第九話 雄々しいオニキスちゃん
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スクデビア騒動から数日、学園は何もなかったかのように平和であった。
スクデビアの事は、
家の事情により送還されたという事で学園側が情報操作をしたらしい。
流石に人一人が魔物に変わったなどという事件を一般生徒たちに聞かせるわけにはいかない。
いずれは情報が漏れるかも知れないが、
とりあえずは噂の域を出ることはないだろう。
ましてスクデビアの身に何が起こったかなどは当事者以外は知る由もない。
変わった事はと言えば、昼食時と放課後にリーベが頻繁に遊びに来るようになったことだろうか。
最近のオニキスの昼食は、リーベ、リコス、シャマと4人で取ることが多くなった。
クラス1の美少女であるオニキスと聖女の後継者と目されるリーベ、
更には魔法科の王子様ことリコスに、無表情ではあるがこれまた美少女のシャマ。
いつの間にか、この四人のグループは非常に目立つ存在になっていた。
すでに影ではそれぞれの派閥が出来ており、
本人たちのあずかり知らぬ場所で小競り合いが続いていた。
ちなみに男子一番人気はオニキスである。
「――最近、何やら視線を感じるのですよね。気のせいでしょうか?」
お弁当を食べつつ小首をかしげながらオニキスがつぶやく。
悩みながらもオニキスの橋は止まらない。
今日のお弁当はシャマの手作り弁当であり、
それにはいつもオニキスの好物が詰め込まれているのだ。
常に慇懃無礼な無表情メイドであるシャマだが、
お弁当を作らせると不思議と理想の従者と化すのである。
オニキスはこれをフェガリ従者七不思議の最大の謎だと考えていた。
献立は季節の物の煮物を中心とした落ち着いた感じの弁当だった。
女学生のお弁当と言う感じではない……。
いぶし銀の出来栄えである。
「オニキスお姉さまが衆目をあつめるのはしかたないですよぉ。
お姿は美しいですし、魔法も凄まじい威力ですし、その上剣技まで達人級ですもの~。」
「リーベは少し私を美化しすぎですね。
魔法の威力や剣技はともかく、
私の容姿が女性として優れているというのはリーベの贔屓目ですよ。」
流石に女装男ごときを褒め過ぎだと苦笑いを浮かべる。
あの事件以降、リーベはオニキスをお姉さまと呼び、
自分を呼び捨てにしてほしいと懇願してきた。
その背景には百合の花が咲き誇っているのだが、
オニキスはリーベが普段は孤立しているのを聞いていたため、
恐らく寂しさから姉のような存在を欲していたのだなと判断していた。
リーベの気持ちが通じる日は遠い……。
実際にはノーマルな関係なのだが、
見た目が百合百合しいこの危うい関係の結末を、
無表情従者はここ最近の一番の娯楽としてわくわくと見つめていた。
春の陽気に外でお弁当。
こんな平和な時間はフェガリに居た頃ですら無かったなと、
オニキスはしみじみ感じながら煮染めた昆布で鰊を巻いたものを咀嚼する。
味の染みた昆布を噛みしめると中から鰊の身がホロホロと崩れだしてくる。
昆布の旨味と鰊の旨味が合わさって口の中に広がるそれは、
んまい。
としか言いようのない味であった。
――先日のようなゴタゴタはなるべくなら御免被りたい。
満腹と春の日差しにうとうとし始めながらオニキスはそう思うのであった。
食後の茶を啜りながらのんびりとするその様は、
絶世の美少女でありながら、そこはかとなくジジ臭いものだった。
――しかしオニキスの気持ちをよそに、騒がしい事件の種はすぐ近くまで近づいていた……。
――――――
「あに様、あに様、またはぐれておりまする。
うろちょろなさるのは目的を果たしてからにして下され。」
昼の雑踏の中大きな声を上げる少女。
年の頃は14歳前後と言った感じの少女だ。
珍しいのはその服装で、
北部などでしか見かけないクティノス織りと呼ばれる装束に身を包み、
その頭部には犬や狼のようなピンとした白い耳が生えている。
前髪は切りそろえ、亜麻色の長い髪を垂髪に流し、
腰のあたりで結われたその髪は美しく、
通りを行く人々が皆思わず振り向くほどだった。
顔立ちは年相応に幼さがあるが、
その瞳は右が翡翠のように美しい緑、左は深く引き込まれるような藍色をしており、
何とも怪しい魅力を湛えていた。
成長すれば間違いなく数多くの男の心を惑わすであろうことが容易に想像できる美しさである。
「うーっせぇ野暮天、お前は異国情緒を楽しむ心ってぇもんがねえ、
俺にみたいに、こうよゆふふぉもっへらな……。」
「王子ともあろうものが口に肉を頬張りながら喋るのは止めてくだされ、
国の品位を疑われまする。」
王子と呼ばれた男は両手に串焼きの肉を数本持ち、
それを貪りながら少女の後をついていく。
彼もまた、男性物のクティノス織りの装束を着てはいるのだが、
上半身は完全に開けており、最早半裸と言って良い姿であった。
髪の毛は少女のものより濃く、栗皮色と言った感じである。
頭部の耳はやはり狼を彷彿とするピンと尖った白色、
兄と呼ばれるだけあって、ここまではよく似ているが、
透き通るような白い肌をした少女と異なり、こちらの男は日に焼けた小麦色であった。
背も高く、鍛え上げられた肉体は衣服など無くても芸術的な美しさであった。
……一部の嗜好を持った人に限る話ではあるが……。
