第十七話 初ダンジョンと第五層ボス部屋と初めての共同作業
またまた間隔が空いてしまいました、申し訳ないです。
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ダンジョン講習場。
本当の名前は奈落の洞という物騒な名前らしい。
その由来はダンジョン内の至る所に崖があり、底の見えない穴が開いている為である。
誤って落下した場合、その穴は下の階層には繋がっておらず、
いくつかある”奈落の道”と呼ばれる通路に転移されてしまう。
奈落の道はいくつかの入り口があるが、最終的には奈落のボス部屋につながっており、
ボスを討伐することができれば地上への転移魔法陣が開く。
しかし、奈落の道の魔物はダンジョン最下層の魔物に匹敵するため、
落下してしまった場合、上級冒険者でも抜け出すのは容易ではない。
但し、ダンジョン内の道幅は広いので、
落下する人間は滅多に居ない為それほど気にする物ではないらしい。
――奈落の洞 第5層
ダンジョン講習開始から順調に魔物を狩りつつ、オニキス達は既に第5層まで到着していた。
「ディアマンテさん、後ろです!」
「了解!究極美麗大切断!!」
背後に迫るゴブリンを振り向きもせずにディアマンテが切り裂く。
剣士の初歩スキルのスラッシュなのだが、何故か彼が叫ぶと違和感を感じる……。
更にその後ろから迫るゴブリンを振り向きざまに薙ぎ払う。
「ハハハ、絢爛武神破斬!!」
おかしい、同じスラッシュのはずなのに何かが違う気がする……。
「オニ様、あの御方の事はあまり深く考えますと深みにハマるかとおもいまする……。」
「……気にするな……。」
「フフーフ!僕のスラッシュは108式まであるぞ!!」
何も言ってないのにヴィゴーレと月詠から生暖かい目を向けられるオニキス。
何とも釈然としない……。
しかし、このヴィゴーレとディアマンテ、実力の程はかなり高い。
オニキス達は月詠の陰陽術で斥候を放ち、無駄な通路を避け一気に階層を進めていたのだが、
ほとんど休憩もなく連続で戦闘をしているにも関わらず、二人はこのペースに難なく着いて来ている。
基本技を素晴らしい精度で操るディアマンテ、
その鍛え上げられた体躯から凄まじい拳を繰り出すヴィゴーレ。
更に月詠のサポートが加わり、このあたりの魔物では足止めにもならなかった。
そして前衛としても優秀なヴィゴーレであるが、当然治癒術の腕前も素晴らしかった。
ディアマンテが傷を負ってもすぐにヴィゴーレの拳がディアマンテを捉え、
錐揉み状に吹っ飛びながらディアマンテの傷があっという間に塞がっていく。
但し、回復の度に壁にめり込むディアマンテを見てこれを受けたいとは思えない。
傷を負わないように細心の注意を払おうと青ざめた顔でそれを眺めていると、
不意に、くいくいっとオニキスの袖を月詠が引いていた。
「くふふ、ご安心くだされオニ様。
妾は治癒術も修めております故、オニ様のお怪我は妾が直しまする。」
「あはは、痛くしないでくださいね。」
ニコリと笑みを浮かべながら袖をつまむ月詠に思わずドキリとしてしまう。
笑うと僅かに見える犬歯が無邪気な笑みに映えとてもかわいらしい。
思わず手を伸ばし頭の上に乗せ耳の付け根辺りをこしょこしょと弄ると、
月詠は気持ちよさそうな表情を浮かべながら尻尾をブンブン揺らし始めた。
白狼の獣人である月詠は褒められたり撫でられたりすることが好きだった、
オニキスもそんな月詠の頭を撫でるのが大好きだ。
しかし、年頃になってからは髪型が乱れるのを気にしてあまり頭を撫でさせてくれないので、
一時期オニキスは月詠の撫でポイントを必死に探していた時期がある程である。
久しぶりに撫でる月詠の耳の手触りは相変わらず最高であり、
オニキスは徐々にその行為に没頭していく。
ちなみにシャマの頭を撫でた日には流血の刃傷沙汰になるので決して触れてはいけない。
シャマのシニョンヘアはこだわりの逸品なのだ。
嘗てある獣人の少年が、
その件でシャマの逆鱗に触れ病院送りにされている……くわばらくわばら。
「ん~、月詠の毛は柔らかくて気持ちいいですね。可愛い、可愛い。」
オニキスは月詠の頭を抱きかかえるようにして本格的に月詠の耳撫でを堪能し始めた。
これには必死に澄ました顔をしている月詠の心臓も破裂寸前になる。
長引きそうな気配を察したヴィゴーレはおもむろに床に敷物を敷き、お茶の準備を始めていた。
空気の読める男である。
ディアマンテも腰を下ろし二人の美少女のスキンシップの観察を開始する。
(くふふ、これは予想外のスキンシップ。
ひょっとして、オニ様は久しぶりに再会した妾の魅力にメロメロなのでは?)
