第三十五話 再会の約束
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マリアに呼び出された翌日、全校生徒を集め、月詠と大和の帰国が告知された。壇上に上がるマリアと月詠と大和。三人はいつものような砕けた口調ではなく、どこか引き締まった雰囲気を……いや、二人は引き締まった空気を纏い、約一名は欠伸を噛み殺しながら頭をボリボリと掻いていた。
「……大和は本当に王族の血を引いているのですかね?」
「”山賊王”とかの血筋ではないですかね?妹は淫売ですし……。」
「ふぇぇぇ、シャマちゃんそんなこと言っちゃだめだよぉ?」
「ピンクは黙ってなさい。」
「ふえぇぇ!?ホワイトちゃん、それまだ続いているの~?」
暴言を吐き続けるシャマと涙目のリーベ、二人のやり取りにオニキスは少なからず驚いた。いつの間にこの二人は愛称で呼び合う仲になったのか。考えてみれば自分は此処に入学してから、いや、そもそもオニファスとしてこの世に生を受けてから彼には愛称で呼び合う様な友人は居なかった。それに気がつくと、何やら無性にシャマが羨ましくなって来た。
「リーベ。」
「は、はい、何でしょうかオニキスお姉さま!」
「私も貴方をピンクと呼んでも宜しいですか?」
「ふぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「!!」
何故か涙目になるリーベ、戸惑うオニキス。何故かそれを見て少し恍惚とした表情を浮かべるシャマ。
「シャマ……君って娘はまったく……
あー、オニキスちゃん、リーベちゃんをその愛称で呼ぶのは止めてあげてくれないかな?」
「リコスさぁん……。」
まるで周りが敵だらけになってしまったような状況に、颯爽と助け舟をくれたナイト様にリーベは感謝の眼差しを向ける。しかし、そんなリーベに王子様スマイルでリコスが答える。
「なぁに礼には及ばないさ、僕たちは戦友じゃないか?ピンク。」
「うわぁぁぁぁん此処にも敵が居ましたぁ!!」
三人のやり取りを見て、なんとなくピンクが不名誉な名前であると察したオニキスは、これ以上リーベをピンクと呼ぶのは止めてあげようと心に決めると同時に、軽い疎外感からちょっとだけ不機嫌になり頬を膨らませた。その顔が駄メイドを喜ばせるだけとも知らずに……。
ふと、オニキスが視線を壇上に戻すと、それに気がついた月詠が僅かに微笑み、オニキスに向けて小さく手を振ってきた。その可憐な微笑みから、先日の月詠の告白未遂を思い出し、オニキスの胸を嘗て感じたことのない感情が埋めていき、思わず視線を逸してしまった。
それに気がついた月詠の表情が悲しげなものへと変わってしまい、それを見たオニキスの胸が後悔の念で締め付けられる。
「うぐぅっ、あ、あぁあぁぁぁっ……。」
「シャ、シャマちゃんどうしたんだい!?」
「ラ、ラブコメの……質の悪いラブコメの空気が……!!」
「君は何を言ってるの!?」
横では青い顔した駄メイドが騒いでいた……。
――――
放課後、正門前に止まった豪奢な造りの馬車の周りに二人の獣人の少女が立っていた。
一人は小柄な体に丸い耳、やや太めの縞尻尾を生やした、ややつり目がちの凛とした虎獣人の少女、美しい金髪は後ろで束ねられており、視界を遮らないように前髪は短めに切りそろえられている。もう一人は長身で引き締まった体をしているが、ややタレ目がちな豹獣人の少女、腰まで伸びたグレーのロングヘアが美しいが、どこかぼんやりした表情をしている。二人は校舎から近づく人影に気がつくと、自らの主の姿を見留め、軽い会釈をする。そして、横にいる人物を見て驚愕の表情を浮かべた。
「ん~?菊正宗、私は目がおかしくなったのだろうかな~?」
「何を言ってるんだ六甲?」
「目の前の美少女が私の知っている御方に見えるのだ~。」
「ふむ、お前の目がおかしいのだとしたら、
私の目もどうかしてしまったという事だろうな。」
「やっぱり見間違えではないのよな~?
