第二十七話 今なんでもするって言ったよね?
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「オニキスお姉さまあぁぁぁ~~~!!」
「かふっ!」
奈落から脱出したオニキスを待っていたのは、
炎矢の如き勢いをつけた、リーベの鬼タックルであった。
「良かったぁ、オニキスお姉さまが奈落に落ちたと聞いて私、私ぃぃ……。」
「リ、リーベ……。」
正直ミルコの炎矢以上のダメージを負った気がするが、
泣きじゃくりながらオニキスの無事を喜ぶリーベを見ていると、
そんなものは気にならなくなる。
見回せば、リーベ以外にも、ディマンテ、ヴィゴーレ、リコスの姿もあった。
恐らく大和は月詠について行ったのだろう。
「心配をかけましたねリーベ。
月詠とシャマは無事にこちらに来ましたか?」
優しくリーベの頭を撫でてあげると、
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらもホッとしたような笑顔になってくれた。
「はい~、月詠さんはひどい状態でしたのでぇ、
魔封布で応急処置をした後に医務室に運ばれました~。」
「少し危ないところだったみたいだから、
大和君が慌てておんぶして行ったよ。
オニキスちゃんが戻ったらぶっ飛ばすって言ってたよ。」
笑いながらそう告げるリコスにオニキスは疲れた笑顔を返す。
大和がそう言ったなら、
恐らく弁明はさせてもらえずにいきなり殴りかかってくるのだろう。
今日はちょっと疲れているので勘弁してほしいところなのだが……。
「オニキスお姉さま……
一体、奈落の洞で何があったのですか~?」
少し安心したのか、
いつもの間延びした感じに戻ったリーベの声に、
何とも言えない安心感が生まれる。
(リーベの声を聴くと、何故か地上に戻ってきた実感がわきますね。)
取り敢えずあの後何がったのかを掻い摘んで説明し、
ミルコを学長に引き渡すことにする。
「それにしてもミルコがそんな輩だったとはね。
君らを残して先に行ってしまったのは痛恨のミスだった。
謝罪をさせてくれたまえ。」
「……すまん。」
ディアマンテとヴィゴーレの二人には何の責任もないのだが、
女性二人を危険人物のもとに残してしまったのがよほど痛恨なのか、
二人は中々頭を上げてはくれなかった。
特に、ゾンビが恐ろしくて逃げるようにダンジョンを脱出してしまったヴィゴーレは、
その巨体を縮こませ、見ていて哀れになるほど悄気げてしまっており、
謝罪をやめてもらうのに苦労する羽目になった。
そんなヴィゴーレを優しく慰めるディアマンテを見ていると、
オニキスは二人の背後にバラの花を幻視する……気のせいだよね?
結局謝罪を受け入れ、学長室にミルコを届け、
月詠の様子を見に行く頃には太陽は沈みかけていた。
――――――
「成程、ダンジョン上層にゾンビが出現し、その男が例の赤い結晶を使用したと……?」
オニキスからの報告を受けた学長、マリア=トライセンは大きくため息を吐く。
「あの結晶を使用したということは、
この男、一連の騒動の事情を知っていそうだな。
オニキス=マティ、助かったぞ流石は魔王陛下だ。」
「魔力侵食毒などの危険な毒物も使用してきましたし、
かなり危険な雰囲気を持った男ですね。
目的がわからないのも不気味ですが、
明らかに月詠を狙った犯行だと仄めかしていましたよ。」
「くくく、邪魔の入りにくいダンジョン内で月詠を狙ったと言うのに、
まさか魔王がその少女を護っているとは、
この男の運の無さは大概だな。」
「確かに、私が月詠と同行していたのは行幸でした。
このミルコと名乗っていた男、かなりの手練でしたよ。
まあ、私より大和が同行していれば、
もっと容易く屠ったと思いますけどね。
あいつ魔法使いませんし……。」
「その場合、この男は恐らく命を落としていたと思うがな、ふふ。」
苦笑しつつもこの男が他の生徒や大和と戦わず、
オニキスに挑んでくれてよかったと心の底から思う。
「取り敢えず経緯は理解した。
ご苦労様、後の事は任せたまえ。」
「よろしくお願いします、マリア=トライセン。
私は妹の見舞いにむかいますね。」
要件を告げて部屋を後にするオニキスを見送りながらマリアは思案する。
「――正直、魔王自ら学園に乗り込んできた時は警戒をした物だが……。」
報告するオニキスの姿を思い出し再び苦笑する。
「まったくフェガリの王族というのはなんとも……呑気というかお気楽と言うか。」
マリアの脳裏には屈託なく笑う髭面に角の生えた友人の顔が浮かぶ。
「何とか我らで護ってやらねば……な……。」
――――
諸々の用事を終え、部屋に戻る頃には既に日は沈み、
辺りには夜の帳が下りていた。
大和には部屋に入るなり不意打ちで眠りの魔法を叩き込み、
取り敢えずの問題を明日に先送りしておいた。
