第十二話 ○○少女☆オニキスちゃん
12
――忘れていた。
自分の従者が如何なる人物なのか。
それをすっかり失念していた。
「シャマ……最近おとなしかったので油断しました‥。」
模擬戦会場控室で一人ごちる黒髪の美少女。
サントアリオ代表、オニキス=マティである。
その手には彼女の従者であるシャマの用意した魔術師の衣装が握られていた。
確かにシャマが言うようにその服から感じる力は凄まじいものではあるが……。
「しかし、これは……。」
何とか”これ”を使わないわけにはいかないだろうか。
流石に制服で大和を相手に模擬戦を行うわけにはいかない。
そんな事をすれば恐らく、その後の学園生活はボロを纏って過ごす羽目になってしまう。
天津国 大和 と言う人物の実力は決して侮ることは出来ないのだ。
ふと、オニキスの視界の端に教室の日差しを遮るためのカーテンが見えた。
「これなら何とか!」
名案が浮かび明るい表情になった彼女は、
その手に今回の戦いのために用意したメイスを掴み、試合場へと歩を進めるのだった。
――――――
聖サントアリオ学園演舞場。
普段あまり人の集まらない施設だが、今日はその会場を埋め尽くすほどの生徒が押しかけていた。
特設の舞台が中央に置かれ、その周りを生徒たちが取り囲む。
「さぁ、皆様おまたせいたしました!
只今より、クティノス獣人国、サントアリオ聖王国親善試合を開始いたします!」
舞台中央には、何故かマイクを手にしたリコスが立っている。
国同士の親善交流のはずなのに、何故彼女が司会進行をしているのか、
そこにはお祭り騒ぎにかける彼女の矜持が垣間見える。
「それではまずは、獅皇院学園 天津國 月詠 さんによる陰陽術演舞を御覧ください!」
会場のボルテージが上がる。
万雷の拍手に包まれつつ、北門より月詠が入場する。
今日は普段着ているクティノス織りの服ではなく独特の装束に身を包んでいる。
クティノスにおける神霊との交流などを行う際に使う装束だ。
「月詠が……陰陽術?」
会場を見つめるシャマの眉が僅かに顰められる。
彼女の最大のライバルとも言える存在である月詠だが、
以前は戦闘力がほぼ皆無であったため、
直接の戦闘になった際には常にシャマが有利であった。
しかし、もし月詠が陰陽術を修めたのであれば話が変わってくる。
月詠は攻撃魔法こそ修めて居なかったが、決して魔法の才がないわけではない。
むしろ、その治癒術と占星術はクティノス内でも広く知られるほどの実力であり、
彼女の占いの結果如何で国が動くことすらあるらしい。
そんな月詠がこのような場で披露するような陰陽術を修めた、これが何を意味するのか……。
静かに舞台中央に月詠が立つ。
その厳かな佇まいに熱狂のるつぼにあった会場が静まり返った。
南門からサントアリオの魔術科の生徒が舞台に上がり、月詠の正面に立ち詠唱を始める。
どうやら火の魔法を月詠に向けて放つつもりらしい。
「ファイアボール!」
呪文が魔力に形を生み、それを発動させる。
人一人くらいなら飲み込めそうな大きさのファイアボールが凄まじい勢いで月詠に迫っていった。
「水剋火。水気を以て火気を沈めん。」
月詠が印を結び火球に向かってそれを向ける。
すると巨大だった火球がみるみる小さくなり、ゴルフボールほどの大きさまで縮まる。
「木生火。木気を持ちて火気を生まん。」
一度小さくなった炎は次の月詠の印により再びその勢いを増した。
そのまま炎は形を変え、大きな鳥の形になり鳴き声をあげる。
相手の魔法を消し去るだけではなく、そのまま自分の術として利用する。
クティノス陰陽術士の中でもここ迄見事に術を使いこなせる者は少ないだろう。
たった数年でここまでの術を収める月詠の才能は恐ろしい物がある。
「おおおぉぉぉ、凄い!クティノス代表の月詠ちゃん!
