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第十八話 学園長と脳ミソ筋肉

18




 サントアリオ聖王国スラムの一角、そこにある特徴のないバラック。

その中に、この場には似つかわしくない二人の人物が椅子に腰掛け向かい合っていた。

 

「いやー、お姫さんは戦闘苦手って話だったじゃないッスか?

だから魔血結晶使えば足がつきにくいと思ったんスけどねえ。

まさか、あの実験体を単騎撃破したお嬢さんが側にいるなんて驚きッスよ。」


 一人は黒いローブに身を包んだ人物。

 顔などは見ることが出来ないが、話しぶりからは服装の怪しさに反して軽薄そうな印象を受ける男。


 話しかけられた人物は遠目からも解る高級そうなローブを身に纏い、

顔は見えないが、座る姿からは何やら気品のようなものを感じる。


「それが任務に失敗した事を謝罪しているつもりなら、

貴様は一般的な職業に就く事は出来ぬだろうな……。

まあ、それは良いとして、

魔血結晶を使用したゴブリンナイトを学生如きが撃破したというのは本当なのか?」


「うひ、言葉遣いでダメ出しとかそう言うのは苦手ッス。」


 軽薄な男の報告に顔を顰めつつもその報告内容の異常さは聞き捨てならず、

驚きを隠せない声をあげる。


「あの娘を学生って括りで考えるのは危険ッスねー。

単純な魔法威力もヤバイッスけど、近接戦闘も相当な物ッスよ。

正直お姫さんヤルならかなりの気合いれないとヤバイッスね。

あとメッチャ可愛いッス。」


「お前がそれほど言うのか……面倒だな。」


「そうっす、あんな美少女見たこと無いッスよ!」


 目の前の軽薄な男は人格こそ褒められたものではないが、

その諜報力、観察眼は素晴らしく、

この男が此処まで警戒する対象など滅多に見かけない。


 いらぬ一言は無視をすることに決め、そのまま話を続ける。


「だからと言って何の成果もなく帰国するわけにもいかぬ。

王女が駄目なら王子の方はどうなんだ?」


「お、無視ッスね?心が折れそうッスよ。

でも、それこそありえねぇッスね。

第二王子の戦力は正直とんでもねえッス。

本気になった(・・・・・・)アレとやり合うなら軍隊でも引き連れて数で押すしか無いッス。」


 確かに、戦闘能力を持たない王女を殺しにくいからと言って、

クティノス最上位の戦力を殺すというのは賢い行動とは言えない。


「まあ、王女のパーティの娘は、確かにとんでもない戦闘力だったッスけどね。

あの能力の高さは魔力に依存してるみたいなんで、

あの子だけなら僕のひみつ道具で何とかなる気がするッス。

そんな訳でちょっと行ってくるッスよ。」


「そうか、それならばそっちは任せておこう。

私は本国の方に戻る。

……それとな。」


「へ?」


「貴様のその語尾の”ッス”な、それは一般的には敬語とは呼ばんぞ。」


「うひぃっ!」




 ――――――




 ダンジョン研修初日を終えた次の日、オニキスとシャマの姿は学園長室の前にあった。

 放課後突然にグレコから放送で呼び出されたためだ。

 呼び出される心当たりのないオニキスは言われるままに学園長室まできたのだが、

原因がわからないため横にいる従者に目線を向けた。


 しばしの間目線が交わされた後、

無表情な従者が目を閉じて唇を突き出してきた辺りで、

此奴が事情を察していないことを理解しその頭部に手刀を落とす。


「オニキスちゃんの 照・れ・屋・さん はぁと……。」


「抑揚のない声で言われましても。」


 此処でいつまでもこんなことをしていても埒があかないので、取り敢えずノックをする。


「どうぞ……。」


 中からはやや低めのよく通る声女性の声が返ってきた。

二人が扉を開くとそこには、一人の人物が腰掛けていた。


 その人物を見た瞬間オニキスとシャマの体が緊張で固まる。


 炎を彷彿とするような鮮やかな肩まで伸びた赤髪、

強い眼光を湛えた赤い瞳はこちらを射抜くように真っ直ぐ見つめていた。

さらには目の下の特徴的なホクロ。

オニキスはこの人物を父親の口から聞いている。


「はじめまして、私がこのサントアリオ学園長、マリア=トライセンだ。」


 あり得ない……。

マリア=トライセンを名乗る女性がもし、

今オニキスが想像している人物と同一人物であるのなら、

既にその齢は70近いはずなのだ。


 しかし目の前の女性はどう見ても30代にしか見えず、

オニキスの知るその人物であるはずがない。


 だが、先代魔王から聞いていた特徴と名前も一致しており、

何よりその体から発せられるプレッシャーが、本人であると雄弁に語っているようだった。


「勇者……マリア=トライセン……。」


 ありえないと思いつつも思わずオニキス口から出るその言葉を聞いたマリアは、

嬉しそうに笑うと信じられない事を口にした。


「そうだよ、オニファス=アプ=フェガリ。私は君の父君のオトモダチのマリアさ……。」


