第二十四話 このおバカ
近況報告にて、
博麗神社例大祭という同人イベント参加のために暫く更新しないと書きましたが、
思いの外締切が先だったので書いちゃいました!
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「いやあ、探したッスよ。
魔法も使わずに随分なペースで進みましたね、流石ッス。」
先程上層にて、仲間を失い慟哭していた男は、
今は一転しヘラヘラと軽薄な笑いを顔に浮かべていた。
しかしその細く開かれた瞳には暗く冷たい感情が見て取れる。
上層で出会った頃は、如何にも下級冒険者然とした身のこなしをしていたが、
アレが全て演技だった事は今のミルコを見ればすぐに解った。
目の前に居ると言うのに、まるでそこには存在しないかのような気配。
目に見える情報以外の全てが希薄であり、
その存在はまるで幽鬼のようにも感じられた。
オニキスは目の前の男への警戒のレベルを上げ、月詠の前に立つ。
奈落の底の魔物を歯牙にもかけなかったオニキスであったが、
目の前の男を前に、頭の中に警鐘が鳴るのを感じていた。
「いやぁ、実際の話、少し驚いているんスよ。
オニキスちゃんとお姫ちゃんは魔術師って認識してたんで、
この奈落の底なら何方かは途中でリタイヤしてると思ったんスよね。」
そう言いながらミルコの視線は月詠の左手を見つめる。
「魔力侵食毒も殆ど侵食してないし、
魔法無しでここまで来たって事ッスか?
それとも魔封布でも持っていたんスかね?
いや、だとしたら今も手に巻いていないと可怪しいか。
一体何者なんスか?オニキスちゃんは。」
まるで近所に住む人間と気軽に世間話をするような気軽さで話しかけてくるミルコ。
しかし、その纏う気配は明らかにまともな人間のそれではない。
「月詠、少し離れていて下さい。
この男が魔力を行使すると魔力侵食毒が反応してしまいます。」
「……ッ、はい……。」
月詠の表情が歪む。
今、目の前に明らかな敵がいると言うのに、
何の役にもたてない自分が情けない。
そんな二人に、相変わらず軽薄な笑みを浮かべたままミルコが話しかける。
「なんスか~。話しかけてるんでスから、
返事くらいしてもらって良いと思うんスけどね?」
刹那、ミルコの放っていた気配が一転し、濃厚な殺気が放たれる。
直後、洞窟内に金属のぶつかる音が響いた。
音もなく一瞬で接近したミルコが、
そのまま無駄のない動きでオニキスの首をナイフで斬りつけたのだ。
しかしその刃はオニキスには届かず、
オニキスの手にした神凪によって防がれていた。
「へぇ、やっぱり近接もいけるんスね。マジ驚きッス。
俺が調べた情報だとオニキスちゃんは虚弱だったはずなんスけどね。」
「だ、れが虚弱ですか!!」
ナイフを押し返した後、敢えて一瞬腕の押す力を抜く。
「ぅおっ!?」
抵抗しようと力を込めていたミルコは思わず体勢を崩してしまう。
直後、体勢を崩したミルコの腹部にオニキスの蹴りが入り、
その体は大きく吹き飛ばされた。
「ぐっは、体術も中々ッスね、しかもパンツが見えねえ蹴りだと!?」
一瞬でナイフの間合いに入られたことには驚いたが、
距離が開けられればナイフは刀の敵ではない。
オニキスは吹き飛ぶミルコを追いかけ、
その体を袈裟斬りに斬りつける。
「マジスか、何の容赦も無いッスね!!
く、炎矢!!」
神凪の刃がミルコに届く直前、ミルコの手から下級魔法が放たれた。
オニキスは咄嗟に防御しようとしたが、
その狙いが自分ではないことに気が付き戦慄する。
「く、させません!」
オニキスは攻撃態勢に入っていた為、
神凪で炎矢を払うことは出来ないと即座に判断し、
敢えて炎矢の前に身を躍らせた。
小規模の爆発が起こり、オニキスの体が炎に包まれる。
「オニ様!!」
月詠の悲痛な声が谺する。
「あはぁ、これはいいッスね、自動追尾的ッスか。
魔法の類は苦手なんで滅多につかわないんスけどね。
これなら俺でも上手く当てられそうッス。
……それじゃあどんどんいくッスよ。
炎矢炎矢!炎矢!!」
「くっ!!」
連続して打ち込まれる下級魔法。
威力そのものは大したことは無いが、
避けることが出来ない。
炎矢はその名の通り炎の矢である為、
その形は細く長い。
一応、殆どの矢は神凪によって打ち払われているが、
これだけ細い飛来物を全て斬り伏せる事はオニキスの技を持ってしても容易ではない。
必然的に幾つかの炎矢は神凪の刃をすり抜けていく。
常ならば何の問題もない程度の魔法であるが、
今の月詠に攻撃魔法が命中すれば、
その生命を一瞬で奪う可能性がある。
故にオニキスは撃ち漏らした炎矢を全てその身で受け止めていた。
「……ッ!!」
背中を焼く衝撃、思わず苦痛に顔がゆがむ。
足を止めたことにより、まとめて後続の炎矢がオニキスの背中に打ち込まれる。
目の前で苦痛に歪むオニキスの顔見せられた月詠の顔が、
そんな状態のオニキス以上に悲痛に歪む。
「オニ様!!妾のことはお見捨て下さいませ!!