見事な陰陽術だー。すごい、本当に、すごく可愛い。小さいのに、理知的で。
顔立ちも、はぁ、美しい……。」
徐々にトリップしていくリコス、
その整った凛とした顔が情欲に濁っていく。
一体何故彼女が司会進行などという大役を授かっているのか、大きな謎である。
再び割れんばかりの喝采と拍手が巻き起こった。
普通であればまだ中等部くらいの年齢に見える美少女のあまりに卓越した陰陽術は、
一瞬にして学生たちを虜にしてしまったのだ。
そんな中ただ一人、いつも以上に硬い表情になるシャマ。
なぜなら、少し勝ち誇ったような顔をした月詠がこちらに視線を送っていたからだ。
「わざわざ火魔法を選んだのは、そういうことですか。
まあ、私の炎を相克できるかどうか……。」
視線を外さずにシャマが人差し指を立てる。
すると、詠唱もなく指先に魔力が集中していき、そこに薄く輝く小さな青い玉が出来上がって行く。
「やれるものなら、やってみると良いです。」
それをみた月詠の顔がひきつったような笑みを浮かべる。
無詠唱で予備動作も無く発動したその青い玉が、
恐ろしく凝縮された超々高熱の火球であることに気がついたからだ。
月詠の表情を見て溜飲の下がったシャマは即座に魔力を霧散させる。
この一瞬のやり取りはあまりにもさり気なく行われていたため、
教師たちにすら感づかれることは無かった。
が、選手入場口に待機していたオニキスだけは、
何をやってるのかと二人に呆れた視線を送っていた。
普段何事にも無感動なシャマと、基本的に誰にでも礼儀正しく優しい月詠が、
なぜこうも反りが合わないのか、オニキスにとって長年の大きな謎であった。
……知らぬは本人ばかりである。
続いてサントアリオ学園からも代表として治癒魔法の演舞が行われる。
具体的には次々召喚されるアイアンゴーレムをグレコ先生が素手で破壊するという内容だった。
この国の治癒術はフェガリとは違う意味を持っているのかもしれない……。
「さて!会場のボルテージも上がってきた所でいよいよメインイベントです!!
まずは北の方角!クティノス代表、天津國 大和”王子”の入場です!」
王子と聞いてざわつく女生徒達、
恐らく”王子”と言う言葉から、美しいくエレガントな紳士を想像したのだろう。
しかし次の瞬間、彼女達は言葉を失い固まることとなる。
「ょおぉぉッス!!いっちょやったるかぁ!アぁッ?」
野卑な濁声と共に現れたのは栗皮色の髪に白い狼耳の大男。
髪の毛は最早、髪というより鬣と言った感じであった。
先日は肌蹴ているとは言え上半身に服をまとっていたが、
今日はそれすら無く上半身裸で腰に獣の毛皮を巻いており、
所謂山賊ファッションと言った感じの蛮族がそこに立っていた。
とてもではないが女子が理想とする王子様像とはかけ離れた存在である。
もしも大和が白馬に乗って彼女たちを攫おうものなら、
それはロマンスではなく略奪にしか見えないことだろう。
「続きまして、南の方角より、我ら聖サントアリオ学園代表にして、
顕現した美の女神、ボクの中の嫁ランキングぶっちぎり1位にして、
我が校魔法科Sクラス最強のマイエンジェル!
出来ることなら一緒にお風呂とかデートとか、ご飯も口移しでこう、ちゅっちゅと。
あぁ、ハニー、ご飯よりも君が食べたくて仕方がない!!!
オニキス=マティちゃんの入場です!!!結婚しておくれ!!!!」
舞台中央で狂人が騒いでいるが、オニキスの登場に会場の期待が一気に膨らむ。
人によっては憧れのお姉様の登場を、
人によっては我らが姫の登場を、
人によっては噂の超絶美少女の登場を前に万雷の拍手贈る。
しかし、オニキスの姿が会場に現れた時、歓声はどよめきに変わった。
それもそのはず、現れたのは黒髪の美しい凛とした美少女ではなく。
頭まですっぽりと覆う布をローブのように着込み、
顔には怪しげで珍妙な狐面を被った人物だったからだ。
しかもその手に握られた武器は、恐ろしく禍々しい鈍器であった。
邪気を孕んだ大木を削り出し、そこに聖なるミスリル銀の釘を大量に打ち込まれたメイス。
邪属性を持ちながら聖属性も持つ武器であり、その性能は間違いなく高いのだが、
その見た目は無骨な棍棒に大量の金属の釘が刺さった、所謂釘バットであった。
(ふふ、無骨な装備で身をつつんだ予の姿を見て可憐なイメージを持つ輩はおるまい!)