 その言葉を聞いた瞬間シャマが行動を起こす。

即座に角を開放し、勇者に対して間合いを詰め、隠し持っていた短剣に炎を纏わせる。


 その速度は普段の彼女とは全く違い、素早く全く無駄のないものだった。


 ……が。


「ノーブルフランム、流石に行動が早いね。

そう言うところは嫌いじゃないが、少し迂闊ではないかね?」


 マリアは少し下がることでシャマの刺突を躱しつつ左手で手首を掴む。

 次の瞬間、掴んだ左手を固定したまま右手で肘を極めに行くが、

これをシャマは自ら飛ぶことにより回避をする。


 着地を狙い足を払おうとするが、これにも素早く反応し牽制の炎をマリアの顔に撃ち込む。


「噂通りのじゃじゃ馬だねぇ、下着が見えているぞ。」


「ッ……。」


 僅かに赤面しつつも距離を取る。

 下がりつつも炎の牽制は忘れない。


「オニファス陛下、何をされているのですか!?早くお逃げ下さい!」


 二人のやり取りを何もせずに眺めているオニキスにシャマが叫ぶ。

 それでも動かないオニキスに対して今度はマリアが問いかけてきた。


「オニファス、君は来ないのか、私は二人がかりでも構わないんだが?」


「二人で襲いかかるには狭い部屋ですし、

シャマであれば貴方を相手にしても簡単にはやられないと信じています。

それに、本気の殺気も放っていない相手に飛びかかるのもどうかと。」


 一瞬呆気に取られ、シャマとマリアの動きが止まる。


「ぷ、くくく、オニファス、流石だよ。魔王の肩書は伊達では無さそうだな。」


 突然笑い出すマリアに、室内の張り詰めていた空気が霧散する。

 シャマは怪訝そうな顔をしつつ、

どうやら相手に敵対の意思が無いと判断し、構えを解く。


「陛下、これはどういうことですか?」


「どうもこうも無いですよ。

そもそも突っかかっていったのはシャマさんですよ。」


「そうだな、私は突然襲ってきたイノシシに躾をしようとしたに過ぎないよ。

思った以上にすばしっこかったのでお灸を据える事はできなかったけどね。

まあ、そこに掛けたまえよ。」


 笑いながら椅子を勧めてくるマリア。

釈然としない物を感じつつも言われるままに椅子に腰掛ける。


「聞いてもよろしいですか?」


「ん?何かねオニファス、いや、ここではオニキスと呼ぼうか。」


「ありがとうございます。

まず、貴方は先王と戦われたあのマリア=トライセン殿で間違いございませんか?」

 

「間違いないね、私がそのマリアだ。」


「貴方が先王と戦ったのは50年前であったと記憶しています。

そうなると今の姿は些か違和感を感じるのですが、

貴方は確か、人族ですよね?」


「私は鍛え方が違うからな。

そこらの連中と一緒にしてもらっては困るよ。

健全なる肉体というものは不滅の物なんだ、覚えておくと良いぞ!」


 マリアは理論とも言えない理論を展開しつつ楽しげに笑う。

なんとなく彼女が父親と同じタイプの、脳みそが筋肉で出来ている人物なのだと感じられた。

まあ一部の強者には年齢の割に若い体を保つ者が居ないこともないのでコレもわからないでもない。


「それではもう一つ。

私は貴方にお会いしたことは無いと思いますが、何故貴方は私のことを知っておられるのですか?」


「ふむ、そうだな、それに関しては色々機密にも絡んでいるので詳しくは言えないが、

端的に言うなら私はフェガリを監視する役目を持っていると言う話だな。

なにせ元勇者だからな、私は。」


「成程、得心が行きました。

最後に、貴方は私達の正体を知っておられる様ですが、

――敵対の意思はお有りですか?」


「ほう?」


 僅かに室温が下がるような感覚を感じ、嬉しそうにマリアが笑う。


「なんだ、女装した変態嗜好の上、

襲っても来ないから心まで可愛らしい女の子になったのかと思ったが、

しっかりと牙は持っているようじゃないか?」


「なはっ!?」


 突然の不意打ちにオニキスの顔は恥じらいに染まり顔を真っ赤に染める。


「くくく、安心すると良い、オニキスちゃんよ。

今回私が君らに声をかけたのはそう言う類の話ではない。

サントアリオとフェガリが争っていたのはもう昔の話だしな。

あまり友好的とは言えないが、私個人としては何の敵対心も持ってはいないよ。

むしろ、君の父君の事は好ましく思っているくらいさ。」


 さて、と呟き机の中から書類を取り出す。


「今回君らを呼んだのは先日のリーベ=グリュック誘拐の件と、先日のダンジョン研修の話だ。」


「リーベの件と……ダンジョン?」


 マリアは一転して真面目な表情になるとオニキスに話し始める。


「そうだ、まず君が先日潜ったダンジョンだが、

5層のゴブリンナイトが異形に変化したと言っていたな?」


「はい、流石ダンジョンボスは普通の魔物とは一線を画すものですね、私も少々驚きました。

しかしあんなに醜い魔物、ちょっと研修で戦うのは酷いと思いましたね。」


「……オニキスちゃん何を言っているのですか?