今はあのお邪魔虫も居ない。
もしかして、今日こそ長年の夢が叶うのではなかろうか!?
最早、月詠を抱きしめながら撫で回すオニキスに月詠の期待感が膨らんでいく。
しかし、膨らむ月詠の期待は、次の一言で砕け散ることになる。
「――ふふふ、月詠は良い子ですね~、流石世界一可愛い私の妹です。」
緩んだ微笑みを浮かべながら月詠を撫で回すオニキスに月詠の笑顔が凍りつく。
「妹……妹……。」
完全に妹としか見られていないショックと撫でられる喜びで月詠の尻尾は複雑な動きを見せ、
月詠の眼の端には何か光る物が滲んでいた……。
――数年ぶりに月詠の耳のモフモフを堪能したオニキスはホクホク顔でダンジョンを進んでいた。
横には対象的に落ち込みきった月詠がとぼとぼと歩いる。
「あー……、ごめんなさい月詠。久しぶりに貴方を撫でていたら嬉しくなってしまって、
やりすぎてしまいましたね。」
「あ、いえ、撫でられたのが嫌だったわけではありませぬ。
妾も久しぶりにオニ様に撫でてもらえて嬉しかったのでございます。」
元気のない月詠を見たオニキスが勘違いをしてシュンと項垂れる。
月詠は慌てて元気な振りをし、オニキスを気遣って見せた、
今ここに大和が居たなら妹の健気さに涙を流していたことだろう。
「やぁー、お二人さん。仲良しなのは結構なんだが、
そろそろボス部屋も近いので気を引き締めないかい~?」
「……気の緩みは思わぬ事態を引き起こす。油断はしないことだ……。」
二人の言葉に頷き月詠もオニキスもその表情に鋭さが戻る。
確かにその通りだ、久しぶりに可愛い妹同然の幼馴染との触れ合って思わず緩みきってしまった。
幾ら下級ダンジョンとは言え、ここは魔物が跋扈する危険地帯なのだ。
こういった場所での油断は思いがけず死を招く事もある。
二人は気合を入れ直すと、しっかりした足取りで奥へと進んだ。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
広場の奥には明らかに今までとは違う雰囲気が漂っている。
広場の最奥には重厚な木の扉があり、その扉に向かい松明が整列していた。
扉の上には魔物の頭部を象ったのレリーフが彫られており、
此処がこの第5層の主の部屋であると、ひと目で感じることが出来た。
「どうやら私達が1番乗りみたいですね。」
「そうみたいだねぇ、
ボスは倒されてもしばらくすれば再召喚されるから順番とかはあまり関係ないけれど、
やっぱり一番乗りというのは気持ちがいい。
君もそう思うだろう?ヴィゴーレ君。」
「……順番には興味がない。俺は卒業できればそれでいい……。」
「君はもう少し人生を楽しむ事を覚えたほうが良いよ。」
友人の素っ気なさに苦笑しつつもそれが楽しいのかディアマンテの機嫌は良い。
「とりあえず先程休憩もしましたし、このままボスまで倒してしまいましょうか。」
「そうですね、5層ボスを倒せば次回からは第6層の転移魔法陣からスタートできますし、
今日はここまで攻略してしまいましょう。お二人もそれでよろしいでしょうか?」