この程度の輩、オニ様が本気になれば一瞬で屠れるはず!!」
涙を流しながら悲痛な声をあげる月詠。
しかし、オニキスはそんな月詠の方に一瞬だけ顔を向け優しく微笑む。
「こんな下級魔法、当たった所で痛くも痒くもありませんよ。
安心してそこで待っていて下さい。」
「……オニ……様……。」
しかし言葉とは裏腹に、
オニキスの被弾数は徐々に上がって行く。
いかに下級魔法とは言え、
大量に直撃されてしまっては無事にすむ訳がないのだ。
――オニキスの助けになりたい。
それは幼いころ、オニキスに助けられた月詠が抱いた決意だった。
その為に月詠は、ありとあらゆる荒行に耐えてきた。
王族の姫でありながらその修業は鬼気迫るものがあり、
修験者たちですら月詠の荒行にはついて行けなかった程である。
そんな修業の日々に常に傷つき、
時には骨折どころか命を落としそうになリながらも修行を敢行する月詠。
元々戦闘に関してはそれほど才能のなかった月詠だが、
そういった修羅の如き修行の果に遂に、陰陽術という戦う力を手に入れた。
それらは全て、いつかオニキスの役に立ちたい。
その一心で行われていたのだ。
だが、今のこの状況はどうか?
不覚にも毒に侵され、
役に立つどころか今の月詠は完全な足枷である。
この状況は月詠にとって死ぬよりもつらい状況であった。
あまりの悔しさに涙が頬を伝う。
「何と不甲斐ない……この様に枷となるならばいっその事……。」
月詠の手が懐を探り、その手に一枚の符を握る。
”起爆符”
少量の魔力を込めることでその符に込められた魔力を爆発させる魔道具と呼ばれる符。
この符は魔道具であり、陰陽術とは関係がないため、
魔力侵食毒に侵された今の月詠でも、
この札を起動する程度の事は出来た。
月詠は意を決し、これを自らの左腕に巻きつける。
(起爆符の起動程度なら魔力侵食毒の侵食より早く肘から下を吹き飛ばせるはず、
もし、仮に失敗したとしてもその場合は魔力侵食毒が妾を一気に侵すはず。
それならば妾の命が失われオニ様の枷は無くなるはず……。)
「オニ様……さようなら。」
月詠は小声でオニキスに別れを告げ、起爆符に魔力を通す。
何も描かれていなかった起爆符に魔法陣が輝き、
それと同時に起爆符の周囲に魔法陣と同じ紋様が顕現される。
直後、月詠の左腕に激痛が走る。
「ッ……。」
「月詠!このおバカ!!」
「キャンッ!!」
怒鳴るオニキスの声の後に、突然月詠の頭に痛みが走る。
咄嗟に両手で頭を庇い悲鳴をあげてしまった。
「……腕!?……腕が……ある……?」
起爆符によって吹き飛ばしたはずの左手。
しかしその腕は千切れ飛びはせず、そのまま月詠の体に繋がっていた。
「不発?……違う……。」
しかし魔力侵食毒の侵食は広がっており、
起爆符が起動したということがわかる。
少なくとも起爆符に魔力は注がれたのだ。
しかし、先程左手を襲った痛みは爆発による物ではなく、
毒の進行によるものだと言う事も理解できる。
「あーもう!!
月詠、ちゃんと大人しくしていて下さい!
自分の腕を吹き飛ばそうとするなんて、
もう、もう、……このおバカ!」
相変わらず飛来する炎矢を弾きつつオニキスが怒った様な声を上げている。
その表情は困ったような、安堵したような、
そんな微妙な顔であった。
「起爆符は術式を壊して解除しました!!
