気がつく前に怪鳥の叫び声のような声が響き渡った。
「キィィィィィィェェェェェッェェェェェ!!オマエ!!オマエェェェェ!!!
平民女の分際でぇぇぇぇぇ。
この僕が妾として飼ってやろうと言ってやっているのにィィィィ!!」
え?初対面の求婚を断っただけでここ迄怒るのか!?
そしてコイツの中の男爵はどこまで偉いんだろうか?
流石に戸惑い過ぎていたオニキスは続く男の行動を回避することができなかった。
バシィッ!!!
結構な力で頬を叩かれる。
瞬間、シャマから凄まじい魔力と殺気が漏れ出した。
「ッ……!シャマ、止まりなさい。」
「しかし!!」
いつも科目で表情に乏しいシャマにしては珍しく声を荒げている。
表情もいつもよりわかりやすい程度に怒りの表情だ。
「良いのです、落ち着きなさい。」
オニキスが即座にシャマを手で制すると溢れ出ていた殺気は幾分か和らぎ、
今にもこの男を殺そうと構築され始めていた魔法が霧散する。
しかし、今だ何か起これば即座にこの男を殺せるように警戒を解いてはいない。
「ひ、ヒィィ!」
指向性を持った魔力と殺気をその身に浴びたスクビデアは、
その場に崩れ落ち股間から湯気を上げていた……。
良くも悪くも目立つ上に絶世の美少女であるオニキスは注目の的であったので、
突然オニキスに絡んだ挙句感情に任せて殴ったこの男に周りの男達も一斉に殺気を放っていた。
その為、彼の失禁は自然なものに映り、
シャマの殺人未遂紛いの行いに気がついたものは誰も居なかったのは幸いだったと言える。
しかし、注目を浴びていたために衆人環視の中盛大にフラれた挙句
失禁までしてしまった彼のプライドはズタズタに傷ついてしまっていた。
女性を殴ったことは彼の中では良くある事なので、
そちらでも恥をかいていることには彼は気がついては居なかったが、
短絡的な思考はすぐに全力で回転を始め素早く責任転嫁を開始していた。
「……あの女、絶対、絶対許さぬ……。」
彼の持つ小さなプライドは、理不尽という糧を得て、
今、歪みきった花を咲かせるのだった。
ここ迄読んでくださってありがとうございます。
いろいろツッコミどころあるかもしれませんが頑張って執筆していきたいと思いますので、
感想などいただければ幸いです。
仕事と夏コミの原稿が有りますので、
次の投稿はちょっと間があくかもしれませんが見捨てないで下さいませ~。