「もちろんさぁー♪」
「……。」
ディアマンテはオーバーアクションで、ヴィゴーレは無言で頷いた。
オニキスも二人に対して頷くと詠唱を開始する。
ボス部屋は基本的に中に侵入しない限りボスが襲ってくることはない。
その為、こういった部屋が用意されているタイプのダンジョンでは、
戦闘前に魔法による強化をするのが一般的である。
「下級筋力増加 下級防御力増幅」
とりあえずこのような上層であれば、
ボスもそれほどの強さではないはずなので最低限の魔法に抑えておく。
悪目立ちをしまくった事でさすがのオニキスも加減というものを覚えたらしい。
「それでは行きましょう。」
重厚な扉を開き中に入ると、
そこには鈍く光る鎧に身を包んだ体の大きなゴブリン、
ゴブリンナイトが鎮座していた。
「あっはぁ~、ゴブリンナイトだねぇ。
攻撃力と防御力はあるけど、基本的には普通のゴブリンと同じようなものだねぇ。」
「……壁役はまかせろ。」
ヘラっと笑いながらディアマンテが走り、
後からヴィゴーレがゴブリンナイトに向かって駆け出す。
いや、ヴィゴーレ、君は治癒術士だろう……。
しかし、二人が駆けつける前にゴブリンナイトに異変が起きる。
突然体が膨れ上がり血しぶきを上げながら体を変形させていった。
肌の色は赤黒く変色し、鎧は軋みを上げて内側から突き破られていく。
「えぇぇぇ、なんかマズイ感じがするよぉ!?」
「ウゴァァァァァァッ!!」
奇声を上げて腕を振り上げると、その巨体から想像もつかない速度でそれを振り下ろした。
「金々比和!纏硬気!」
「月詠君、たすかったよぉ~!金剛二等分断斬!!」
即座に月詠が反応し、光り輝く障壁がディアマンテの体に纏われた。
巨大化したゴブリンナイトの腕は障壁に止められ、即座にスラッシュのカウンターが繰り出される。
鎧を失ったその体はディアマンテの剣によって容易く切り裂かれ、
中から腐肉のような香りをした赤黒い液体が溢れだす。
「下がれ、俺が受け止める……。」
遅れて到達したヴィゴーレの拳がゴブリンナイトに炸裂した。
肉片を飛び散らせながら数メートル吹き飛ばされるが、
即座に起き上がりこちらに向かってくる、その姿は恐ろしく禍々しかった。
即座にディアマンテとヴィゴーレが攻撃を加えるが、
その直後、二人はこの魔物の異常性に気がついた。
一見、二人の攻撃に為す術もなく肉片を散らばらせているゴブリンナイトであったが、
その下から赤黒い腐汁が飛び散ると破損した部位が復活をしていた。
しかもその復活した部位は、より禍々しさを増しており、
このまま攻撃を加え続けることは非常に危険に思えた。
「……この感じ、どこかで見たことがあるような?」
オニキスは目の前の歪なゴブリンに既視感を覚えたが、
すぐに思考を切り替え、
二人の援護の為に呪文を唱えはじめる。
釘バットが光り輝き、その力を増幅していった。
「ていきゅうまほう」
オニキスの頭上に青い炎の槍が形作られる。
「オニ様はその魔法がお好きですね。火と風の混合魔法で御座いましょうか?
