第二十六話 たまには魔王アピールです。
26
驚愕――
色々な事がありミルコは混乱する、
目の前の状況が理解できない。
確かに彼女は危険な人物であるとは認識していた。
魔血結晶の実験体をことごとく撃破し、
更には交流試合に於いて、あの天津國大和を下した実力。
スクデビアの話によれば、
サントアリオの魔法訓練所の結界をも安々と砕いたと聞く。
今回、天津國月詠の暗殺計画に於いて、
一番の障害になるであろうことは容易く想像できていた。
しかし、月詠に魔力侵食毒を植え付けた上で奈落に落とし、
更には、自らが追撃に赴いた上で仕留めきれ無いなどという事は、
ミルコにとっては全くの想定外の出来事であった。
たしかにミルコは嗜虐的に彼女を甚振って楽しんでしまった部分があった。
そこに油断があったという事はミルコ本人も認めるところである。
だが、それを踏まえた上でも、
彼女の抵抗は異様としか言えなかった。
魔法を封じられ、お荷物を抱えた上での戦闘にもかかわらず、
結局ただの一度も月詠には魔法を届かせなかった守りの技術。
「更にはドラゴンを一刀両断……それにその角……
何でこんな所にフェガリの有角人が……。」
「やっとその薄ら笑いを止めましたか。
私が何者かどうか考えるより、
これから自分に起こる事に専心すると良いですよ。」
オニキスが言葉を言い終わった瞬間にミルコの視界が回る。
「ぐはっ!」
何が起こったか理解が追いつかなかった。
投げられたと認識する前に背中に衝撃が走り、
肺の中の空気が吐き出される。
即座に立ち上がり追撃に備えるが、
目の前の少女は無防備に立ったままミルコが立ち上がるのを待っている。
「それじゃあどんどん行きますよ?」
ともすれば仲の良い友人との戯れにも聞こえる場違いな声の後に、
再びミルコの視界が回る。
いつ投げられたのかは認識できなかったが、
流石に二度目は自ら飛ぶことによって空中で体勢を整える。
しかし、体勢を整えたにも関わらず再び背中から叩き落され、
その衝撃で肺の中の空気を全て吐き出す事となってしまう。
有り得ない状況に混乱しつつも再び即座に立ち上がり、
オニキスの方を向き追撃に備える。
……が、
そこには先程と同じく追撃するでもなく、
こちらを見つめるオニキスが立っていた。
「……余裕ッスね?
あんまりいい趣味とは思えないッスよ。」
「そうですね、自覚はあるんですが、
散々嬲られたので少しは痛い目にあってもらってから捕えてやろうと思いまして。」
目を細め嗜虐的な笑みを浮かべるオニキス。
その笑みには、今正に命のやり取りをしている状況であるにも関わらず、
思わず吸い込まれそうになる様な可憐な魅力があった。
「うーん、思ってたよりいい性格してるみたいッスけど、
その余裕は悪手ってやつッスよ。」
そう言うとミルコは懐から光り輝く石を取り出した。
即座に魔法陣が展開され光が体を包む。
これこそがミルコの奥の手……。
――魔封石
ミルコの所属する組織の開発した魔道具である。
予め術式を石に刻むことで誰でも魔力を込めることによってその魔法を起動できる石。
月詠の起爆符と似ているが、
こちらは任意の術を刻むことで様々な魔法を発動可能であった。
彼らはこの魔封石に転移の魔法を刻み、
いつでも現場からの離脱を可能としていた。
どれだけ危険な状況下でも、
この魔道具さえ起動すれば闘争することは容易い。
いわば彼は、いつでも逃げ道を確保した安全な戦いを常に行っているのだ。
真剣勝負などとは程遠い状況、これが彼の余裕の源であった。
――「逃げるのですか、顔も見られているのに?」
「いやー、オニキスちゃんの言うとおりなんで何にも言い返せないんスけどね、
ちょっと俺の力ではオニキスちゃんの相手は荷が重いみたいッスから、
退散させてもらうッスよ。
それに、オニキスちゃん結構迂闊な所あるみたいッスから、
これからは暗殺中心で責めさせてもらうッスよ。お楽しみに~♪」
「それはちょっと嫌ですね、っと。」
オニキスの手から魔力が走る。
しかし、咄嗟に放ったその魔力は全くの殺傷力を持たず、
ミルコの体に当たった後に霧散する。
「うお、ちょっとビビったッスけど、
流石に咄嗟に無詠唱で強力な魔法とかは無理みたいっスね!
そんじゃお疲れ様ッス。」
軽薄な言葉を吐くミルコの体を魔法陣が包み込む。
――直後ミルコの体は掻き消え、
奈落の底にはオニキスがただ一人取り残されるのであった。
――――――サントアリオ郊外 ミルコ視点
サントアリオ郊外に広がるスラム。
その一角に突如魔法陣が浮かび上がり、
そこにミルコが姿を現した。
いやあ、ヤバかったッス。
……なんなんスかねあの娘。
フェガリの有角人は確かに強いって噂を聞いたことあるッスけど。
あそこまでとは思わなかったッスね。
それにもう一人、シャマだったスか……。
あの娘も難なく単独でドラゴンを仕留めていたッスからね。
「これからフェガリの動きにはちょっと注意が必要ッスかね……。」
非常に危険な状況ではあったが、
オニキスの余裕と侮りのお陰で逃げ遂せる事には成功した。
しかし、彼女が無傷で戻ってくることを考えれば、
ミルコは即座に次の行動に出る必要があった。
「とりあえずボスに報告を……って、ん?」
報告のために移動をしようとしたミルコは、
その時初めて自分の身の回りで起きている異変に気がついた。
本来なら移動と同時に消えるはずの魔法陣が未だ体の回りに浮いている。
「な!?」
更には、そこに描かれている術式が高速で塗り替えられていくのが見える。
「どういう事ッスかこれ!?
