第三十四話 オニキスちゃんおこ
ああ、12時に間に合わなかった!!!
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――翌朝、多くの生徒で賑わう食堂に、珍しい三人組が現れ周りをどよめかせた。
一人は顔面をボコボコに腫れさせた笑顔の大男。もう一人は美しく整った顔を憮然とした面持ちで歪ませた美しい少女。そしてもう一人は無表情ながら、どことなく幸せそうな雰囲気を漂わせた小柄な少女。
「何があったか想像付きますが一応聞きますね~。
どうしたんですか?オニキスちゃん。とっても不機嫌ですね~?」
「……。」
珍しく不機嫌そうなオニキスはシャマの問いかけを無視し、
プイッっと視線を逸らせながら朝食を食べている。
対象的に隣で朝食をかっ食らっている蛮族は、シャマに話しかけて欲しそうにチラチラとシャマの方を見ていた。
が、シャマはこれを完全にスルーする。
「オニキスちゃぁん、なんでシャマの目を見てくれないんですか?オニキスちゃぁん?」
「……。」
表情は無いのに明らかに楽しげな従者の姿にオニキスは朝から不愉快な気持ちになるが、
それより何より横で機嫌良さげにしている顔がボコボコの男に腹が立つ。
「……素手の勝負じゃなければ私の勝ちでした。」
「ん、ん~?負けちゃったんですか?
オニキスちゃんは誰かに負けちゃったのですか~?」
……ウザイ。
普段から忠誠心の欠片も無いように思える従者だが、
今日は一段と鬱陶しい……。彼女のルビーのような赤い目が今日は一段と輝いている。
あと、顔が嫌に近い……。
「あー、もう!わかりました、言いますよ!!
負けましたー。私はそこにいる蛮族との真剣勝負に昨夜負けましたー。」
「――……ッッッ!!」
悔しそうに涙目で自らの敗北を報告するオニキス。
それを見た瞬間、シャマの背筋を電気が駆け上るようなゾクゾクした感覚が襲う。
普段落ち着きのあるオニキスが、こんな悔しそうな表情をする事は滅多に無い。それこそ大和と会った時くらいしか見られないレアな顔なのである。
「はふぅ……オニキスちゃんのレア表情、”涙目イジケ顔”いただきました。
眼福至極。幸福の極致でございます。」
「ものすごく嬉しそうですねシャマ……
私はこう言う時の貴方が大嫌いですよ。」
「くははは、俺様もこれでやっと勝ち越しが出来て気分がいいぜぇ。」
シャマに無視されて少し残念そうにしていた大和だが、オニキスが告白したことによってようやく出番と大声を上げる。顔が腫れ上がっているので表情はよくわからないが、大声で笑っているのでこの蛮族は今上機嫌らしい。
対象的にオニキスは顔を真赤にしながら頬を膨らませる。
それを見たシャマは恍惚の表情を浮かべながら、下腹の辺りにズクンと疼くような快感を覚えていた。
「ち、違いますー。勝ち越しじゃないです~!
交流戦は私の勝ちでしたから、戦績は30戦14勝14敗2引き分けで戦績はイーブンです~!!