恐らく明日は全力の大和とやりあう羽目になるだろうと、
オニキスは目眩を覚える……。
月詠は笑いながら。
「上目遣いで見つめながらごめんなさいと仰れば、
あに様は多分何もできないと思いまする。」
と、言っていた。
そんな甘い男ではないはずなのだが……。
首をひねるオニキスを見て可笑しそうに笑う月詠は、
意外と元気そうだったので安心した。
――オニキスが部屋の前に着くと、
その扉の鍵穴から光が漏れていることに気がついた。
それに部屋からは鼻孔をくすぐるいい香りが漂っている。
扉を開けるとそこには機嫌良さそうに無表情で料理を並べる従者の姿があった。
「シャマ、今日はありがとうございました。
シャマならあそこで待っていてくれていると信じてましたよ。」
「オニキスちゃんもお疲れ様です、
従者として、主の危機に駆けつけるのは当然のことです。
それよりも、あの淫獣と二人でダンジョンを攻略するなんて……貞操は奪われませんでしたか?」
月詠を淫獣と呼ぶシャマに苦笑しつつも、
自らの危機には必ず駆けつけてくれる従者には感謝の気持ちがこみ上げる。
「ささ、おつかれでしょう。
シャマが晩御飯を作って置きましたので、
二人で食べましょう。」
妙に機嫌のいい従者を訝しみながらも、
目の前の料理に心が奪われる。
「おお、クティノス鍋……すき焼きですか!!」
「はい、太古の昔より、
おめでたい日にはすき焼きと相場が決まっております!!」
「おめでたい?」
「いいんです、気にしないで食べましょう、さあ、さあ。」
シャマが妙にハイテンションなのが気になるが、
スキヤキ様が待っておられる、
深く考えるのは止めていただくとしよう。
「「いただきます。」」
クティノス式挨拶をした後に牛脂を鍋に塗る。
ジュワッと食欲をそそる音を立てつつ小さくなる牛脂。
そこに肉とネギを投入し、焼き目をつけていく。
焼き目がつき、香ばしい匂いが漂ってきたら、
いよいよ割り下の投入だ。
ジュワァァッァっと湯気を上げながら沸騰する割り下に今度は野菜を投入してゆく。
初めから肉や野菜を割り下で煮込むやり方もあるが、
オニキスとシャマは最初の肉はこうして焼き目をつけてから煮込むのが好みであった。
余り肉に火が入りすぎる前に肉を攫い、溶き卵に潜らせ口に運ぶ。
「ん~~~~~!!」
肉の旨味と、濃い目の割り下の味がよく絡み、
それを卵が優しく包み上げるハーモニー。
「幸せというのは、すき焼きの事だったのですね。」
オニキスは意味不明な事を口走る。
「ささ、オニキスちゃん。
クティノス酒も用意しておきました。
今日はキリッと冷酒にしておきましたよ。」
「至れり尽くせりですね、気がきいてますよシャマ!」
よく冷えた冷酒を口にふくむと、
濃厚なすき焼きの味をキリリと冷えた冷酒が洗い流していく。
こうなるともう箸は止まらない。
牛肉、長ネギ、しらたき、春菊……次々に箸は進み、
あっという間にすき焼きを平らげてしまう。
――……
食後のまったりとした雰囲気を楽しみながら、
冷酒の残りをチビリチビリとやっていると、
シャマがチラチラとオニキスに目線を送っていることに気がついた。
「ご馳走様、シャマのご飯は何時もながら美味しいですね。」
「ふふふ、シャマはできる従者なので、
ご主人様の胃袋には万力ストマッククローなのです。」
言葉の意味はわからないが、
取り敢えず胃袋がねじりきれそうな言葉の響きにだ。
ドヤ顔の後に少しだけオニキスを見つめた後真剣な顔になると、
シャマにしては珍しく、少しモジモジとした態度をとる。
「オ、オニキスちゃん、奈落での約束覚えてますか?」
「約束?」
冷酒を口に運びつつ聞き返す。
「なんでも一つ言う事を聞いてくれるって話です……。」
「あぁ……そういえば……。」
確かにそういうことを言った記憶があると得心し、再び冷酒を煽る。
すると、少し間を置いてからシャマは話を続ける。
「シャマは……シャマは、オニキスちゃんが欲しいです……。」
普段感情を見せないシャマの精一杯の告白。
今回月詠とオニキスが再会したことで少し焦りを覚えたのかもしれない。
冷酒を器に注ぎそれを飲み干すと、
それをタンッと景気良く机に置き、オニキスは上機嫌に言う。
「ふむふんむ……つまりシャマは、シャマ専用の”私”がほしいと。
宜しい!その願い叶えてあげましゅよぉ~~~。」
「え!?」
呂律が回らず桜色に染まった顔をするオニキスに、
嫌な予感がとまらず、辺りを見回すシャマ。
そして見つけてしまう。
……いつの間にか空になった一升瓶を……。
「……い、いつのまに!?」
まずい、この酒量はオニキスちゃんの許容を超えている!
慌てるシャマが今の言葉を撤回しようとするが、既にオニキスは次の行動に移っていた。
無駄に手際が良い……!!
「まっかせなしゃい!
万物を生みし創造の女神よ、
我が忠実なる下僕、シャマの言葉に耳を傾けよ……。」
詠唱魔法!?
