第二十八話 乱暴で優しい親友
もうちょっと、もうちょっとで第一章終わります。
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「――……嫌な事件でしたね。」
遠くを見つめながら美しい少女がそう呟く。
憂いを湛えるその瞳には、
他人には推し量れぬ悲しみをたたえているように感じられる。
僅かに震える声には、
少女の懴悔の念が込められているかのようだった。
「オニキスちゃん……。」
少女の隣に座る少女は感情のこもらぬ声で少女の名前を呼び、
その小さな手をその額に添える。
ミリミリミリ……
「痛い!痛いです!シャマ、ごめんなさいいいいい……。」
「何を他人事のように言っているんですか、
どうするんですかコレ!!」
「シャマヨ、シャマエオ、オ、ヨ、ヨ、ヨノ、
ソウゾウシュヲ、ニギリツブスノヲヤメルノダ、ダ、ダ。」
放課後の中庭、
数多くの生徒たちが思い思いに過ごす中、
一際衆目を集める美少女が二人。
しかし、今日の視線は彼女たちの容姿に見とれてのことではない。
その横に座る謎の”ヒトガタの何か”に注がれていた。
「謝っているのに酷いですよシャマ。
心配しなくても、私が作り出したというこれは、
シャマの魔力とパスが繋げられています。
いわば貴方の従魔のようなものだと思ってください。」
「こんな気色の悪い従魔連れ歩くなんて、
シャマは絶対に嫌です。」
「ヨハ、ヨハ、シャマノタメニ、シャマノ、シャ、シャシャ、
シャマ イズ マイ ライフ。」
いつものように抑揚のない声に表情も変わっていないが、
明らかな怒りの気配を漂わせながらオニキスを睨むシャマ。
「だ、大丈夫です。コイツは私の魔力で生み出された疑似生命体ですから、
従魔と言っても生き物というわけではありません。
シャマの意思で体内に純粋な魔力として体内に収納することが可能なはずです。」
「むむー。」
不満げに眉間にしわを寄せつつ、
シャマは目を閉じその魔力をオニキスモドキと繋げる。
するとオニキスモドキの姿は見る見るうちに薄れ、
そのままシャマの中に煙のように吸い込まれていった。
「……むぅ~。」
「あ、あれー、シャマ、どうしました?」
上手く行ったようなのに不満そうな声を上げるシャマ。
その様子にオニキスの不安は掻き立てられる。
「あの気色の悪いモノがシャマの中に入ってきたのが、
しっかり認識できていて非常に気持ちが悪いです……。」
「うう、シャマ……。
一応あんな物でも私がモチーフなので、
そこまで嫌がられるとちょっとショックです……。」
「そうは言っても、嫌なものは嫌なんです。」
心底嫌そうにするシャマの様子に軽いショックを受ける。
そんな二人に後ろから野太い声がかけられた。
「何やってんだぁ、お前ぇらぁ?」
後を振り向くとそこには、
呆れ顔の大和と左手に魔封布を巻いた月詠が立っていた。
「くふふ、そこな駄メイドは、オニ様の贈り物に不満があるようですな。
何を贈られたかは存じませぬが、不敬な事。
妾でなら、愛するオニ様の贈り物であれば、
如何様な物でも喜んで受け入れる事ができまするがな。」
勝ち誇るような笑顔の月詠に、
シャマは何の感情も込もっていない虚ろな視線を向ける。
「ほうほう、犬っころの姫様は流石に良い事を仰る。
それでは遠慮なく受け取るといいですよ、
サモン=オニキスモドキ!」
シャマの胸元に光り輝く魔法陣が構築され、
その中からズルリと異形のヒトガタが現れる。
その様はまさしくホラー映画のそれであった。
「ツク、ツクヨ、アイ、アイ、アイシテル、ワガイモウトヨ!」
「キャァァァァァッッッ!!」
「さぁ、さぁ、貴方の求めていた愛しのオニ様のプレゼントですよ。
遠慮なく受けとて下さい。」
悲鳴を上げながら逃げる月詠。
追いかけながら妹への愛を叫ぶ異形。
放課後ののんびりした空気は消し飛び、
そこにはホラーな世界が展開されていた。
「なぁにやってんだかなぁ、
まぁ、あんなのはどうでも良いや。
おい、オニファ……じゃねぇ。オニキス。」
「む?」
突然真面目な表情になった大和がオニキスを見つめる。
急に空気が変わり、大和からは怒りと殺気が立ち上っていった。
「俺の言いてぇ事は解ってんなぁ?
