3-2.「白薔薇」
紅茶専門店「白薔薇」は駅前の一等地にあり、茶色いレンガを積み上げた壁に、高い煙突が特徴的な建物だった。入口には、本日のおすすめの紅茶が書かれた看板だけが置かれていて、値段などがわかるものは何処にもない。
「お、今日の紅茶は西ラスレのか。珍しいな」
ルノはそう言いながら扉を開ける。後ろからついてきた双子が小さな感嘆符を上げるのを耳で捉えると、満足げに微笑んだ。
外からは二階建ての建築物に見える店だが、中の造りは非常に変わっている。
「いらっしゃいませ」
メイド姿の店員が丁寧な口調と共に姿を見せる。
「三名様ですね」
「五段の席が空いていたらお願いしたいんだがね」
「はい、ご案内します」
店の入り口からは店内が全て一望出来るようになっている。まず最初に目につくのは、入口から下へと延びる階段だった。綺麗な曲線を描いた階段を下りていく途中で、アリトラがルノの服の裾を引っ張る。
「伯父様、ルノ伯父様」
「どうした」
「このお店ってこんな形してるの知らなかった。大きな階段みたい」
「変わってるだろう?昔、小さな劇場だったところを改装したんだ」
それはアリトラが言った通り巨大な階段のようだった。
外からはわからないが、店は地下までスペースがあり、そこに五つのフロアが階段状に作られている。それぞれのフロアはスロープと階段により繋がっているが、フロアごとに椅子や装飾品が異なり、見た目にも華やかだった。
「フロアによってサービス料が違ったりするんですか?」
「いや、基本は一緒だな。各フロアで全く違う内装にしたりもするから、そういう時は最低五回は来て、全フロアを満喫する」
「伯父様、すごいですね」
無邪気な感想を述べるリコリーにルノは肩を竦める。
「安い紅茶を飲んで帰るだけだ。大したことない」
「でも此処の紅茶、結構高いって聞きましたけど」
「まぁ高級嗜好だからな。フィンだと一、二を争う良い店だ」
五段目、つまり一番上のフロアまで辿り着く。リコリーは少し息を切らせていたが、アリトラは余裕の表情だった。
「け、結構距離ありますね」
「最初の階段が地下に向かうから、この五段目のフロアは距離が一番遠くなって、人気がないんだ。けどその代わり他のフロアよりも提供が早い」
それにしても、とルノは呆れ顔でリコリーを見た。
「運動神経についてはもう諦めたが、基礎体力ぐらいはつけろ」
「この前ジョギングしたら、足を挫いてしまって……」
「お約束すぎるな」
柔らかい革張りのソファーと、脚のしっかりした高級なテーブルの場所へと案内された三人は、それぞれ腰を下ろした。
「会員証はお持ちでしょうか」
「あぁ」
ルノが魔法陣が刻まれたカードを渡すと、店員は注文を取るための手のひら大の装置を取り出す。黒い箱のようなそれにはカードと同じ魔法陣が光っていた。
カードを箱にかざした後、店員は丁寧にそれを元に戻す。
「セルバドス様、前回ご来店時にお作りしましたブレンド茶が、そろそろ期限となりますが」
「あー……。じゃあそれを。連れには別のを飲ませたいから、後でまとめて注文を取ってくれるか?」
「畏まりました」
「それと、今日はドーナッツはあるかな」
「はい、ご用意出来ます」
「ありがとう。決まったら呼ぶよ」
店員が席を離れると、ルノはメニューを広げた。町中の喫茶店のような、紙をただ束ねたものではなく、まるで一冊の本のような装丁をしている。
「わぁ、可愛い。遊び紙までついてる」
「箔押しの手法からして、ミーズ工房のかな」
「お前達、見る場所が違うぞ」
はしゃぐ二人を嗜めて、ルノはその美しいメニューの文字をなぞる。
「このあたりが初心者向けだな。ブレンドも出来るが、まずは普通に飲むのがいいだろう」
「さっき言ってましたけど、ブレンドってなんですか?」
「要はオリジナルの配分で紅茶を作ることさ。俺はヤツハ茶を混ぜたものが好きでな、それを月に一度作って貰っている。一ヶ月しか保管出来ないから、そろそろ保管期限が切れると教えてくれたというわけだ」
双子は感心したようにルノを見る。超高級店というわけでもない、高めの専門店と言うだけであるが、そこの常連であるルノが双子には格好よく見えていた。
「アリトラは少し落ち着いた味のほうが合うんじゃないか」
「んー……、この東ラスレのは?」
「おぉ、なかなかいい趣味だな。これは少し甘いから砂糖なしでも十分に飲める代物だ。癖も少ないから気に入ると思うぞ」
「じゃあこれ」
「伯父様、僕はさっき看板に出てた、西ラスレのが気になります」
「あれか……高いけど、まぁいいか。お前も制御機関の人間になったことだし、ちょっとした贅沢も覚えていかないとな」
ルノは少し離れた場所で待機していた店員を呼んだ。
「ミリ・エディスタとサンガリオンを一つずつ。それとドーナッツを頼む。あれは一皿いくつだったかな」
「二つでございます」
「じゃあ一皿」
「かしこまりました」