第二十五話 奈落の底の番人
お久しぶりです。
また週1~2更新目指していきます!
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―― 暗い洞の奥に赤い光が断続して輝く。
少し遅れ爆発音が響き、
その音に気がついた魔物たちが音と光のもとへ向かう。
直後、魔物が向かった通路から断末魔の鳴き声が響き、
その奥から美しい少女が、
もう一人の小柄な美少女を抱え走り抜けてくる。
「もう、このワンコ共。
わりと邪魔ですね!
意外と弱くもないですし!!」
少女を抱えたまま片手に持った刀で魔物をなぎ払いながら進む。
一見余裕そうに見える少女であったが、
其の実、少女は少し焦っていた。
「オニ様、来ます!」
「くっ……。」
背後から下級魔法炎矢が飛来する。
オニキスはこれを大きく躱しつつ、
背後に向けて殺した魔物の肉片を蹴り飛ばす。
「ぶぇ、さっきからなんなんスかね。
躱しながらこんなもん投げつけるとかどんだけ器用なんッスか?」
目元にへばりついた肉片を剥がしつつ前を見ると、
既にそこにオニキスの姿はなく、
代わりに血の匂いに誘われた魔物が集まってきていた。
「しかも血を撒き散らしつつ戦って魔物をこっちにけしかけてるんスかね?
随分いろいろやるッスねえ。
逃げる切れるような作りの場所ではないんスけど……。
まあ奈落の底の情報なんて学生さんはちゃんと把握してないんだろうな。」
向かって来る魔物を躱しつつ、
一人、ごちる。
「しかし……。」
目の前に広がる魔物の屍を見て戦慄する。
そこに散乱するのは大量の頭部を切断された巨大な狼の死骸。
殆どの狼は一刀のもとに頭部を切断され、
まれに腹を裂かれ、その臓腑を投擲されていた。
その傷は鋭利で美しく、
骨は接続部分を綺麗に斬り抜かれていた。
オニキスという少女は戦ってみた印象として、
事前に得た情報ほどの虚弱と言う印象は受けなかった。
しかし、その膂力は少女のそれを大きく逸脱するものではなく、
魔法科を選考したのが納得できる程度の物だった。
が、目の前に広がる屍の山は、
ミルコの受けたその印象とはかけ離れた光景である。
正直この奈落の底に生息する狼、
ブラックウルフは、並の冒険者が容易く倒せるような相手ではない。
中堅冒険者と呼ばれる者たちですら、
パーティで挑まねばその生命を落としかねないほどの魔物である。
それを片手で、しかも人一人を抱きかかえながら逃走しつつ一撃で屠る……。
「これは、何が何でもここで死んで貰っておいた方が良さそうッスね……。」
軽薄な声と裏腹に、ミルコの細い目は更に細められ、
その瞳の奥に濁った殺気を湛える。
「取り敢えずすぐに追いかけないとッスね。」
…………
「あー、もう、アイツ意外としつこいですね!!
何だかんだまだ付いてきている気がします。」
「むしろこの場合、、んっ、
妾を抱えながら逃げ続けてる、スー、はぅっ。
オニ様が、ひゃんっ、すごしゅぎるのだと思われまひゅ……。」
「月詠……。」
(辛そうですね、待っていて下さい。すぐに地上に戻してあげますからね。)
辛そうな月詠をより強く抱きしめつつ、
更に逃走速度を早めていく。
オニキスのせいで更にピンチを迎えている月詠であるが、
そのことはオニキスには全く伝わらない……。
「あ、ダメ……ダメでしゅ、オニ様……オニ様ぁ……きゃんっ!」
突然前方に放られ尻餅をつく月詠。
幸せ絶頂状態からの落差にあっけにとられていると、
少し離れた場所から熱風が吹き、月詠の髪の毛を乱れさせた。
「ぐ……つぅっ!!」
「オニ様!?」
振り向いた月詠の目に飛び込んできたのは、
巨大な火球とそれを体で受け止めるオニキスの姿だった。
「流石に中級魔法は刀で斬るようなことは出来ないようッスね?