歯ぁ、食いしばれぇ。」
「ッ!!」
短い言葉だが、大和が言いたいことをオニキスは即座に理解できた。大和の視線の先に月詠が立っておる、その左手には痛々しい治療の後があったからだ……。
一拍置き、オニキスが気持ちの準備をした所に大和の拳が叩き込まれた。
心の準備が出来ているとは言え、
超一流の戦士である大和の拳を顔面に受け、
オニキスの小さな体はかなりの距離を飛ばされてしまった。
地面をバウンドしつつ校舎の壁に激突し、漸くその勢いは止まる。
オニキスの口の端からは一筋の赤い線ができていた。
「今のはぁ、月詠を危険にあわせたことのケジメだぁ。
この一発で許してやらぁ。
そのあとは守りきってくれたらしいな、ありがとよ。」
粗暴な友人のきつい一撃に、オニキスは月詠を危険に晒してしまった事に対する憂鬱な気持ちが多少ではあるが軽くなるのを感じた。
「……ありがとう、大和。」
不器用な親友の粗暴な気遣いが、今はとても心地よい。
大和もそんなオニキスの様子に気が付き、
何やら気恥ずかしい気持ちに背中がムズムズしてしまった。
「んだぁコラァ?殴られて礼を言うなんざぁ、
お、お前はあれか?マゾってやつか。
……んっガッ!?」
直後、大和の体を炎が包み込んだ。
「うぉわ、な、何ぃしやがる!?」
大和が炎を払うとそこには憤怒オーラを纏いつつ、
笑顔をを浮かべた月詠が立っていた。
「くふふ、あに様?
今、何をされておられましたか?」
常ならば、見るもの全てを魅了するほど可憐な月詠の微笑みだが、
今は見るもの全て心胆を寒からしめる黒い微笑みとなっていた。
その黒目はまるで虚無の深淵の如き色をたたえている様だ。
そして、その後ろには赤い大剣を担ぎ、幽鬼のごとく佇むシャマ。
更に回りを見回せば、
凄まじい殺気を放つ男女の姿があった。
「うぅぉお!?」
「今、オニキス姫の顔を殴ったか?そこの畜生は……。」
「姫様の顔を……我らの姫様の顔を……?」
「「「「畜生、殺すべし。」」」」
「ひぇっ!?」
常軌を逸した空気に何故かオニキスの口からも悲鳴が漏れる。
事態の異常さを察した大和は慌てて月詠に理解を求めた。
しかし、月詠の兄を見る目は氷のように冷ややかだった。
「お、俺はお前の為にこいつにケジメを、ぐはぁっ!?」
言葉を言い切るより先に、巨大な赤い風が大和の顎を薙ぎ、
2メートル近い大和の巨体が宙を舞う。
「駄犬……いかなる理由があろうと、
オニキスちゃんの顔に拳を入れるなど、
自ら殺してくれと懇願するような目に遭わせてやりましょうか?」
天高く振り上げたシャマの腕に握られた赤い大剣が、
先程の赤い風の正体を物語る。
「グハッ、てめぇ、シャマ!
今のは死ぬやつだぁ!?
死ぬ威力だったぞコラァ!!」
「座れ……。」
「あぁ!?」
「座れ駄犬……。」
「お、おぅ……。」
有無を言わさぬ月詠とシャマの殺気をその身に浴びて正座をして小さくなる大和。
状況の変化についていけず、
オニキスは哀れなほど小さくなる友人を見つめる。
(あ、尻尾を股に挟んでる……。)
悪いことをした訳でもないのに正座をした状態で説教を受ける友人に憐憫の情が湧くが、
迂闊なことを言うと自分の身が危うい気がしたので、
このまま黙って見守ることにするオニキス。
しかし直後、オニキスは自分の愚かさを後悔することとなる。
「オニキスちゃん?
何を余裕顔で駄犬を眺めているのです?
オニキスちゃんにもお話があります。
こっちに来て座りなさい。」
あまりの事態に逃げる事もせず哀れな獣人王子を眺めていたオニキスに、
怒れる従者の視線と殺気が突き刺さった。
オニキスはここに来て、漸く自分の失策に気がついた。
自分は傍観者では無く、当事者であった、
オニキスがすべきは全力の逃走であったのだ。
「ひっ!?」
「妾はオニ様には何も言うことはございませんので、
この駄兄とじっくりお話をしようと思いまする……。」
結局日が傾くまで二人の受難は続くのだった……。
これからコミケ原稿なので、
このくらいの長さが続くかもしれません。




