第二十一話 出会いの印象は最悪でございました。
今回は月詠視点の昔話です。
ちょこっとだけ短め。
21
――妾の世界は、
この部屋と窓から見える景色が全てだった。
幼いころ、
月詠は内向的な少女であった。
一日の殆どを自室で過ごし読書にふける。
兄達とも滅多に顔は合わさず、
たまに外に出るときは、
決まって大和が無理やり引きずるような感じであった。
別に兄弟仲が悪いということではなく、
これは単純に月詠の性格に依るものであった。
皇太子たる長兄は優しい人物であったが、
自分とは歳が離れており、あまり会話をすることはない人物だった。
月詠としては実兄と言うよりは、
たまに会う近所の大きなお兄さんと言う感覚に近い。
次兄の大和は歳も近くよく会話はするが、
あのような乱暴者とは一緒に居ても疲れるだけなので、
あまり好んで一緒にいたいとは思わなかった。
しかし、大和は時折無理矢理に月詠を外に引っ張り出していく。
これは月詠にとっては非常に苦痛なことであった。
月詠には外に出ることなど、
何の価値も見出せない無駄な時間としか思えないのだ。
――故に妾はこの部屋から出ずに外を眺める。
王の後を継ぐでも無く、
かと言って何かの力があるわけでもない。
――妾は一体何を成すためにここにあるのか。
「……――!!……!」
「……。……――……。」
……?
何やら外が騒がしい。
ふと窓から外を伺えば
そこには見慣れた蛮族の姿、
そしてそれと戯れる角の生えた黒髪の少女……いや……あれは……。
「……確か、オニファス殿下?」
先日、フェガリ王と共にクティノスに来たというオニファス王子。
どう見ても少女にしか見えないが彼は王子なのだそうだ。
「あに様と気が合うような御方には見えませぬが……。」
特に何か思うことがあったわけではないが、
何にもする事もなかったので、
そのまま何の気なしに兄と少年を眺める。
驚いたことに一見少女にしか見えない華奢な少年は、
体力の塊である兄とずっと一緒に走り回っていた。
一体あの体のどこにそんな体力が……。
「あの方々は、
あの様に走り回って一体何が面白いのでしょうな……。」
楽しそうに意味もなく走り回る二人の少年、
何が楽しいのか理解できないと、
ため息混じりに呆れた瞳で彼らを眺める。
その時。
ふと、走っていた少年がこちらを向き目が合った。
少年は月詠の視線に気が付くと笑顔で手を振ってきた。
「……ッ!?」
不意打ちだった。
特に何も悪い事をしていた訳ではないが、
何か気まずい気持ちになり、
咄嗟にカーテンを閉めてしまう。
ひょっとして失礼な事をしてしまっただろうか、
一瞬そんな考えが頭を過ぎったが、
数日すれば居なくなる人物なので問題あるまい。
かの御方もこの程度の事、
さして気にもなさるまい。
僅かな後ろめたさを感じつつも、
月詠はこの事を気にしない事に決めた。
――コンコン。
こんな時間に誰であろう?
日も傾き空が茜色に染まり始めた時、
月詠の部屋の扉が叩かれた。
面倒くさいが無視をするわけにも行かない、
仕方なくそっとドアを開けると、
そこには件の少年が朗らかに笑いながら立っていた。
「……!」
「御機嫌よう月詠殿、予はオニファ……。」
バタン。
「お帰りくださいませ。
妾、見知らぬ殿方とお話する事はありませぬ。」
昼間、失礼なことをしてしまった少年の突然の来訪。
何故!?
幼い月詠は、
パニックに陥ってしまい更に失礼な態度をとってしまう。
その事に気が付き彼女の混乱は加速していく。
「ふむ……先程もそうだが、
予は其方に何か不快な思いをさせてしまっただろうか?
もしそうであれば予に謝罪の機会をもらえぬか?」
ドアの向こうからは申し訳無さそうな少年の声が聞こえてくる。
困った、妾は出来ればこの方と
関わりたくないと思っていると言うのに。
「何分、フェガリから出たのは初の事ゆえ、
予が気付かぬうちに礼を失していたのであろうか?