魔力消費の効率は悪いッスけど、
ちょっと奮発したかいがあったッスね!」
「ッ……―― 月詠!歩けますか?」
「は、はい!」
「それではこのまままっすぐ進んで下さい、
奥の方に扉が見えます。
恐らくあれが目的のボス部屋だと思います!」
オニキスの言う方向を見ると、たしかに遠くに薄っすらと扉らしきものが見える。
「後ろからの魔法は私が食い止めます。
貴方はまっすぐにあの扉を目指して歩いて下さい。
見たところ魔物の影もないですし、いけますね?」
「はい!」
正直、月詠の今の状況は、
毒によって意識は朦朧とし、左腕の痛みも酷い、
むしろ、その痛みのお陰で意識が保てているような状態である。
が、
オニキスに言われればそんな事は関係ない。
月詠は残る力の全てをかけて扉を目指し駆けていく。
「逃がさないッスよ!残った魔力全部吐き出してやるッス。
炎矢!炎矢!炎矢!炎矢! 」
「一本も通しません!!」
飛来する炎の矢を剣閃が切り裂く。
しかし、大きく距離を空けつつ大量に飛来するそれを全て迎撃することは叶わず、
残った矢を足や腕で食い止める。
「ぐぅっ……。」
度重なる魔法の直撃に、さしものゴスロリ魔法衣もぼろぼろになっていく。
むしろ、この服を着ていなければ、すでにオニキスは戦闘不能になっていた可能性が高い……。
作ってくれたヴェスティ達に申し訳ない気持ちになるが、
今はこの身を守ってくれた素晴らしい性能に感謝する事にした。
「ありがとうございます、ヴェスティさん……。」
一瞬脳裏に死んだ魚のような目が過ぎったが、
それはなかったことにして目の前の魔法に集中する。
「本当に驚きッスね、
いくら下級魔法とは言え、
この数、防ぎ切られるなんて。」
正直ここまでハンデのある状態で魔力が尽きるとは思っておらず、
流石のミルコの表情からも余裕が無くなりつつあった。
「しかし、まあ……もうこれだけ痛めつければ。」
手足を魔法で焼かれ、更には相当な距離を走り抜けたオニキス。
その目や表情には未だ余裕が見ることができるが、
どう見ても満身創痍の姿に最早魔法で削る必要もないとミルコは判断する。
「もう俺の勝ちは揺るがないと思うッスよ。」
「それはこっちのセリフです。」
「ん!?」
ボロボロの体で不敵に笑うオニキス。
その背後には巨大な扉、ボス部屋の入り口が見えていた。
巨大なドラゴンのレリーフの刻まれた扉の前には既に月詠がたどり着いていた。
「月詠、よく頑張りましたね。扉をひらいてください!」
「オ、オニ様!?は、はい!!」
月詠は一瞬だけ躊躇ったが、
オニキスに言われたからには即座に考えを切り替えてそれ実行する。
(あのボロボロの体でさらにボスも抱え込む気ッスか?何を考えて……。)
ズズ……と重い音を立て両開きの扉が開いていく。
開くと同時に月詠は息を呑む。
開いた扉から覗くは巨大な瞳。
赤い鱗、鉄さえも引き裂く巨大な爪。
そしてその口には命を容易く奪うであろう牙がむき出しに並んでいる。
”ドラゴン”
誰もが知る高位存在。
運悪く出会ってしまえば死を意味する魔物。
この奈落の底からの生還者が異常に少ないのは、
最後に待ち構えるこのドラゴンである事が大きく関係していた。
よほどの上位冒険者でなければ、
本来ドラゴンなどに勝てはしないからだ。
そして扉が開かれた瞬間に燃えるような熱気を孕む魔力が溢れ出した。
「うぐぅっ!」
魔力侵食毒が即座に反応し、
月詠の腕がどんどん侵されていく。
「魔力侵食毒!!」
「!?」
扉が開き魔力が溢れた瞬間に、響き渡るオニキスの大声。
そしてそれに呼応するかのように溢れていた熱い魔力が霧散する。
「な、どういう……。」
驚きながらボス部屋を見るミルコは即座に違和感に気がく。
恐らくこの部屋の主であろう巨大な赤いドラゴン。
扉が開いた瞬間に溢れ出た火属性の巨大な魔力は、
このドラゴンの物かと思ったのだが、
オニキスの声が響いた瞬間にその魔力は霧散してしまった。
何かのスキルかとも思ったが、
オニキスは魔力侵食毒と叫んだだけである。
そんな言葉を叫んで魔力を散らすスキルなど聞いたこともない。
そして何より、先程からこのドラゴンはピクリとも反応していないのだ。
「これは、既に、死んで……?『はっはっはー。』」
あたりに響く抑揚のない笑い声。
「天知る、地知る、シャマが知る!!
オニキスちゃんある所に万能メイド在り!
超☆絶 美少女メイド!シャマちゃん参上!!」
声のする方向を見るとビシっとポーズを決め、
ドラゴンの頭上に少女が一人無表情で立っていた。
「だ、駄メイド……?」
「うまく合流できましたね。
シャマは普段はどうしようもない従者ですが、
同時にこの上無く優秀な従者でもあります。
ディアマンテさんとヴィゴーレさんが地上に出て、
暫くたっても私達が出てこなければ何かあったものと判ります。
そうなればシャマは即座に私を探しに来るだろうと思っていました。」
「でも……それでも。
何故、駄メイドがボス部屋に居ると思ったのですか?」
「シャマの事ですからあの現場を見れば、
私達が奈落に落ちた可能性にはすぐに気がついた筈です。
そうなれば即座にボス部屋を制圧し、
それぞれの入口を虱潰しに探索するでしょうから、
私たちはボス不在のボス部屋で暫く待機していればシャマと合流できると思ったのですよ。」
「……――オニキスちゃん、幾つか訂正致します。
シャマはオニキスちゃんのピンチ電波をキャッチしていたので、
ディアマンテ達が異変に気がつく前には既に行動を開始しておりました。
また、ボス攻略の後に虱潰しに探索するつもりはありませんでした。
何故ならシャマの鋭い聴覚や嗅覚は何キロ離れていようが、
空間さえ繋がっていればオニキスちゃんを探し出すことなど容易いからです。」
「え、なにそれ怖い……。」
想像以上に気色悪い従者の言葉にドン引きしつつも、
オニキスの表情は明るくなる。
「それで、オニキスちゃんをこんな姿にしたのは……
そこにいる糸目屑猿で間違いございませんでしょうか?
