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第十九話 強襲 悲哀 嫉妬 釘バット 

19




 日も傾き自室に戻ったオニキスは、見慣れたはずのドアの前で立ち尽くしていた。


 普段はそこそこ人通りもあり、この時間帯であれば賑やかな廊下だったが、

今日はこの階に人がいる気配がない。


 それもそのはず、今この階には有り得ないほど禍々しい霊気が充満していた。

しかも耳をすませばブツブツと呟く人の声まで聞こえてくるおまけ付きである。


 そもそも、これほど濃密な霊気が立ち込めていては、

通常の人間ならば失神、そこそこの実力者であれば本能的に寄り付かない。

 つまり、Sクラス生徒の宿舎であれば、

ほとんどの生徒がなんとなく近づかいないということになるのだ。


(これは、うっかりしてましたね……。)


 ここが一般寮ではなかったことに安堵しつつも、

その現象の原因に心当たりがあるオニキスの顔はひきつった顔になってしまっていた。


「ユルサナイ……ユルサナイ……。」


「うわぁ、これはまた、何時にも増して病んでますね……。」


 非常に気が進まないがこのままではこの階に誰も足を踏み入れることが出来ないので、

オニキスは意を決して扉に手をかける。


 普段は全く音が出ない立て付けの良い扉であった筈なのに、

何故か今日はえらく軋んだ音を立てて開く。

 どうやらこの騒ぎの元凶の心情が空間全体に影響を及ぼしているらしい。


「……入りますよ~……。」


 室内に入った瞬間、激しい音を立て、勢い良くドアが閉じられる。

 直後オニキスは、前方から襲いかかる黒い影に為す術無く押し倒されてしまった。


「ユルサナイ!!ユルサナイ!!!」


 怨嗟の声をあげつつ腕をオニキスの腰に回し、

タックルを仕掛けることによって体の自由を奪おうとしてくる黒い影、

小柄なシルエットからは想像もつかないほどの力で押し倒してきた。


 しかしオニキスは、その腕の力の方向を反らしつつ立ち上がろうと体をひねる。


 次の瞬間影は、オニキスが立ち上がりかけたところに両手刈りの要領でタックルを入れ、

立ち上がろうとするオニキスを再び押し倒す。


 押し倒れつつも足で影の胴を挟み、馬乗りになられるのを阻止するが、

影の勢いは止まらずにそのまま顔を手で掴み、

顔を近づけながらオニキスの頭部を狙ってきた。


 オニキスはこれを足の力で押しとどめ、何とか相手の体勢をコントロール下に置き、

そのまま体を入れ替えつつ何とか立ち上がることに成功する。


「ナゼヨケル!フザケルナ!!」


 初撃を外された影は激昂し大声をあげる。

 その声は甲高く幼い印象を受けるが、

その声に込められた感情は大気を震わせるほどの強さだった。


「ッ……!!」


 自身に向けられた感情と声のあまりの激しさに僅かに怯んだオニキスは、

一瞬ではあったが致命的な隙を見せてしまった。


「しまっ……!!」


 「た」と、言い切る前にオニキスは押し倒され、そのまま体の自由を奪われてしまった。

 力づくで解こうにも影の力は強く、

角無し状態では魔力循環を使っても解けそうにはない。

 オニキスはこの後行われるであろう行為を想像し、背筋に戦慄が走る。



 ――そして為す術の無くなったオニキスの顔には何度も何度も激しく……




 ……キスの嵐が見舞われた。


「酷いです、酷いです、主様。主様ぁ!!」


「ちょ、んむ、やめ、やめな、んぅ!」


 泣きながらもひたすらに顔に唇の雨を浴びせる影に、遂にオニキスの我慢が限界を迎えた。


「離れなさい!!暴風衝撃(インパクトゲイル)!」


 角を開放したオニキスは力づくで拘束から抜け出し、

更に押し倒そうとしてきた影の腹部に向けて全力の魔法を放つ。


「んごっオエェェェェェッ!!」


 腹部に強烈な衝撃を叩き込まれたそれは、

もんどり打って吹き飛ばされ、壁まで転がっていく。


「いい加減にしなさい!”神凪”」


 部屋の明かりを点けるとそこには、

巫女服姿に黒髪でおかっぱ頭の少女が、

目と鼻と口から透明な液体を垂らしながら蹲っていた。


 吊り目がちの目鼻立ちは整っており、