それでは妾も!木生火、木気相乗。
……くふふ、オニ様と共同作業です。」
ニコニコと微笑みながらオニキスの魔法に木気を乗せる。
しかしそんな可愛らしい彼女の仕草とは裏腹に、青い炎は凶悪なほどに勢いを増していく。
「ディアマンテさん、ヴィゴーレさん。
下がって下さい!魔法、行きます!!」
二人は振り向きもせずゴブリンナイトに一撃を加え、即座に離脱する。
この二人は本当に良い動きをする、治癒術士なのに……。
直後、プロミネンスジャベリンの青い炎が突き刺さった。
唯でさえ魔術訓練場の結界を破壊するほどの威力が月詠の陰陽術で底上げされおり、、
その威力は筆舌にし難くボス部屋内部は一瞬で超高熱の地獄と化した。
「水剋火、水気を持ちて火気を鎮めん。」
月詠の術が4人を包まなければ無事ではすまない状況である。
「オ、オニキス君、月詠君、次からはもう少し優しい援護をお願いするよ……。」
「……流石にドン引き……。」
「じ、自重しなかったのは月詠です~。」
前衛(?)二人のジト目に耐えられず言い訳をするオニキス。
横に立つ月詠は共同作業に舞い上がってご機嫌である。
4人は暫く超高熱の釜と化したボス部屋で汗を流し続けるのだった。
「――お、流石に跡形もなく燃え尽きたようだねえ~。」
温度も下がってきた部屋を見渡すと下層への階段が現れ、
その横に転送魔法陣が展開されていた。
ゴブリンナイトは消し炭すら残っていない。
「くふふ、何はともあれクリアで御座います!
この調子で卒業までに歴代レコードを塗り替えてしまいましょう。」
「そうですね、初日でボス部屋突破はなかなかの快挙だと思いますし、
どうせならそういうのも楽しいかもしれません。皆さん頑張りましょう!」
「そうだねぇ、僕も及ばずながら全力で挑ませてもらうさぁー。」
「……しかし5層ボスですらこれほどの魔物……油断はできんな……。」
「とりあえず今日は地上に戻りましょう。
この調子なら後2~3回で第10層も夢じゃありません!」
4人はハイタッチをして転移門へと向かい、
初日の戦績に満足をしそのまま地上に帰っていくのだった。
――――――
「うへぇ、ビビったっすねえ。お姫さんにちょっかい出そうと思ったら、
あの子スクデビアの旦那の時の子じゃ無いっスか。
……たしかオニキスちゃんっスね。」
誰も居なくなったボス部屋の柱の陰からローブを目深に被った男が現れた。
「しかもなんなんスかね、あの非常識な魔法は。
劣化版とは言え魔血結晶ぶち込んだゴブリンナイトを一瞬で焼き尽くしたっスよ?
このローブ着てなかったら流石に魔法障壁張らないと僕も死んでたっスね。
魔法障壁なんか張ったらお姫さんには絶対勘付かれたろうから、
コレも死んでたかも知れないっスねぇ。
ちょっと道具とか揃えて真面目にやらないとダメっスかねぇ。
あー、出費が増えるのは嫌っスね~。
どうせ経費で落ちるだろうけど……落ちるっスよね?」
男が一人ごちると部屋の中央に魔力が集中して行くのが感じられた。
「おっと、次のお客さんがくるっスね。僕もそろそろ帰りますか。」
男はそう呟くと足元にガラス玉を叩きつける。
ガラス玉から魔力が溢れ、男は霧のようにその姿を消した……。
次回虚言予告
月詠に忍び寄る黒い影!
月詠の命を狙う男は一体何者なのか?
一方、人知れずオークの群れにさらわれたシャマの運命は!?
今、オークたちの前に究極のマグロが顕現する!!
「あんあんあんあんあん」(棒
次回!第十八話
「く、殺せ。」(棒 陰謀渦巻く奈落の洞! お楽しみに!!
ゴメンナサイ