すぐに排除しますので少しお待ち下さい。」
無表情なシャマの瞳に僅かに感情が宿り、
ミルコの顔を睨みつけた。
「ぅおっ!!」
少し目が合っただけで気圧される。
……有り得ない、
ミルコは今まで数々の死線を潜り抜けてきた。
その内容の殆どは潜入や暗殺と言った物が多かったが、
正面切っての命のやり取りも数え切れないほどに経験をしてきていた。
少なくとも女学生如きの眼力に気圧されるような肝の持ち主ではなかったのだ。
しかし、いまミルコの警戒心は全力で警鐘を鳴らしている。
あの女はヤバイ。
知らず知らずミルコの体が臨戦態勢に入り、
シャマとの間合いをジリジリと詰めていく。
そして二人の間合いが、いよいよお互いの射程に届こうとした時……。
「あー、シャマ?
貴方は月詠をおぶって先に脱出していただけませんか?」
「えぇー……。」
間をずらされ、露骨に嫌そうな顔をするシャマ。
「オニキスちゃん空気読んでくださいよぉ、
シャマは既にやる気満々で臨戦態勢だったんですよ?」
「そうは言っても月詠の毒の回りがおもったより深刻です。
一刻も早く病院に連れて行かなければ。」
「じゃあオニキスちゃんが行ってください。
シャマはこんな発情犬と密着して二人で歩くなんて嫌です。」
珍しく感情を露わに不満を垂れ流すシャマ。
唯一できる表情が不満顔というのはどうなのだろう……。
「お願いですよ、シャマ。
いう事聞いてくれたらなんでも一ついう事聞いてあげますから。」
「はい!!シャマは月詠を連れて即座に脱出致します!!」
「え、駄メイド!?
貴方、オニ様を守るためにここに来たんじゃ……ひゃぁっ!?」
ビシっと敬礼をすると、
迅速に月詠を肩に担ぎ脱出魔法陣に走って行く。
「それではオニキスちゃーん、
晩御飯作って待ってますのでお早めに終わらせてくださいねー。」
「オ、オニ様!!どうかお気をつけて!!」
手をひらひらと振ると転移魔法陣を起動し地上へと戻っていくシャマと月詠。
一瞬月詠が顔を顰めていたのは恐らく転移魔法陣の起動魔力で少し毒が進行してしまったせいだろう。
「――…… もういいッスか?」
「はい、お待たせいたしました。
それでは始めましょうか。」
「魔法が解禁でさっきの仕返しでもしようって顔してますね。
でも、仲間二人を返して一人になったのは迂闊ッスよ。」
月詠と言うハンデがなくなったと言うのにミルコに表情にはまだ余裕があった。
その理由は、ミルコの立ち位置と、
手に持った物を見て即座に理解できた。
「何か、またそれかって言うのが正直な気持ちですよ。」
「そうッスね。またこれッス。
でも、今回コレを使うのは……コイツっすよ?」
ミルコはオニキス達が騒いでいる間に速やかにドラゴンに近づき、
その手に持った魔血結晶をズブズブとドラゴンの体に埋め込んでいた。
すると、命を落とし光を失ったドラゴンの瞳に濁った赤い光が灯った。
「ゴブリンナイトやただの貴族の坊っちゃんですらあの強さッス。
ドラゴンに使えばどうなるか……わかるッスよね?」
巨大な口を開き咆哮をあげるドラゴン。
空気は大きく振動し、天井や壁の石が僅かに欠け、ソレが落下していく。
「さあ、レッドドラゴン、
いや、ブラッドドラゴン!
目の前に居る女の子を殺すッスよ!!」
ブラッドドラゴンと名付けられたそれは、
咆哮を上げ開ききった口をオニキスに向ける。
「喰らえ!人の身においては絶対の死の象徴とも言える、
ドラゴンの息吹を!!」
開いたドラゴンの口には、大量の魔力が集中していく。
次の瞬間……・
ドラゴンが頭から股間にかけて真っ二つに断ち斬られ、
そこには漆黒の角を頭に生やした黒髪の少女が立っていた。
「へ、ぁっ!?」
「あ、ミルコさん言い忘れてましたが、
私すごく怒ってますので手加減するつもりはありませんよ?」
ニコリと微笑むオニキス。
その可憐な笑顔とは裏腹の、凄まじい怒気と殺気を溢れさせながら。
見捨てずに読んでくださった皆さんありがとうございます。
本職は漫画描きなのでこういうことがちょくちょくあるかもですが、
気長にお付き合いいただければと思います。




