第十話 見参!お稲荷仮面!!
10
模擬戦2日前、オニキスの姿は人気のない校舎裏にあった。
教室で休んでいると数多くの生徒が押しかけて休む間もないからだ。
先日告げられた模擬戦の話は本日朝には正式に発表され、
そのニュースにオニキス親衛隊のボルテージはMAXに燃え上がった。
「うおおおぉぉぉぉお!オニキス姫が模擬戦をなされるぞ!!」
「お姉様が模擬戦を!?これは差し入れをするチャンスだわ!!」
結果、大勢の生徒に囲まれ質問攻めに会い、
先程まで教室から出ることはおろか、席から立ち上がることすらさせてもらえなかったのだ。
更に昼食時にはスポーツドリンクの差し入れが殺到し、
先程授業が終了すると同時に大勢の女生徒が詰めかけ、
どこから持ってきたのかレモンのはちみつ漬けなどを大量に手渡されていた。
親衛隊の存在も知らないオニキスからしてみればこの熱狂は最早狂気の沙汰としか思えない。
なぜか女生徒からは”お姉様”と呼ばれ、男子生徒からは”姫”と呼ばれていたが、
まさか自分にファンが構成する親衛隊などがあるとは思っていない呑気なオニキスは、
サントアリオの人って凄いイベント好きなのだな。
などと、周りの熱狂をは裏腹に、のどかな結論に至っていた。
ここまでめったに接点を持つことができなかったオニキスファンが、ここぞとばかりに殺到。
すでに渡され、積み上げられた差し入れは、
消費するこ事すら不可能に近い状況になっており、
食べ物を粗末に出来ないオニキスのストレスは最早限界を超えてしまっていた。
「うう、皆さんお祭りが好きなのはわかりますが……これはちょっと辛いですね……。」
とりあえずレモンは氷魔法で凍らせて部屋に運び込むとして、
しばらく甘味はこれ一択になりそうだなと、
唯一の趣味である”食”を封じられたオニキスは更に落ち込んでいく。
逃げるように教室を出て差し入れを部屋にしまい、
そのまま学舎裏へと隠れたのだった。
こっそりと学舎の中を覗くと、
差し入れと思しき箱などを手に、殺気立った目で徘徊する生徒達の姿が見える。
「うぅ、怖い……。」
山狩りにでも遭っている気分になり、これから二日間これが続くと思うだけで、
涙が出そうになるオニキスだった。
「あれぇ、オニキスお姉さま~?」
ふいに後からかけられた間延びした声に、心臓が止まりそうになる。
が、オニキスはその声の主を見て心の底から安堵した。
「リーベ、脅かさないで下さいよぉ。」
へなへなとへたり込むオニキスに、リーベは慌てて駆け寄ってきた。
「オニキスお姉さま!どこか具合がお悪いのですか?」
倒れ込むオニキスを見て顔面蒼白になるリーベ。
「あ、いえ、違うのです。
少々精神的に疲れてしまいまして。」
「あー、例の模擬戦の話ですねぇ?うふふ。」
「どうしたのです?」
「あ、ごめんなさい~。
お姉さまでも代表のプレッシャー等でこんなに疲れてしまう事があるのかと思ったら、
なんだかおかしくなってしまいましてぇ。」
「いえ、プレッシャーと言う訳では無いのですが、
なにやら皆さん今回のお祭り騒ぎに浮かれてしまっていて。
盛り上がる事自体は別に良いことだと思うのですが、
皆さん些か熱が上がりすぎでして……。」
「……それだけが理由ではないと思いますけどね、
オニキスお姉さまはご自分のことをあまり判っておられないですからねぇ。」
この状況を起こしたのがイベントの熱のみが理由だと思っているオニキスに、
呆れたような困ったような表情を浮かべるリーベ。
自分の魅力には全く無頓着、
こんなところも彼女の魅力なのかなと思い、オニキスの手を取った。
突然自分の手を包み込んだ柔らかい感触にオニキスの心が跳ねる。
「それでしたら~オニキスお姉さま、
私と一緒にこれから街に遊びにいきましょ~。」
明るく笑いながら手を引く彼女に心が軽くなるのを感じ、
ああ、この娘は本当に聖女と呼ぶのにふさわしい存在なのかもしれないなどと思いつつ、
オニキスもその言葉に従う。
「そうですね、よし!今日は私がおごっちゃいますよ。」
「わわ、本当ですかぁ。」
更に嬉しそうになるリーベの顔にドキドキしつつも、
その笑顔に癒やされてることを自覚し、
お礼とばかりに彼女を楽しませてあげようと心の中で思うのだった。
そして二人の美少女(?)は、
学舎を徘徊する親衛隊をよそに、手を取り合いながら街の方へと消えて行くのであった。
――――――
日が傾き、茜色に染まり始めた街中を、二人の少女が腕を組んで歩いていた。
片方は腰まで伸びた艶やかな黒髪をなびかせる絶世の美少女。
もう一人は短く切り揃えた美しい金髪の背の低い美少女、
その胸部にはその背丈からは想像もつかないほど凶悪なものが実っていた。
「リ、リーベ、ちょっとくっつきすぎな気がするのですが。」
