第十八話 八重桜
ハッピーエンド♪ ハッピーエンド♪
まんじりともせず。話し合う言葉が見つからず。光る月を見ていた。でも最初に口を開いたのは彼の方で。
「なぁ。」
その声も眠れない夜を過ごしていた。
「お前の事、逃がす気ないから。」
その決意と自信がどこから来るのか分からない。私には恐怖しか無いって言うのに。
「相性がいい。食い物も、酒も、肌も、生活も。だから、お前の父親にも俺の家族にも話しをして、逃げられない様に柵、作って追い込んだんだろうが。」
静寂な夜に彼の声だけが鮮明だった。
「本当言うとな、お前を葬式で見た時、心臓が鳴った。何かがおかしいって。親父の葬式をしているはずなのに、なぜか自分の葬式の様な気がして来たんだ。どうしてだろうな。俺が死んでお前が泣いているような錯覚を起こした。ああ、お前が俺の為に泣いているって。現実じゃないのは分かってるけど、それが哀しくてな。だからいっその事、桜子と一緒になりたいって思ったんだ。そうしたら、運命が変わる気がした。お前は俺を見送る為に泣かなくても済む。俺たちは二人で笑って時間を稼ぐ。若い未亡人が喪服を着るんじゃなくて、お互い寿命を全うした死を迎える。不謹慎かも知らないが、あそこに有った
“ 死 ”
って現実から逃げ出す為には、お前をあそこから連れ出す必要が有るって。俺をお前の中に埋めて、生きているって、二人とも生きているって叫びたかった。だから二人一緒に年取ろう。残り40年少しの人生、楽しまないか。」
静かな声を裏返し、いきなり起き上がると私の顔を覗き込み。
「お前は俺を一人で逝かせたいのか。」
と低く。
“ いなくなる。”
その悲しい現実に目が覚めるようだった。
「嫌だわ、そんなの。」
彼の為の喪服だなんて。
「勝手に一人で逝かないでよ。」
そんなものを持ってなんかいたくない。
「嫌だから。」
必死でしがみついていた。
「許さないから、そんなの。」
彼のシャツの胸元を握りしめていた。
「それだけは、嫌だから。」
太くて繊細な指先が髪の毛をすく。ため息の様な深呼吸と
「だったら言う事聞けよ。もし怖いんだったら、すぐに籍を入れなくても良い。一緒に暮らす事から始めよう、なぁ。」
包む様な、含んで聞かせる様な声色だった。
その優しさが、春の嵐の様に私の中を吹き荒れる。
「済まない。」
その口調はちっとも済まないなんて思っていなくって。でも
「済まないね。俺はお前が欲しいんだから。」
「真ちゃん。」
こんな私でも、良いの?
「この歳でそう呼ばれるのは恥ずかしいな。」
「じゃぁ、なんて?」
少し考えるそぶりの後
「真さん、は?」
そう言いながら頬を赤くした。
「真さん。」
初めてその名で呼んだ。
「真さん。私でも良いの?」
とても甘かった。
「お前が良いって、言ってるだろうが。」
再び抱きしめられ、彼から体温をもらい。
緩む。
雪解けの様な、照らされる様な、ぬくもり。
遅い、春だ。
彼が身じろぐから、その変化を躯で感じ取っていた。
「なぁ、桜子・・・・。」
と言いよどむ。到底3歳も年上とは思えないその口調。思わずくすりと漏れてしまい。
「なんだよ。」
その顔は笑いを堪えているかのようだった。
「なんだよ。」
と。
5日、遅れていた。
「良いけど・・・・今晩は優しくして。」
この夜だけは、大切に抱いて欲しかった。
「お望みのままに。」
まるで初めてみたいに扱われ。彼の名を呼びながら、静かに静かに闇の中へと堕ちて行った。
夢現。囁かれた。
「もうすぐ家の八重桜が満開だ。」
そう、彼の実家には見事な八重桜が有る。遅咲きながら色も濃く。鮮やかな色彩が葉の緑に負けないくらい艶やかで。ころんと丸いその形は日溜まりの子猫の様に愛らしく、そのくせ熟れた様に重いから、たわわに実った果実の様なその花は、風が吹くたびに鈴の様にしなる。
その姿を思い出し、うっとりと微笑んだ。
現実を美しいと思った。
「あれを見るたびにお前の事を思い出すんだ。今年の桜は母に漬けさせよう。1ヶ月も有れば漬け上がるから、百か日を過ぎる頃には出せる。」
まるで女の様な言葉。いぶかしく思い首を傾げると
「さんざん考えてきた。俺なりのくどき文句だよ。結納の席で桜湯で飲もう。」
そのくせ私の返事すら聞かず。満足そうに微笑んで、穏やかな寝息をたて始め、その心地よいリズムが私を眠りに誘い込んだ。
その夜の夢は、桜。花開き、実を結び、やがて根を張り大地に深く根付く。花びらは私の上に禊のごとく降り注ぎ、欲を無に浄化してくれる。そんな夢だった。
桜ノ宵ニ Fin
ここまでおつき合い頂きありがとうございました。
書き終わってから言うのもなんですが “ 女のエロス 始めました ”
とかうたっていたにも関わらず、見切り発車で自信が無かったんだったりして・・・。
とりあえず 自分なりに エロス 意識してみました。
ま、それなりに好いんじゃない、と思ってもらえると嬉しいです。