シャマも初日で5層ボスと戦いましたが、あれは普通のゴブリンナイトでしたよ?」


「は?」


「シャマの言うことは正しい。

ダンジョン5層ごときでそんな異常な魔物はあり得ない。」


 フェガリ基準の常識しか無いオニキスにとっては、

少し変わった魔物程度の認識かも知れないが、

こんな報告書にあるような魔物、もし遭遇したのが一般生徒であったなら、

その被害は想像もつかない。


「オニキスよ、先日のスクビデア=ミュル=デトリチュスの時もそうなのだが、

あれはお前が当たったから問題なく処理されてしまっているがな、

本来なら災害と呼ばれるレベルの危険な魔物だったと思われる。」


 確かにオニキスの感覚でも最近戦った異形の魔物たちは多少面倒くさい物であった。

 ついつい自分基準で物事を考えていたが、

確かに他の生徒達の力を見るに、あのゴブリンナイトに勝利できるとは思えない。


「それでは、あれは何だったと学園長はお考えなのですか?」


「……わからない。

今日君らを呼んだのはその事についてなのだ。」


 ため息をつき少し言いにくそうにしているマリアを眺めていると、

意を決したように表情を引き締め口を開いた。


「オニファス陛下、ノーブルフランム殿、

学園長としてでは無く、元勇者マリア=トライセンとして二人に依頼したい。

私は恐らく今回の2つの事件はどこかでつながっている気がするのだ。

そして、それはこの学園の安全を揺るがす程のものであると判断する。

お二人にはこの事件の捜査協力を頼みたい。」


 先程までの何処かふざけた雰囲気は消え去り、

そこには元勇者と呼ぶに相応しい威容があった。


「一応、私たちは生徒なのですが?」


「魔王陛下とフェガリの炎姫が生徒の枠に収まるものか。」


「シャマたちには何のメリットも無いように感じられますが?」


「もちろん謝礼は出すし、それ以外にも色々便宜は図ろう。

それに捜査協力と言っても、何か能動的に動いてもらうという事はない。

君たちはこのまま学園生活をおくって貰えばいい。

ただ、何か気がついたことがあったらこちらに教えてほしいと言うだけの話だ。」


「マリア=トライセン。

謝礼などと、漠然とした表現は止めてほしいところですね。」


 マリアの提示する曖昧な報酬に即座にシャマが突っ込む。


 確かに報酬内容も見ないで依頼を受けるなどというのは愚かな行為ではあるが、

そもそも依頼の内容が”学園生活を普通に過ごせ”というような内容なので、

そんなに深く考える必要は無いように思える。


「良いでしょう、マリア=トライセン、貴方の依頼お受けします。」


「ッ!?オニキスちゃん?本気ですか?」


 どうも出会いからシャマはマリアに対していい印象を持っていないようだ。

まあ、サントアリオとフェガリの関係を見たらこの反応もやむを得ないと思われる。


「その代わり、貴方の出来る範囲で私達の手伝いもしていただきます。」


「……君らの手伝いとは?」


 目を細めオニキスを推し量る様な視線を向けるマリアに、

オニキスは花が咲いたような満面の笑みでこう答えた。


「サントアリオとフェガリの恒久的な友好ですよ。」


 その毒気のない笑顔にはさすがの元勇者も苦笑するしか無かった。

差し出された手を握り笑みを返す。


「君は……いや、それでこそフェガリの魔王か。

よろしく頼むよオニファス。

こんな事を言うのも微妙な立場であるが、私も貴国との友好には賛成だ。」


「……お人好し魔王……。」


 笑顔で握手する二人を眺めるシャマからは、諦めの雰囲気とため息だけが漏れるた。






 ―――― 一方そのころ……。


 学園生徒寮の一角。

オニキスの私室から薄っすらと冷気が漏れ始めていた。


「……絶対許さない……許さない……許さない……。」


 怨嗟の呟きは、彼女のクローゼットから聞こえてくるのだった……。



いつも読んでいただきありがとうございます。

ご感想随時受け付けておりますので小さなことでも書いていただけると幸いです。


次回で漸く10万字行きそうです。

感慨深いものが御座います。

これからも頑張って良くしていきますので見捨てないで読んでやってください。w


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