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第二十九話 鰹節削り器

29




 早朝、日は昇り、鳥のさえずりが聞こえ始める。

 人はまだ殆ど起きていないこの時間、

女子寮の部屋に備え付けられた厨房に一人の少女の姿があった。

 少女は黙々と朝食の準備をすすめる。

 鼻歌交じりに作業をする様は、

まさに天使のように可憐で楽しげであった。


 しかし、その両手に握られているのは鰹節と刀。


 およそ厨房にて少女が手にするものとしては適当なものとは思えない。



「ふ、ふふふ、月詠が持ってきてくれたお土産、

色々ゴタゴタしていたせいでお預けになっていましたが、

今日こそ美味しく調理してあげますよぉ!!」


「主様、満面の笑みで鰹節を眺めているのは良いですが、

何故某は厨房で待機させられているのでござるか?」


 うっとりと鰹節を眺め時折頬ずりをする美少女、

オニキスの自称愛刀である神凪は、

得体の知れない不安感に押しつぶされそうになりつつも主に尋ねる。


「良いですか神凪、

これは私の大事な妹である月詠が、

私のためにクティノスから持ってきてくれた鰹節です。」


「はいでござる。」


「私は、最愛の妹が持ってきてくれたこのお土産を、

最高の調理法で料理する所存なのです。」


「全く話が見えないでござる……。」


 神凪は、主の言動からその目的が全くわからないままに、

ただただ不安だけが肥大していくのを感じる。


「鰹節で上品な出汁を取るためにはこれを薄く削る必要があります、

わかりますね?」


 ニコリと微笑むその笑顔は見るもの全てを魅了するほどに可憐であったが、

神凪は何故か恐ろしいものを感じ、身構える。


 すると微笑む主の瞳の奥に、じわりと淀みが広がっていった。


「ま、まさか主様……?」


「神凪、貴方の刀身であれば、さぞ綺麗に鰹節を削ることが出来そうですね?」


「ヒッ!?」


 自らの予感が的中した事を確信した瞬間、

神凪はその姿を獣人の姿に変じ、

自らを掴んでいた主の手を振りほどくと、

弾けるような速度でその場から逃走しようとした。


 しかし、所詮は武器に宿る精霊に過ぎない彼女では、

魔王の前から逃れることなど出来ようはずもない。


 素早く逃走する彼女を遥かに上回る速度を以て即座にその尻尾を掴まれてしまう。


「さあ、一緒に美味しい味噌汁を作りましょう。」


「嫌でござる、某は戦いの道具でござるー。

そう言う仕事は神刀ではなく神包丁殿におまかせしたいでござる!!」


「そんな包丁は無いのです。

喜んで下さい神凪、私は今、

嘗て無いほどにあなたに期待をしています。」


 嫌がる神凪を無理やり刀に戻し、

スキップでもしそうな足取りで厨房に戻るオニキス。


 神凪の青ざめ泣き叫ぶ声は、

彼には届かないようであった……。


 ――――――



 時を同じくして、

オニキス達の部屋の前には何かの覚悟を決めた月詠が立っていた。

 その左手は未だ癒えぬ魔力侵食毒(マナイーター)の傷跡が残り、

魔封布に包まれた姿は痛々しかった。


 しかし、大切な事を伝える為に、

想い人の部屋を訪ね、意を決して扉を開いた少女の目の前に、

理解不能の光景が展開されていた。


「わははは、薄い!薄いですよ神凪!!

流石神刀です、どんどん削れます!どんどん削れてますよ!!」


「い、嫌でござる、駄目、だめなのにぃ、

体がかってにぃ、けずっちゃいましゅぅぅぅぅ……!!」


 覚悟が霧散していくのを感じる……。


「――……何をやっておられるのですか?オニ様……。」


「わははは、は……?