ま、まさか……?」
ミルコの脳裏に嫌な予想が浮かぶ……。
直後、再び光がミルコの体を包んでいった。
――――――
光が収まり目を開けると薄暗い石壁の部屋が目に飛び込んできた。
そして、後ろから優しく頬を撫でられる。
「知らなかったのですか、ミルコさん?
”魔王”からは逃げられないんですよ……。」
「ひっ!?」
優しげな声と裏腹に、
その声はミルコにこう告げていた。
お前を決して逃さぬ、と。
それに、今コイツはなんと言った?
”魔王”
フェガリのの魔王
オニファス=アプ=フェガリ
漆黒の髪、漆黒の角、漆黒の瞳。
確かに伝え聞いた身体的特徴に合致する。
しかし……
「た、確か……魔王オニファスは男だったはずッス……。」
「う、うぐぅ……。」
触れられたくない部分を突かれオニキスの目が泳ぐ。
折角演出した魔王然とした雰囲気は消し飛び、
冷や汗を垂らしながら数歩後ずさるオニキス……。
「ま、まさか……?」
「うぐぐ、そうです、貴方の想像通りですよ……。」
「フェガリの魔王は女王だったんスね!」
「ちっがぁぁぁぁう!!」
怒りと羞恥で真っ赤になるオニキスから魔力がほとばしる。
「取り敢えず多少は痛めつけたので、
私の溜飲は下がりました。
お遊びは終わりです!
速やかに捕縛させていただきますよ。」
「おおお!?何か怒ってるッスか?
何か理不尽な感じを受けるッス!!」
「牢屋の中で己の罪を悔いなさい、
その意識刈り取らせてもらいます。
豪雷召喚!!」
凄まじい雷撃がミルコの体を貫いた。
ミルコは咄嗟になんとかレジストしようと、
様々な魔道具を起動するがその尽くが一瞬で破壊されていく。
そもそもオニキスが意識を刈り取るために放った轟雷召喚は、
対象を感電させて意識を奪うなどという生易しい魔法ではない。
その電撃は体中をめぐり、全ての防御アイテムを破壊し、
そしてミルコの意識を刈り取った。
ミルコがその生命を失わなかったのは、
ただ単純にミルコの高い能力と、運のよさの賜であった。
「あ、あれぇ?」
想像と全く異なった結果にさすがのオニキスも冷や汗をたらす。
感情に任せた魔法によって、
一連の事件の大事な情報源を燃やし尽くしたなどと知れたら、
あの無表情メイドに何を言われるかわからない。
「と、ととと、とりあえず脈は……あります!ありますよ!」
あたふたと治療薬を探し荷物を調べようとして愕然とする。
「そう言えば道具の類は全部月詠にもってもらってたのでした……。」
青い顔で何も出来ずに目の前のミルコの脈を測る。
「あ、あわわ、脈が弱くなって、
い、いけません、ミルコさんがんばってください!!」
「あー、これはヒドイですね。
オニキスちゃんこれをつかってください。」
後ろから声がかかりポーションが手渡された。
即座に蓋を外し、瀕死のミルコに振りかけていく。
ほとんど消し炭となっていたミルコの脈が僅かに強くなり、
止まりかけていた呼吸も徐々に確かなものになっていった。
「あ、ありがとうございます!
お陰様でシャマに嫌味を言われないで済み……ま……。」
オニキスは壊れた人形のように今にもギギギと軋む音が出そうな動きで背後に振り向いた。
そこには両手で口角を釣り上げる従者の姿が……。
「お早いおかえりでしたね……シャマ。
確か先に帰って、
晩御飯作ってくれてるんではなかったのですかー?
なーんて……。」
「はい、シャマもそのつもりでいたのですが、
ふとシャマのご主人様の事を思い出しまして。
その御方であれば、
きっと加減も考えずに無駄に高出力な魔法をぶっ放して、
情報源を潰してしまうのではー?
なんーて、ね。」
まるで予知能力者の如くオニキスの行動を読みきったシャマに対して、
なんとか言い訳をしようと考えるが、
パニックになってしまった頭には何もいい案など浮かばない。
「ち、違うんですよ?
暫く角を使ってなかったので、
ついつい、いつもの感覚で魔法を放っただけなんですが、
そのー。ね?
えっと、えっと……
ごめんなさい……。」
「はい、よく出来ました。
シャマは素直に謝ることができるオニキスちゃんが大好きですよ。
……それに今回の件は、シャマが一番迂闊でした……。」
そう言うとシャマは口角を押し上げていた手を離し、
気持ち沈んだ表情で続ける。
「最近のオニキスちゃんの角無し状態の成長は素晴らしかったもので、
あの淫獣と二人きりにしても貞操の危険以外の危険は無いものと油断していました。」
「……油断はお互い様、ですね。
これからは角のない状態でも不意をうたれないように、
少し鍛え直す必要があるかもしれませんね。」
シャマも無言で頷く。
「取り敢えず、戻りましょうか。月詠の事も心配ですし。
それに、一連の騒動の情報源を早く学園に引き渡したいですしね。」
「そうですね、
きっと数日か数週間は口を聞くどころか意識も戻らないかもしれませんが、
重要な情報源ですからすぐに届けましょう。」
「うぐぐ……。」
暫くはこのことをネタにいじめられそうだと思いつつ、
オニキスは重い足取りでダンジョンの出口へと向かう。
只の授業が、随分と大事になってしまったなと思いながら。
真面目な話は書くの苦手ですねえ~。
感想ご指摘などお待ちしております。