眼光も鋭く、ひと目見ただけで強者であるという事が感じられる。
しかし、その粗野な振舞いからはとても”王子”と言う印象は受けなかった。
だが、この人物こそ紛れもなくクティノス獣人国第二王子
”天津國 大和”その人なのである。
「あに様、妾の名は野暮天ではございませぬ。
人を呼ぶときはきちんと名前を呼ぶのが礼儀というものでございましょう。」
「あー、うるっせぇ、何時から俺の月詠ちゃんは
こんな姑みたいになっちまったのかね。
昔は『あに様、あに様』言って金魚の糞みてぇについて来て可愛らしかったのによぉ。」
「あに様の物では無い月詠でございましたら、今もこうしてあに様の側におりまする。
あに様を一人、野に放つわけにはいきませぬ故。
この国にいる間は一秒たりとお側を離れるつもりはございませぬ。」
「うげぇ、とりあえず面倒くせえからとっとと学園行っちまおう。
……道順は、あ~、任せた!」
「はぁ、なんで妾のあに様はこのような粗野な人物なのでしょう。
オニ様が妾のあに様であればどれだけ幸せであったことか……。」
少女の呟きに大和は露骨に不機嫌な表情を作る。
「お前の男の趣味は本当にわかんねえな、
あんなヒョロヒョロもやしのどこがそんなに良いのやら。」
「そのもやしに敗北しているどこぞの筋肉型ゴーレムよりは遥かにマシを思われますが?」
「負けてねえ!!2勝してるわ!」
「1勝4敗1ノーコンテストで御座います。あに様。
月詠はオニ様の事なら全てを克明に覚えております故。
そのようなちっぽけな自尊心から来る虚勢は、
却って己が価値を卑しいものにすると心得なさいませ。」
「お前、本当にアイツの話になるといつも以上に容赦ねえな!
俺の方こそ妹はお前じゃなくシャマに……シャマ……が妹は嫌だな。
おぉう、想像して背筋がゾクゾクしてきやがった……。」
悪寒を感じたのか身震いをし、諦めておとなしく妹の後につく。
苦虫を潰したような表情をしながらとぼとぼ妹の後をついていくその姿は、
非常に鍛えられた巨躯でありながらゴブリンのような小さなものになっていた。
――古今東西、男が女に口で勝てることなどありえないのである。
――――――
――放課後、オニキスの姿は職員たちのいる棟にあった。
食事を終えた後に教室に戻るとグレコから放課後の呼び出しをうけた為だ。
職員棟は本校舎の最上階にあり、それぞれの教師に個室が与えられている。
これは彼らが教師であると同時に魔道士であることが大きく関係していた。
魔道士はその研究を他人に見せることを嫌うというのも一つの理由だが、
それよりも大きな理由は実験失敗の暴発を個人の被害で収めるためである。
魔法耐性 衝撃耐性 その他諸々に優れたそれら個室は、
仮にうっかり上級モンスターを召喚してしまったとしても、
そう簡単には破壊できないほどに頑丈だった。
先日の騒動の事を考えると、色々叱られる心当たりがあるオニキスは、
非常に沈痛な面持ちでグレコの部屋のまえに立つ。
意を決してドアをノックする。
「オニキス=マティです。」
「お、来たか。入れ、開いてるぞ。」
予想と違い明るい雰囲気の返事に軽く戸惑いつつドアを開く。
「し、失礼します。」
扉を開くと治癒術士の部屋らしく、包帯や薬などが所狭しとおかれて……はおらず、
10畳ほどの広さの部屋には所狭しとトレーニング器具や岩などが置かれていた。
この岩や300kgはありそうなウォーターバックは一体何のために使うのか……。
「お、驚いているな。これを見ると皆驚くんだ。
だが器具を使ったトレーニングだけでは偏った肉体になるからな。
こういう自然岩が必要になるんだよ。」
……ちがう、岩の話ではない、なんで治癒術士の部屋にこんな筋トレ設備があるのかが問題なのだ。
しかし、この疑問をぶつけることは、
恐らく地雷を踏み抜くのと同じことであると本能で悟ったオニキスはそのまま要件を聞くことにする。
迂闊にマニアの領域を覗き込むことは非常に危険なことなのだ。
「先生、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ん、おぉ、そうだったな。
お前はクティノス獣人国は知っているよな?」
「クティノスですか? はい、常識の範囲ででしたら把握しております。」
「うむ、まあ我がサントアリオ聖王国が唯一多少の交易を持つ国であるわけだから、
ある程度の知識は持っているだろうな。
クティノスの首都にある獅皇院学園は知っているか?」
「はい、存じております。」
「実はサントアリオとクティノスは友好の証として、
毎年お互いに学生を使者として送り、交流を行う決まりがあるのだが、
去年は我がサントアリオ学園から使者を送り茶会を開いたのだ。
故に今年はクティノスの方から使者が来ることになっているのだが、
今年は獅皇院学園の生徒が選ばれたわけだな。
ちなみに、この交流内容は毎年使者に選ばれたものが選ぶことが出来る。」
「なるほど、受け入れる側が内容を決めれば、
最悪の場合集団リンチのような状況にもなりかねないためですね?」
「まあ、そうだな。
一応の友好国とは言えその感情は複雑だ。
サントアリオには獣人を亜人と呼び見下しているものも多い。
北部や首都ならば数は少ないだろうが、
この学園は全国から人が集まるからな。」
「それで私を呼んだ理由は何でしょうか?」
話の流れ的に今回の使者を私がもてなすと言う話だろうか?