本来は非常に可愛らしい少女なのだろうが、

顔中体液まみれにしつつ獣のような声でえずくその姿は中々に酷いもので、

百年の恋も覚める様な状態であった。


「うぐぅ、主様ぁ、酷いでござる。」


「いきなり襲い掛かってくる貴方が悪いんです、まったく何なのですか!」


「違いますぅ、そっちじゃないでござるぅぅぅっ!!」


 神凪と呼ばれた少女はオニキスの言葉に反論を上げつつ顔を手拭いで拭う。


 拭き終わるとサッパリしたのか一瞬呆けたような表情になり、

その後すぐに怒りの表情になると、

オニキスに向かって一気にまくし立ててきた。


 感情の起伏が激しすぎて見ているだけで不安になる少女である。


「吹き飛ばされるのはいつもの事だから良いのでござるぅ~!

某が怒ってるのはそれでござる!何なんでござるか!何なんでござるかそれ!!」


 プンスコ怒りながら神凪と呼ばれた少女はオニキスの腰に吊るされた釘バットを指差す。

その眼には嫉妬の炎が燃え上がっているように見られた。


 中身吐き出すほど思いっきり攻撃されたことはどうでも良い事であるらしい……。


「酷いでござる!浮気でござる!?浮気なんでござるか!?

某の事はただの遊びだったんでござるか?」


「人聞きの悪いことを喚かないで下さい!」


 神凪と呼ばれた少女からは、先程まで垂れ流しになっていた禍々しい霊気は消えており、

代わりによく通る高い声で世間体の悪いことを喚き散らし始めていた。


 霊気が消えたことにより徐々に辺りに人の気配がしてきたのを感じていたオニキスは、

慌ててこの傍迷惑な少女の口を手で塞ぎつつその頭に拳骨を落とす。


「ヒギィッ!ううっ……。」


 涙目になりつつこちらを睨む少女。


 一見可愛らしい少女に見えるが、

彼女は人ではないので、実質ダメージは無いはずである。


 ――彼女は、オニキスの愛刀”神凪”が実体化した姿なのであった。


「まったく、貴方はなんで私が暫く使わないだけで毎回こんなに騒ぐのですか!」


 オニキスの持つ愛刀”神凪”は、鋭い切れ味に頑丈な刀身を持った素晴らしい武器であり、

更には膨大な霊力を内包し、自我を持った神刀なのである。


 戦闘時にはその姿は見せる事はないが、

時に持ち主の危機にはその霊力をもって防御を行い、

更にその霊力で多少の傷ならば即座に癒やす事もできるのだ。


 ……それだけ聞くと非の打ち所のない素晴らしい武器に思えるが、

この神凪、オニキスですら時折手放そうかと悩む欠点がある……。


「主様が某を置き去りにして他の武器を使うからじゃないでござるかー!!」


 泣き叫びながら再びタックルを仕掛けてくる神凪。

 流石に不意打ちでもないそれは軽く回避をする。


 そう、実は彼女(?)、自我はあるがその精神年齢は非常に幼く、

更には恐ろしく嫉妬深い……。


 過去にもオニキスが他の武器を暫く使っていたり、

魔術の修行のために神凪を倉庫にしまいっぱなしにした時、

彼女は烈火の如く怒り狂い実体化を行い、

オニキスに口付けをしまくると言う暴挙に出ていた。


 怒っているのなら殴るなり何なりすればいいとオニキスは思うのだが、

愛するオニキスにそんな事はできないとは神凪の弁である。


 最初は嫉妬対象の武器を破壊されるかと警戒したオニキスであったが、

たとえ対象となる武器に自我が有ろうが無かろうが、

武器を破壊すると言う行為は神凪にとって同族殺しに当たるらしく、

流石にそんな事は出来ないらしい。


 今回オニキスはこのミスリル釘バットを大和との模擬戦でのみ使う予定であり、

そこで男らしい鈍器(?)で戦う姿を生徒たちに見せつけた後は、

また神凪をメインで使う予定であった。


 しかし、これが使ってみると思いの外釘バットの魔力増幅効率が良く、

角無しで戦う場合、神凪で戦うよりも遥かに戦いやすかったのだ。


 その為オニキスは、神凪に釘バットの使用を勘付かれないよう

休眠状態で意識を表に出していない状態の神凪をクローゼットに放り込み、

更には軽い封印を施して外の情報をシャットアウトしていたのだ。


「な、なんで貴方がそれに気がつけたんですか……。」


「わかりますよ!!