男らしさをアピールするためにオニキスの選んだ武器がこれであった。
男らしいというより危険人物にしか見えない事に本人は気がついていない。
「く、オニキスちゃん……あんな布を纏ってくるなんて、
これでは計画を発動することが出来ない……。」
観客席でシャマが悔しそうな声を上げている。
表情はいつも通りだが悔しそうだ。
「と、とりあえず試合の説明をしまぁす。
この戦いは模擬戦ですが、武器などは自由に使って頂いて構いません。
もちろん対戦相手を殺してしまったりするのはアウトですよ?
これはあくまで親善試合ですからね。
また、親善試合である以上、勝ち負けに拘るあまり卑劣な行動を取るのも止めてね。
試合はあくまで全力と全力のぶつかり合いでお願いします。
……ところでオニキスちゃんその格好で戦うのかい……?」
無言でコクリと頷くオニキス。
そのあまりに異様な姿のせいで会場のボルテージはだだ下がりだった。
「と、とりあえずクティノス、サントアリオ親善試合。
は、はじめ!!!」
試合開始の合図とともにリコスが一気に二人から離れていく。
「そんじゃ、まぁ。始めるかぁ!!」
嬉しそうに笑い、大和からプレッシャーが膨れ上がった。
「いくぞぉい、上ぁ手く防げよ?オラァッ!」
次の瞬間、大和の姿がブレる。
凄まじい速度で横に飛んだため残像が見えたためだ。
そのままオニキスの側頭部めがけて巨大な拳が振り下ろされた。
「ッ……!」
反射的に身をかがめると頭上を凄まじい風が通り過ぎていった。
早い。
オニキスの記憶にある大和とは比べ物にならない踏み込みの速度であった。
「おぉ?やるじゃぁねぇか……って、うおっ!!」
初撃を外された事に喜ぶ大和に一瞬の隙が生まれる。
その一瞬でオニキスに集まる魔力の量に、大和の危険察知能力が全力の警鐘を鳴らす。
危険を感じた大和は一気に間合いを取る。
直後、大和が立っていた位置に凄まじい火柱が立つ。
いや、最早火柱というより極小の火災旋風の様な魔法であった。
「おいおい、姉ちゃん!小手調べにしちゃ激しいなぁおいぃ!オレ様じゃなきゃ死ぬぞコレェ!」
それはそうだろう。
本来ならオニキスも初対面の人間にこんな危険なあ魔法は使わない。
しかし、オニキスはこの戦いを正体がバレてしまう前に一気に決めるつもりなので、
大和なら死にはしないだろうというギリギリの火力を初手から放っていた。
大和の方は相手の実力を探りつつ戦わなくてはいけないので、これはかなり大きな不利だった。
続けて数本の青い光の槍が大和に降り注ぐ。
試験で編み出した”ていきゅうまほう”である。
実はオニキスはこの魔法を気に入っており、
単純なだけに、威力、汎用性が共に高いので、
今ではこの魔法を攻撃の起点にした練習なども行っていた。
「どわっ!だからよぉ!!お前ぇ、小手調べとかそういうのしらねえのかぁ??
お前、オレ様じゃなきゃ死ぬぞコレェ!!」
同じセリフを吐きながら必死に回避する大和。
語彙力が少ない……。
しかし死ぬ死ぬ言いつつも一撃たりともらわないその身体能力の高さは凄まじい。
オニキスは大和に対して攻撃のギアを更にあげることを決意する。
「くっそ、更に空気変わりやがったぁな。
こりゃ、小手調べとかしてる場合じゃぁねえなぁ?