ですがそのせいで魔力侵食毒が広がっちゃったじゃないですか!」
「!!」
――術式への干渉。
魔法式を自ら編み出し行使するオニキスの非常識な能力の一つ。
通常、魔法を発動させる場合、
術士は心のなかに魔法陣を構築し、そこに魔力を通すことで術を発動させる。
更に呪文を唱えることでイメージを強くし、
その結果魔法は発動するのだ。
そのメカニズムを利用し、
魔法陣を道具に直接書き込むと言う形で物に組み込んだものを魔道具という。
先程月詠が使用した起爆符もその一つである。
これら魔法具には、
発動する際に通常の魔法を行使するときと大きく異なる点が一つあった。
魔道具には当然心と言う物が無いため、魔法陣は物理的に魔法具に刻まれる。
ここに魔力を流すことで魔法と同じような効果を発揮するのだが、
その際、魔法具の周りには発動した魔力が魔法陣として顕現するのだ。
そして魔法はもともと道具に書き込まれた魔法陣からではなく、
この魔道具の周囲に浮かび上がった魔法陣から発動される。
オニキスはこの魔方陣に直接魔力で干渉し、その術式を破壊したのだ。
その際、魔力の行使をした為魔力侵食毒が反応してしまったが、
起爆符の起動を止める改変を最小の魔力で行ったため、
月詠の腕を守ることが出来たのだ。
あまりに非常識かつ出鱈目な所業である。
「月詠!!」
「ひゃ、ひゃい!」
怒気を孕んだオニキスの声に、
あっけにとられていた月詠が反応する。
「良いですか?
今の私は確かに頼りなく見えるかもしれません、
角はないし、こんなナリですしね……。
月詠が心配になるのも仕方がない事かもしれません。
しかし、どのような状況にあっても、
このような小物に私が遅れを取ることはありません!」
「しかし!オニ様が妾のせいで傷つくくらいなら、
妾は腕などいりませぬ。命すらもいりませぬ。」
「月詠!!」
大きな声に月詠の体がビクリと硬直する。
「月詠……予を信じよ。」
「は、はい……。」
攻撃を捌きつつ、にやりと笑うオニキス、
その顔は自信に満ち溢れており、
月詠はその威風堂々とした後ろ姿に何も言えなくなってしまう。
「はー、格好いいッスねオニキスちゃん。
本気で惚れちゃいそうッスよ。
でもこの状況、どうするんスか?
俺の見た感じだとジリ貧ていうか、
このまま炎矢撃ってるだけで勝っちゃう気がするんスけど?」
嫌らしい笑みを浮かべながら魔法を撃ち続けるミルコ。
確かにこのままではジリ貧である。
延々を魔法を放っていればいずれは魔力切れを起こすかもしれないが、
下級魔法しか撃っていないため、それを期待するのは少し厳しいように思われる。
「このまま戦えば確かに、
しかし当然私には秘策があるのですよ。」
ニコリと笑ったオニキスの手には、
先程の起爆符が握られていた。
オニキスは起爆符を地面に叩きつけるとそれを起動させた。
「!?」
視界を土煙が覆い、ミルコの顔に緊張が走る。
「……?……何もしてこない?」
徐々に土煙が収まり視界が開けると、
そこには月詠を抱きかかえたオニキスが立っていた。
「おや、思ったより煙が晴れるのが早かったですね……。」
「オ、オニ様一体何を?」
「月詠、これが作戦その1です。」
「まさか?」
「さあ、全力で逃げますよ!!」
ミルコを振り返りもせず、凄まじい速さで逃走をするオニキス。
「……はっ!おいおいおいおい!?
ここで逃げてどうするんスか!?」
一瞬呆けてしまったミルコが慌ててオニキスの後を追う。
突然の事に思わず距離を稼がれてしまったが、
人一人抱えているのだからいずれ追いつくことが出来るだろう。
それにこんな地の底でどこに逃げるつもりなのか?
恐怖で判断力が鈍ったようにも思えないが……。
ミルコは訝しみながらも急いで二人の後を追うのだった。
――――
「オニ様?逃げると言ってもボス部屋のボスを倒さない限り、
外へは出られないと思うのですが??」
「大丈夫です月詠。ボス部屋まで行ければ私達の勝ちです。」
「妾には何が何やら……。」
訝しむ月詠。
しかし、オニキスは自信満々の笑顔で答える。
「月詠、私を信じてください。」
「はい……。」
まったく何を考えているのか理解できないが、
オニキスのその言葉を聞くだけで月詠の心は安心しきり、
思わず笑顔になってしまうのだった。
今度こそ原稿のため暫く更新止まっちゃいます。
何とか10月の前半には次話書けるように頑張ります。
……なので見捨てないでくだちい……。
あと例大祭で漫画売ってますので宜しければ遊びに来て下さい、
詳しくはTwitterに告知します。