そう思うが、グレコは少し言い出しにくそうにしている。
何か気まずい理由があるのだろうか?
「グレコ先生、遠慮なくおっしゃって下さい。
私がその使者の方をもてなせばよろしいのですね?」
「あー、うん、まあそうなんだ……が、
実は今回の使者に選ばれた生徒は随分と武闘派のようでな、
今回の交流は模擬戦にしたいとの事なのだ。
こういう少し危険な交流は滅多には無いものなのだがな。
数年に一度はやっていることなんだよ。」
なるほど、模擬戦となると、
先日のテスト結果で現在のSクラスの中でも好成績をだしたオニキスに任せたいところではあるが、
このような危険な交流内容であるために言い出しにくいというわけか。
その時オニキスは天啓を得た。
これは男らしく勇ましい姿を見せつける絶好のチャンスなのではないか?
正体がバレるリスクを上げるのもどうかと思うが、
ここ最近のオニキスはお姉様と呼ばれたり男から告白されたりと、
いろいろ男としての自尊心が傷ついていた。
その度になにやら肌がツヤツヤとしていく従者が腹立たしい。
何故シャマが楽しげなのか不明だが、
あれは何か自分を利用して楽しんでいる。
そういう顔だった。
ここ迄女扱いされてしまうならいっその事、
多少男らしい姿を見せても良いのではなかろうか?
男として心が追いつめられたオニキスは、
そんな短絡な思考に陥ちいるほどに追い詰められているのであった。
「委細承知いたしました。私におまかせ下さい。
サントアリオ学園代表として恥ずかしくない戦いをお見せすると誓います。」
「おお、受けてくれるか。
この代表は本人の意思が尊重されるので正直ダメ元で呼んだのだが、
そうかそうか、ありがたい。
それではこれが今回の交流相手の資料だ。
模擬戦は3日後に行うので一応準備をしておいてくれ。」
「はい、おまかせ下さい!それでは失礼します。」
必ずや、雄々しいオニキス=マティを全校生徒に見せつける所存です。
心の中でそう叫び、
無駄にテンション高く部屋を出て行くその姿は、
残念ながら実に可憐で美しかった……。
その明るい表情を湛えた美少女にすれ違う生徒たちは皆心を奪われ、
更なる男性人気と百合層を取り込んだことに本人だけは気がついていなかった。
――――しかし、部屋に戻ったオニキスは頭を抱えていた。
この世の終わりのようなテンションで唸るその姿は、
先程までの可憐さなど微塵もない哀れなものだった……。
「な、なんで、王子がこんな使者をしてるんだ……普通こういう交流は平民がやるものだろう……。
大和め……他国の未だ見ぬ戦士と戦いたい。
などとたわけた理由で立候補したに違いない。
あの脳ミソ筋肉ゴーレム男めぇ!!」
自分は王で使者なのを棚に上げつつオニキスは、
いや、オニファスは、この学園生活始まって以来初めてとも言える危機を迎えるのだった。
「絶対にあやつにだけはバレるわけにはいかぬ……どうすればいいのだぁ。」
久しぶりの素の喋りで頭を抱える魔王は、
迂闊な過去の自分を殺してやりたいと本気で強く思うのだった……。
後日この話を聞いたシャマの肌が更に艶を増したのは言うまでもない。
いつも読んでいただいて誠にありがとうございます。
新キャラたくさん出てしまって混乱されるかもしれませんが、一応ここまでが主要キャラの予定でございます。
ご意見ご感想お待ちしております。