あ、あら、月詠、おはようございます。」


 なんとか挨拶をしたオニキスだったが、

朝の変なテンションを他人に見られてしまった羞恥から、

やや引きつり気味に微笑む。


「御機嫌うるわしゅう、オニ様……。」


 挨拶を返した月詠も混乱していた。


 目の前の状況についていけない。


 オニキスの手には、

包丁ではなく美しい刀が握られており、

更にその刀で手に持った鰹節を綺麗に削っていた。


 刀からは可愛らしい少女の悲鳴とも喜びとも呼べる声が漏れている。

ひと目でこの状況を理解しろというのは難しいだろう。


「何をなさってるのですか……?」


「み、見ての通り朝餉の用意をですねー。」


 夜明けのおかしなテンションは、

正常な人間に見られた瞬間に羞恥へと変わり、

オニキスのテンションがぐんぐん落ちていく。


「つ、月詠に頂いた鰹節で、

美味しい味噌汁を作ろうと思いまして……。」


「な、なるほど……。」


「すぐに出来ますので月詠も食べていって下さい。」


「はい……。」



 ――――



 「それで、今日はこんな朝早くからどうしたのですか?」


 朝食を終え、食器を片付けると、

食後にお茶を入れながらオニキスが尋ねる。


 ……優雅に微笑むその姿は、

先程笑いながら刀で鰹節を削っていた人物と同一人物とは思えない。


「そうでございました。

妾が交流目的の使者としてサントアリオに来てからこちら、

何かとゴタゴタしていてオニ様とほとんどお話も出来ませんでしたので、

本日は久しぶりにご一緒したいと参った次第でございます。

幸い、本日は休校日でございます故、

もし、オニ様がお暇でしたらご一緒にお出かけでも如何かと。」


「成程、成程、たしかに貴方はずっと寝込んでましたからね。

それでは今日は二人でお出かけしましょう。」


「主様?遊びに行くのなら某も、ふごぉっ!?」


「それでは早速準備を致しましょう。」


 オニキスはすくりと立ち上がると、

立て掛けてあった神凪を厳重に封印(・・・・)し、

そのままクローゼットの奥に収納した。


「……!! ――……!!」


 クローゼットからはうめき声とガタガタ何かがぶつかる音がするが、

オニキスはそれを気に止める素振りも見せず準備を開始した。


「あのー、オニ様……?」


「よし、準備が出来ました。行きましょう月詠!」


「あ、はい。」


 一瞬、ぞんざいに扱われる神剣に憐憫の情が湧いたが、

制服に着替えたオニキスに手を取られたために、

月詠の全ての思考はオニキスで染まる。


 そう、今日の月詠は一大決心をしてこの場に立っているのだ。

その計画を成功させるためにも彼女は他人に気を使っている余裕などなかった。


 今日こそオニキスに自分の気持を伝えたい。


「そのために、妾、昨日は徹夜までしたのです。

決してしくじるわけには行きませぬ……。」


「ん?何かいいましたか、月詠?」


「いえ、何も。

今日は妾におまかせくだされ、

最高の一日を約束いたしまする。」


 一瞬何かが聞こえた気がしたオニキスだったが、

上機嫌な月詠を見るに、大したことではないだろうと、

二人は手を握りながら学園を後にするのだった。




「楽しみでございますな、オニ様!」






 ――――……



 校舎を出て行く二人の姿を遠巻きに眺める視線があった。

 その数は3対。


「ふむふむ、発情犬如きが、抜け駆けは感心しませんね。

後をつけますよ、エセ王子、おっぱいポンコツ……。」


「せめてエセは外してほしいなあ、

こんな朝早くから突然訪ねてくるから何事かと思ったらこういう事かい?

君は全くもって趣味が悪い……。

けどね、面白そうだからボクは超賛成、

こういうイベントは皆で共有しないとね。」


「え、え、おっぱいポンコツって私のことですか!?

ふぇぇ、ま、待って下さい、おいてかないでぇ。

うぐぅっ!」


 休日を楽しもうとする二人の後から、

彼女たちの幸せな休日を妨害せんとする不穏な影がついていくのであった。


 影の一人は蹴躓いて倒れているが……。



ページ少なくてごめんなさいー。

漫画作業と平行しているので来月半ばまでこんな感じの更新になると思います……。

なんとか1章おわりたい!!!

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