だとしたらすまぬ。
それは決して其方の気分を害そうとした訳ではないのだ。」
この方は何を言っているのだろう?
無礼を働いているのは妾だと言うに、
王族ともあろう者が一体なぜこのような事を?
そもそも、
あに様達が相手であればまだこの態度も理解できるが、
妾は王位に殆ど絡むこともない女、
仮に妾に無礼を働いたとて、
この方の立場であれば大きな問題になるとは考えにくい。
では、この方は何故妾に会いに来たのか?
しばし無言で思考するも答えは出ない。
しかも相手が他国の王子とあって月詠は返答に詰まる。
「……わ、妾は怒ってなどおりませぬ。
故に謝罪など無用に御座いまする。」
「ふ、む……そうであるか。」
「そ、それに、
貴方様はいずれフェガリの王となられる御方、
妄りに頭を下げるものでは御座いませぬ。」
「ふむ、しかし……
予が無礼を働いたのでなければ、
何故そなたは顔を見せてはくれぬのだろうか?」
「見せる必要があるとは思えぬからで御座います。」
ここまで無礼な態度を取れば流石にこの御方もお怒りになるはず、
少しだけ問題があるようにも思いますが、
願わくばこのまま滞在中は妾を避けていただけぬものでしょうか。
本来であれば他国の王族にこのような態度は許されない。
しかし、まだ幼かったこともあり、
彼女はこの場で見ず知らずの男と会話することより、
怒らせて立ち去ってもらったほうが問題を先延ばし出来ると考えた。
……暫くそのまま扉の前で息を潜める。
室内には時計の音だけが響き、時間が流れていった。
……流石にもう居なくなりましたかの?
ゆっくりと扉を開いて確かめる。
「やや、やっと堅固な岩戸が開いたのう。」
「……ッ!?」
そこには変わらずニコニコと微笑む少年が立っていた。
月詠は慌てて扉を閉めようとする。
「おっと!待たれよ!!」
すかさず少年は閉まる扉に足を滑り込ませる。
その流れるような鮮やかな手口は、
取り立てにきた高利貸し、
或いは悪質な物売りの類にしか見えない。
一体この王子は
このような技術をどこで習ったのか……。
「何をなさいますか!無礼でありま……!!」
突然の暴挙に目を見張り、
思わず叫びそうになった月詠の目の前に
一輪の黄色い花が差し出される。
「無礼は承知であるが、予の話に少し付き合ってはくれぬかな?
予には兄妹が居らぬ故、其方とはもっと語らいたいのだ。」
そう言うと少年は笑顔でその花を月詠の髪に挿す。
「うむ、やはり女子には花がよく映える、実に可愛らしい。
……もし其方さえ良ければ、
予の事を兄と呼んではくれぬかな?」
「な、な、なな……。」
月詠の顔が一気に熱を持ち、
今まで感じた事の無い感情が胸に込み上がり頭が混乱する。
戸惑う月詠の目に満面の笑みを浮かべる少女のような顔が映り込む。
「うむ、うむ、さあ、早速予の事を兄様と呼んでく……グヘッ!」
言い終わる前に、
鋭い右拳が少年の顔面に突き刺さっていた。
「わ、妾もう知らぬ!!」
勢い良く閉じられる扉。
吹き飛び廊下に倒れる少年。
「……お前ぇ……なにやってんだぁ?」
一部始終を横から眺めてた大和の呆れた声を聞きつつ、
少年はその意識を手放した。
「な、なんと言う無礼な方で御座いましょう……。」
顔を真赤に染め胸の高鳴りに戸惑いつつも、
月詠はこの生まれて初めて感じる焦りにも似た感情に戸惑う、
恥ずかしいような、むず痒いような。
暫く考えた少女は一つの結論に至る。
……この感情は憤怒であると。
「オニファス=アプ=フェガリ……。」
未だ動悸が収まらない。
「なんと無礼な方でしょう……。」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
結局その日、月詠はそのまま部屋に閉じこもり、
食事にも顔を見せることはなかった。
オニファスと月詠。
二人の出会いは最悪の形でスタートを切ったのだった。
何時も読んでいただきありがとうございます。
気が向きましたらブックマークと評価お願い致します。
評価は最新話の最後にございます。