あのぉ、何故そのような格好をなさっているのですかオニ……むぐ!?」
「お、お久しぶりですね菊正宗、六甲!!」
口を開こうとした少女の口を、身体能力向上魔法を発動させたオニキスが高速で塞ぐ。
「一体どうなさったのですオニ『キス!!』陛下?」
彼女の言いかけたオニファスという声に被せるようにキスと叫ぶオニキス。イマイチ状況が飲み込めない二人は困惑しつつも無礼の無いように説明を乞う。
「モガモガ、なにを言っておられるのですかオニ『キス』陛下?」
「ぇえ……?」
「私らの唇を求めておられるのですか~?まあやぶさかではないですよ~?私は?」
「お、お久しぶりですお二人とも!
”オニキス”、私、”オニキス”の事を覚えてくださっていたのですね!」
「ふえ!?」
「オ、オニキスちゃん一体どうしたんだい??」
普段見る事のない落ち着きのないオニキスに、リーベとリコスが驚きの声を上げたが、不自然なオニキスアピールにやっと合点がいった菊正宗が「おおっ。」と手を打つ。
「なるほどなるほど、そういう事ですか。お久しぶりですオニキス様。」
「なに言ってるのだ~?オニファ『キス』下~?えぇ~?なになに~???」
まったく状況が掴めていない残念なオツムの豹獣人六甲を下がらせつつ菊正宗はオニキスに会釈をする。
オニキスの後ろではシャマが無表情に笑っていた。
「菊正宗、六甲、出迎えご苦労です。」
「おぅ、時間通り来るたぁ成長したじゃねえかボンクラ共ぉ?」
「「ひどいっ!?」」
大和の心無い一言に声をハモらせている二人はクティノス親衛隊の菊正宗と六甲、貴族ではないため名字はない。二人は大和と月詠につけられた従者兼護衛であり、同時に数少ない幼馴染の友人でもあった。
ショックを受ける二人を無視して大和はそのまま馬車へ向かう。
「それじゃあなぁ、お前ぇら。クティノス来た時は声かけやがれ?城に招待してやるからよぉ。」
豪快に笑いながら馬車に乗り込む大和、中から「今回は快勝だったし気分がいいぜぇ!!」という声が聞こえたため再びオニキスが悔しそうな顔になり、それを見て「オニキスちゃん可愛すぎぃ!」とシャマが震えて喜ぶ。
「……オニ様、皆様。これまでお世話になりました。
妾、これほど楽しいのは学園生活では初めてで御座いました。
……オニ様、色々御座いましたがこれからも変わらず妾と会っていただけるのであれば、
妾は満足で御座いますので先日のことは忘れてくださいませ……。」
「……月詠!!」
少し寂しそうに笑い馬車に向かう月詠をオニキスは思わず呼び止めた。
「オニ……様?」
呼び止めたものの何を言えば良いのか解らず黙ってしまったが、意を決したようにオニキスは月詠を見つめた。
「月詠。」
「は、はい!」
ただならぬ雰囲気に月詠の声が裏返る。
「先日の事で貴方の気持ちは解ったような気がします。
貴方が何故私の事を頑なに”兄”と呼んでくれなかったのかも解ります。」
「……。」
「今はまだ、私は自分の気持ちが判りませんが……
次にあった時、必ず貴方の気持ちに返答をします、それまで待っていてくださいますか?」
「……ッ!はいっ!!月詠はいつまででもお待ちしております。」
先程まであった僅かな憂いの影は消え、今の月詠は花が咲き誇ったような可憐な笑みを浮かべていた。オニキスもまた、先程までの表情と変わり、いつもの凛とした表情になっていた。リコスやリーベは困惑した顔を浮かべていたが、オニキスの横で話を聞いていた駄メイドは真っ青な顔でワナワナと震えていた……。
「それでは皆様、御機嫌よう。」
再開の約束。何時になるかは分からないが、月詠は何時迄も待ち続けるだろう。今までもずっとそうであったのだから。何時かのその再開の日のために、彼女はまた自分を磨き続けるのだろう。
遠のいて行く馬車をオニキスはずっと無言で見つめていた。
「……あれ?オニキスちゃんもピンクなの???」
リコスだけがなんとも言えない表情をしていた……。
これにて第一部完です。
月詠「ふふふ、メインヒロインとして妾が頭一個抜きん出てますね!!
これで時間が経てばオニ様は妾にメロメロで御座います!!」
シャマ「でもお前は第二部には出てこないですよね?その間はシャマがやりたい放題ですよ?」
月詠「!?」
???「あのぉ、第二部は私の出番が増えるみたいなんでシャマちゃんも月詠ちゃんも第二部ではメインヒロインじゃないかもですぅ~……?」
シャマ&月詠「!?」