オレ様も本気で行かせてもらうぜぇ。」
そう叫ぶと、大和はオニキスとの距離を一気に開けていく。
ここでオニキスは少し困惑した。
なぜなら、オニキスの知る大和は完全なる脳筋、もといインファイターであり、
その攻撃は素手に依る体術であるはずだったからである。
オニキスが知る限り、彼がこの間合で放てる有効打など無いはずだった。
「いくぜぇ!これがクティノス流、気の力だぁ!奥義 獅子哮弾!!」
目の前の大和が何倍もの大きさに膨れ上がる。
いや、体が大きくなったのではない、何かの力が膨れ上がりそう錯覚したのだ。
まずい。
これをもらうのは不味い!!
「クリスタルウォール!!」
その放たれた謎の技の脅威を本能的に察し、即座に結界を張る。
殆どの魔法を無詠唱で扱えるオニキスであったが、
詠唱をすることでその威力は更に上る。
攻撃魔法は読み合いの必要があるので基本的に無詠唱で行うが、
こういった場合に張る防御結界などは詠唱をしたほうが安全なのだ。
直後、轟音をあげつつ凄まじい光がオニキスを覆う。
その威力は結界を超え、本体であるオニキスにまで及んだ。
それは彼女の纏っていた面とローブを破壊するには十分な威力だった。
「ッ!!布が無くなった、今こそ。発動!!」
シャマが怪しげな言葉を口走っている。
しかし、今はそんな事を気にしている余裕はない。
凄まじい光が収まり土煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、
大量のフリルとリボンを誂えたゴスロリ風魔法少女服を纏ったオニキスの姿であった。
「し、しまった。今ので中身が……。ッ!?」
「総身操作の”呪”発動!」
見られまいとしていた素顔と衣装を見られ、軽いパニックになったオニキスを更なる異常が襲う。
服に仕込まれていた強力な”呪”が発動したのだ。
呪とは有角族に伝わる秘術であり、
主に武器などに宿らせ発動させることによっていろいろな効果を及ぼす術である。
この発動した呪の力は簡単な命令ほど強く働く特性がある。
今回発動した呪は対象にポーズを取らせ、一言セリフをいわせるだけの物だったので、
その強制力は強く、オニキスの魔力でも一瞬で対抗することはできなかった。
「く、一体何が!」
自分の意思とは関係なく動く体に、
シャマが何かを仕掛けたことを瞬時に理解する。
しかし強制力が強く、まったく抗うことが出来ない。
そしてついにその呪がオニキスの体を完全掌握する。
「サントアリオに咲く愛の花☆オニキス=マティ参上だよ♪」
いつもより若干甘い声で口上を述べ、ビシっとポーズを決めるオニキスの姿がそこにあった。
(な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!!)
心の中で叫びつつ馬鹿の方を見る。
シャマはやり遂げた!と言う満足そうな顔をしながらバシャバシャ写真を撮っていた。
「「「う、うおおおおぉぉぉぉ!!!!!姫が魔法少女に!か、可愛い!!!!」」」
「「「キィェェェェェェェェェエエエェェェオネェエエェェェサマアアァァァ!!!!」」」
「うわぁあぁぁ、オニキスちゃん、ボクだけのお人形さんになってくれ!!」
会場のボルテージがふたたMAXになる。
リコスの目も危険な感じだ。
しかし、オニキスにしてみればそれどころではない、今の衝撃で面が外れてしまっている。
つまり今、目の前で呆然としている幼馴染の目には、
ゴスロリ魔法少女の格好をして、
ノリノリでポーズをとる変態に成り果てた自分が映っているということだ……。
「あ、あのな、やまとサン、違うんだ……これはな……?」
「お……ぉ……ほ。」
言い訳をしようとしたが、大和の様子がおかしい。
無理もない、もし逆の立場だったら自分は嘔吐する自信がある。
「ほ、ほ……。」
変わり果てた友人を目の前に言葉が出ないのか変な声をあげる大和。
死刑宣告を待つ囚人の気持ちでその言葉をまつ。
「惚れたぞ、オニキス=マティ!俺の嫁になれ!!」
突然大声で叫ぶ大和。
今、なんと……?
友人のあまりのセリフに、オニキスの脳は考えることを止めるのだった……。
ハーレム要員♂……。
大和、書いててたのしいです。