そもそもそんなに顔面腫らして勝者面とか、どれだけ厚かましいのでしょうかね~!」
普段のオニキスからは想像もつかないほどに幼い言動。
早朝の食堂の隅ではあるが、これを目にしたオニキスファンの生徒たちはあまりに珍しい光景にその目を見張る。しかし、拗ねたようなイジケたような姿に全員が温かい視線を向けていた。
「良い……。」
「ああ、良いな……。」
「天使か……。」
「あふん、オニキス姫様……。」
会話は聞こえないが慌てふためくオニキスに癒やされつつ、
気取られないように朝食を続ける信者達。その動きは訓練された軍隊のように規律がとれていた。
――――
「――ところで、確かに見た感じだとオニキスちゃんが敗者には見えないのですが。
一体どういう決着の付け方をしたのですか?」
「ふむ、確かに見た感じじゃわかんねえかもなぁ。」
「その答えは簡単です。こんな軟弱な男に殴られた程度の傷、
一晩経てば全快しているに決まってるじゃないですか。」
「ほうほう?」
負けたくせにドヤ顔のオニキスを冷たい目で見つめつつ、
シャマはオニキスの脇腹を軽く小突いてみた。
「~~~~~――――……ッッッッ!!!」
「なるほど、肋骨がボッキボキに折られてますね……。」
「ッッ――何のことかわからないですねえ……。」
「ガハハ、お前ぇそれはちょっとむりがあるだがよぉ。」
真っ青な顔で脂汗を垂らしながら強がるオニキス。
意外と負けず嫌いである……。
「……何をしておられるのですか……?」
「む、出ましたね発情犬!」
「つ、月詠。おはようございます。」
「御機嫌よう、オニ様。……顔が真っ青で御座いますが大丈夫ですか?」
見たことのない顔色で汗を流しているオニキスと、これまた見たこともない様な恍惚の表情を浮かべるシャマに一瞬驚いた月詠であったが、横にいる兄のボコボコに腫れた顔を見て全てを察する。
「なるほど、なるほど、昨夜は二人で遊んでいたわけで御座いますね?」
「おぅよ、まったく楽勝だったぜぇ!これでスッキリ帰国できるてぇもんだ。」
「そんなお顔でよくもそんな大口を、まったくあに様は……オニ様、妾に傷をお見せ下さいませ。」
「……はい。」
月詠の前では強がっても仕方ないと観念し、オニキスは大人しく脇腹を月詠の前に晒す。直後、周囲が異様な熱気に包まれその視線がオニキスに注がれる。
しかし、それを察した月詠が即座にオニキスを隠す位置に移動すると、周りからは落胆のため息が漏れてきた。やがて小さく詠唱をすると、月詠の手が薄っすらと白い光を帯び、それをオニキスの脇腹へかざす。すると脇腹の痛みは見る見る引いていった。
「どうやら魔力侵食毒の毒は完全に消えたようですね、良かったです。
あの時は私のせいですいませんでした……。」
「あれはオニ様のせいでは御座いませぬ。
それに妾はオニ様を守るためにこの力を修めたので御座います。
たとえあの場で妾の人生が終わってしまったとしても、
それはそれで本望なので御座います。」
さも当然のように笑顔で答える月詠。
その笑顔は、鈍感なオニキスでさえ、一瞬ドキッとする可憐なものであった。
「ぐぬぬ……何やらオニキスちゃんの中で、
シャマより発情犬の方が点数が上がっていってる気がします……。」
「シャマ……点数も何も貴方の評価は今、私の中では最悪ですよ!?」
「なんですと!?」
「むしろこの状況でその反応が出ることに驚きですよ!?」
「くふふ、駄メイド。
貴方の歪んだ愛情、そんな物はオニ様に受け入れられるわけがありませぬ。
己の所業を悔いるが良い!」
「いや、お前ぇも大概歪んでっと思うけどなぁ?そもそもお前の愛情は重すぎ……グエッ!!」
この世の終わりのような表情のシャマ。
勝ち誇った表情でオニキスの治癒をする月詠。
いらぬ一言を言ったために顔に炎符を貼り付けられて煙を上げている大和。
彼らのやり取りを眺めながら、こんな日常がなるべく長く続けばいいとオニキスは思った。
しかし、大和と月詠は間もなくクティノスに帰る日が来る。
それまでに月詠の気持ちに何らかの答えを出さなければならない、
そしてそれは思いの外早く訪れることとなる。
「――ここに居たか天津國 大和、天津國 月詠。
君たちの帰国の日程が決まった、後で学園長室に来たまえ。」
騒ぐ彼らの前に、学園長マリア=トライセンが立っていた。
友人に改行が多いと言われたのでちょっと書き方変えてみました。
どうでしょうか?
ご意見ご感想お待ちしております。