だって主様が某をしまう時に封印術使う時って、

他の武器使ってて後ろめたい時でござるからね!!」


「あぅ、封印されてることに気がついてましたか……。」


 一応原因が神凪にあると思っているオニキスであったが、

内緒で封印するというのは流石に罪悪感が有り、その気持が思わずオニキスの眼を泳がせた。


「ほら!ほら、目をそらしたでござる!浮気をして僕を弄んだ証拠でござ候!!」


「なんでそうなるんですか、まったく。」


 ため息をつきながらオニキスは神凪の頭を掴み引き寄せると、

自らの膝の上に神凪の頭を乗せて横たえる。


 所謂膝枕の状態である。


「な、にゃにゃにゃ、主様!?いつもこんなことで誤魔化されないでござるよ!?」


「まぁまぁそう言わず、

ほら、おでこ撫でてあげますよ。」


 口では反抗しつつも全く抵抗を見せない神凪。

その抵抗の言葉も、神凪のおでこを優しく撫で付けてあげるとすぐに聞こえなくなっていく。


「お、うぐぐ、これは、こんな、はぁぅ。

主様のなでなでに逆らう心の準備はちゃんとしていたというのに!

女性になられて言葉遣いも柔らかく、

このなでなでは……はぅっ、抗い難く……。

うぐぅ、不覚……。」


(相変わらずこの子は、暴れると迷惑極まりないですが……チョロイ……。)


 そのまま撫でられている内に神凪の目が閉じられ、

ウトウトと眠りにつくと、その体が薄く光を放ち刀の形状に戻った。


「全く、私が一番使い慣れて信頼しているのは貴方なのだから、

いちいち心を乱さず、どんと構えていなさい。

明日は貴方も連れて行ってあげますからね。」


 優しく神凪に語りかけながら刀を優しく撫でるオニキス。


(あ、主様……。)


 そのままおもむろに立ち上がると、

素早くクローゼットの扉を開いた。

 そのまま素早く神凪を投げ入れ即座に扉を閉めると、

瞬時に術式を展開し、最大級の封印を施す。


「だから貴方はその中で一晩反省して下さい!!」


(えええぇぇぇぇぇっ!!!)


 即座に人型に戻りクローゼットの扉を開こうとする。

 しかし、その扉は鉄よりも固く音も全く通してくれない。


「主様!主様!!出して!出して!酷いでござる!

この人でなし!!ろくでなしー!!鬼ー!!」


 バンバン扉を叩くが外には何も聞こえない。

しかし、封印を施したオニキス本人には中の様子を見ることが出来るので多少心が痛む。


「でも、出すわけにはいかないじゃないですか。

だって貴方、この後寝ている私に色々する気満々でしょう?」


 その言葉を聞いてギクリと神凪の動きが止まる。


 ――過去にもこういう事があった時、

迂闊にもオニキスは神凪を封印せずに眠りに就くという愚行を犯してしまった。


 翌朝ガビガビになった顔を洗っている横で、

気持ちツヤツヤになっている神凪を見て、

こいつを火山の火口にでも投棄するかどうか真剣に考えたほどである。

 その為、この状態の神凪がどんなに泣き叫ぼうとも、

封印をせずに隙を見せることは出来ないとオニキスは考えていた。


「明日になったらちゃんと出してあげますから大人しくしてなさい。」


 なるべく優しい声ででそう告げると、

クローゼットの中の喚き声をシャットアウトしてお風呂へ向かうオニキス。


 オニキスの去った部屋の中では、

物言わぬミスリル釘バットが一瞬怯えたように鈍く輝きを放つのだった。



書いているうちに神凪がどんどんウザキャラになってしまった……。

もう少し可愛いキャラになる予定だったのに……。

あ、でも初期の設定ではオッサンにする予定もあったのでそれよりはマシかな……。

オッサンでも言動はそのままです。


今回で漸く10万文字を超えましたー。

これからもモグラのようにこそこそやっていきます!w


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