シャマの顔面が蒼白になる。
本来殆どの術式を脳内で処理できるオニキスであるが、
全力で魔法を行使する場合、
脳内の処理に詠唱を併せることによって更なる力を振るうことができる。
よく見れば、
いつの間にかオニキスの頭には漆黒の角が現れていた。
先程の願いを叶えるために一体どこまで全力を出すつもりなのか、
それ以前にさっきの願いを叶えるのに何故魔法が必要なのか?
嫌な予感は確信となりシャマを慌てさせる。
彼女を知るものが見たら、
普段の彼女からは想像も出来ない慌てぶりに驚き固まることだろう。
「オ、オニキスちゃん!?
オニファス陛下!!何をしようとなさっているのです!?」
「……我、フェガリ王オニキスの名に於いて命ず。
我が写し身よ、我が従者の眷属となり、
その姿を顕現せにょろりゅ……。」
「わー、わー、しかも詠唱噛んだ!!
こんな大魔力ぶっこんで詠唱噛みやがりました!!!
なんで貴方は素面っぽいところから時間差で急転直下に酔っ払うんですかぁ!?」
恐らく即興で作られたであろう詠唱。
しかも後半は呂律も回らず詠唱も失敗していた魔法。
本来なら暴走し、何も怒らないであろう出たら雨な魔法であった。
しかし、失敗作であるはずのその魔法は、
オニキスの込めた膨大な魔力と、
シャマの願いを叶えたいというオニキスの気持ちによって、
”何らかの効果”を発動する。
「私を創造し我が従者に捧げっりゅ!
生命創造」
「嗚呼……また噛んでる……。」
凄まじい光がすき焼き鍋から溢れ出し、辺りは真っ白に染まっていった……。
――――
夜の廊下を赤い風が駆け抜けていた。
燃えるような赤い髪をなびかせ、
凄まじい速度で走り抜ける女性。
マリア=トライセンは嘗て無いほど焦っていた。
近頃この学園には不穏な影が暗躍している、
その幹部と思われる男が捉えられ、
取り調べをしようとした矢先の話であった。
「何だ、あの禍々しくも巨大な魔力は!」
タイミング的に間違いなく今回の黒幕が動いたと思われる。
今のところ先程行使された魔力は何の効果もないように感じるが、
そんな事は問題ではなかった。
「あの魔力量……私でも対抗できるか怪しい……。」
学園内ということで武装をしていなかったのが悔やまれる。
先ほど感じた魔力。
あれ程の力を持った者を迎え撃つには、
今の装備はあまりにも脆弱で心もとない。
対して先ほど感じた魔力は、
それこそ世界を滅ぼしかねない程の力の大きさであった。
「最悪の場合、刺し違えてでも……。」
決死の覚悟で歩を進める。
やがて先程の魔力を感じた部屋の扉が目の前に現れた。
意を決し扉を開くとそこには……。
「オロロロローン しゃまァァァァ。
ヨハ オマエダケノモノ オマエダケヲマモルト チカウモノナリィィィィ!!」
理解不能な光景が広がっていた……。
「た、助けてください……マリア=トライセン」
何やら小学生がクレヨンで描き殴ったような、
不格好な謎の生物に羽交い締めにされ、
ぐったりと疲れ切ったような顔をしたシャマの姿があった。
そして床には幸せそうに一升瓶を抱えながら眠る黒髪の美少女の姿が……。
「……ノーブルフランム、説明しろ……。」
先程までの鬼気迫った雰囲気は霧散し、
心底面倒くさそうな声でマリアが問う。
「説明も何も、酔っぱらいが暴走した結果、
シャマがひどい目にあっているとしか……。」
「ヨハ ヨハ おにふぁすあぷへがっり キサマ キサマ
ヨノ しゃまニ ナニヨウカ ナニヨウカ ナナナナナナ……。」
よく見るとこの禍々しい落描き生命体は、
そこはかとなくオニキスに似ている……ような気がする。
「――…… 特に害は無いようだな。
私に迷惑をかけた報いだノーブルフランム、
その化物は自力でなんとかしろ。
それと、そこで幸せそうに寝ているバカは、
明日から1ヶ月の奉仕活動と禁酒を厳命する。」
こめかみの辺りを押さえつつも、
マリアは、あの魔力が敵襲によるものではなくて安堵した。
「ま、待って下さいマリア=トライセン。
私を見捨てないで、あ、あ、待って……。」
「辛くなったら上を向いておけノーブルフランム、
涙がこぼれないようにな。」
「意味がわかりません!」
抑揚無く情けない声をあげるシャマを無視しつつ、
何かの地獄のような部屋を後にする。
「まあ、明日になっても解決してなかったら助けてやるさ。」
「ヨハ ヨヨハ キミダケノタメニ!!」
「こんなオニキスちゃんがほしかったわけじゃないいいいい!!」
情けない悲鳴は一晩中続き、
翌早朝、禍々しいオニキスモドキを見たオニキスの悲鳴がこだました。
多分次話で第一章が終わります。
第二章は軽めの学園モノで息抜き章となりますので、
第三章まではゆるーく行く予定です。
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