「うふふ、お姉さまとお出かけと思ったら嬉しくて~。お嫌でしょうか?」
上目遣いに見上げてくるリーベの可愛らしさに思わず気圧される。
腕から伝わる暖かで柔らかな感触は、
健全な男子である美少女に、美少女にはあってはならない変化をもたらそうとする……。
意味がわからない。
「別に嫌ではないのですが少々気恥ずかしいですね。」
「同性ですのに、へんなお姉さまですねぇ。」
そう言うとニコニコと笑みを浮かべながら更に体を密着させてくる。
美少女の中でむくむくと起き上がらんとする男の子が大ピンチだ……。
二人で適当に街を歩いていると目の前に人だかりが出来ているのが見えてきた。
何やら怒鳴り声が聞こえるので喧嘩だろうかと覗き込んで見る、
瞬間、オニキスの顔が驚愕に見開かれる。
「そんな汚い手で触れないでくだされ、妾の体は全てオニ様の物であります故。」
「クソが、うすぎたねえ亜人如きが!生意気にのたまってるんじゃねえ!!」
騒動の中心を見て驚く、
そこには亜麻色の綺麗な髪に、ぴょこんと生えた可愛らしい白耳の美しい獣人の少女が居た。
何故こんなところにこの娘が……。
いや、”彼”が来ているというのなら当然”彼女”も来ているだろうとは思っていたが。
しかし、肝心の彼の姿がどこにもない。
まずい状況だ、月詠は芯が通っており決して曲がったことを許さない少女である。
故に昔から彼女は頻繁に、この手の騒動に巻き込まれることになる。
しかし、彼女の戦闘力はそれほど高いわけではない。
彼女の得意とする技は占星術や治癒術といったサポートを主としたものなのである。
その為、そう言った騒ぎが起きた時、
彼女は大体相手に暴力を以て組み伏せられてしまうのだが、
その後は決まって怒り狂った大和が大暴走するのだ。
その大暴走による復讐から逃れたものはいまだかつて一人もいない。
今回は彼女自身が絡まれているようだが、
仮にこのような光景に彼女が偶然出くわした時、彼女はその人物を守るため自ら顔を突っ込む。
そういう少女であった。
故に、大和の大暴走の頻度は高い……。
「なんとか止めないと……。」
何か顔を隠せるものはないか?
辺りを見回すと、露天の雑貨を売っている店に珍妙な狐のお面が売っているのが見えた。
「すいませんこちらのお面を下さい。」
「え、オニキスお姉さま!?」
「へぇっ!?」
店主は突然血相を変えて走ってきた美少女に狼狽えつつも商品を渡す。
「ど、大銅貨5枚だよ、こんなお面お嬢ちゃんが何に使うんだい?」
返事をする余裕もなくその珍妙な狐面を掴むと、大銀貨を1枚露天商に渡す。
「ありがとうございます、お釣りは結構です!」
「お姉さま、どうするつもりなのです??」
店主は、渡された金額に一瞬驚くが、すぐに満面の営業スマイルに戻ると、
まいど、と威勢のいい声をかける。
銀貨は大銅貨100枚の価値があるので大儲けである。
貨幣の価値は
鉄貨 1円
銅貨 10円
大銅貨 100円
銀貨 1000円
大銀貨 10000円
金貨 100000円
と言った具合である。
この上に白金貨やミスリル貨なども存在するが、
商人か国以外で使う人間はほぼ居ないので割愛する。
オニキスは素早くお面を被り、一気に騒ぎの中心に向かう。
「この亜人が!こっち来やがれ、立場を教えてやる!」
「下郎、触るなと言うておろう!」
少女は強気に男を跳ね除けようとするが、
その結果は火を見るより明らかだ。
しかし、
「狼藉はそこまでです!」
今にも少女が襲われようという瞬間、凛とした声が響き渡った。
その場の全員の視線が声の主に向く。
そして全員が唖然とした顔となる……。
たなびく艶やかな濡れ羽色の黒髪、そしてスラリとしなやかな美しいバランスの肢体、
そして、その顔に世にも珍妙な狐のような生き物のお面を被った少女が立っていた。
「……どちら様で御座いましょう?」
「通りすがりの……お、お稲荷さん仮面デス。」
助けに入ったにも関わらず怪訝な表情で怪しまれてしまった。
しかし素顔でこの場に入り、月詠に正体を悟られる訳にはいかない。
なぜならオニキスは今、女性徒の服装なのだから。
「お、おう、邪魔すんじゃねえ!くそアマ……アマ?だよな?」
「下がりなさい、これ以上この少女に何かをするつもりなら容赦はいたしません。」
突然の闖入者は即座に男の方に向き、隙きの無い完璧な構えを取る。
見た目はともかく、お稲荷さん仮面の纏った空気は只者ではなかった。
一触即発、そんな空気が場を支配していく。
「……?……オニ……様?」
「!?」
ビクリと体を硬直させ、壊れたブリキのおもちゃのように後ろを振り向くオニキス。
「な、な、なんのことでしょうか?」
「何故そのような格好を?」
「誰かと勘違いなさっているのではないでしょうか?」
何故バレた?
オニキスの全身から嫌な汗が流れていく。
知人にこのような姿を見られるのは如何にもマズイ……。
特に大和に知られるのは自殺を考えるレベルの恥辱である。
「妾がオニ様を見誤ることはありませぬ。
何の戯れかは知りませぬが久しぶりの再会なのです。
そのお顔をお見せ下さいませ。」
顔を隠し、服装や髪型は女性、
しかも声も意図的に高音にしているにもかかわらず、どうやら月詠には確信めいたものがあるらしい。
先程までの警戒は解け、今は思わず見惚れてしまうような柔らかい笑みを浮かべている。
その時、人垣を飛び越えて野太い声を上げながら巨大な何かが飛んできた。
「おう、おう、人族どもが!人の妹に何してくれてんだコラァッ!!」
地響きとともに巨体が地面に降ってくる、
クティノス第二王子こと天津國 大和だ。
オニキスのお面の下に隠れた顔が蒼白になる。
月詠に即座にバレてしまったこの変装、
もしもこの男にばれよう物なら……。
考えただけでも恐ろしい、
そんな事になれば、オニキスはこの場で自害しても構わないとさえ思った。
「ひ、ひぃっ!」
突然目の前に現れた野獣のような男。
どう見ても恐ろしい人物であるが、注目するべきはその頭上。
そこから生える耳、
それは明らかに先程までちょっかいを掛けていた少女のものと同一のものであった。
そんな男が敵意むき出しで飛び込んできたのだ。
男は悲鳴を上げて、一刻も早く逃げ出さねばと踵を返す。
しかし、彼の記憶はそこで途切れることになる。
一瞬で懐に入った大和の拳が彼の意識を刈り取ったからだ。
「んでぇ、そっちのお前はなんだぁ?このクソ野郎のなかまかぁ?アァン?」
眉間にしわを寄せ威嚇するその顔は、とてもまともな暮らしをしてきた男には見えない。
これが一国の王子だと気がつく人間は、まず居ないだろう。
マズイマズイマズイ……
脂汗を流しながらこの場をどう取り繕うか思案するも、
このようなパニック状態では、まともなアイデアなど望むべくもない。
「アァ?何か言えコラ!
テメェ怪しいな。妹に何かしたんなら女でもブッコロスぞ!オッ?ッスッゾォラァッ?」
オニキスが絶体絶命の状況にパニックになっていると、
突然手が温かいものに包まれる。
くいっと引っ張られたので、
そちらを見ると、そこには微笑みながら顔を近づけて来る月詠の顔があった。
「オニ様ご安心下さいませ、どのような状況にあったとて月詠はオニ様の味方にございます。」
見惚れるような微笑みを湛えつつ耳元でそう囁くと、
大和の方に向かって歩いて行き、おもむろに全力で顎を拳でかち上げた。
その手には大きな石まで握り込まれている。
突然の行動にさすがの大和も回避は出来ず、まともに顎を打ち抜かれてしまう。
「グハッ!なにしやがる!!」
「煩いですよ、あに様。
妾を助けてくださったお方をそのような醜く汚らわしい顔で脅すなど、恥をお知りなされ。」
「醜くってお前、助けてくださったお兄様に酷すぎねぇかぁ?」
大和は泣きそうな顔をしつつオニキスの方に向き直す。
しばらく顎をさすりながら思案すると勢い良く頭を下げてきた。
「おぅ、ワリィなぁ姉ちゃン。俺様の勘違いで怖がらせちまったみてぇだな。
妹を守ってくれてたみてぇだなァ?ありがとうよ!!」
「い、いえ、当然のことをしたまでですぅ~……。」
蚊の鳴くような声で返事をし、そのまま距離を取る。
「お、おい?」
「ご、ごきげんようっ!!」
距離を取ると狐面の少女は全速力で走っていってしまった。
嵐のような騒ぎが過ぎ去り野次馬が解散していく。
その場には呆気にとられた大和と潤んだような瞳で走り去る狐面の少女を見つめる月詠、
「オニキスおねぇさまあ~、まってください~おいてかないでくださいよぉ~。」
……もう一人、折角のデートだったのに訳もわからず置き去りにされた上に忘れ去られ、
さらには慌てて追いかけようとして転んだままべそをかく聖女だけが残されていた。
――「オニ様、こんな所でお会い出来るなんて……ふふっ……。」
少女のつぶやきと聖女の泣き声は賑やかな雑踏に溶けていくのであった。
ここ迄お読み頂きありがとうございます。
徐々にキャラクターも増えてきましたので
お話の方を濃くしていくことができればな~と思います。
貨幣価値に関しましては適当に作りましたので何か間違っていましたら突っ込んでくださいませ。
リーベヒロイン回だとおもいましたか?
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。




