2-5.廃墟の話し合い
第二地区の中心部にあるマズナルク駅には二つ改札口がある。一つは広場に繋がる大きなものだが、もう一つはその反対側にあって、利用者は少ない。
その人気のない改札を出て、少し歩いたところに一つの廃墟がある。昔は画廊として使われていたが、アリトラ達が子供の頃にオーナーが夜逃げして、それきりだった。
「おっじゃましまーす」
門の隙間から中に入ったアリトラは、画廊の裏側に回り込む。裏口は鍵がかかっているが、アリトラがドアノブを掴んで上下に動かしながら引っ張ると、あっさりと開いた。
「ロンー、いるんでしょー?」
声をかけると、人の気配がした。アリトラは中に踏み込んで、展示室を目指す。
小さい頃からロンは拗ねると、どこかに隠れてしまう子供だった。アリトラ達はそれを探しに行っては慰めることを、一種のライフワークとしていた時期があった。
大抵はリコリーが探してくれたが、この廃墟だけはアリトラの担当になっていた。気が小さいリコリーに、廃墟は刺激が強すぎる。因みに最初に此処に来た時、リコリーは悲鳴を上げて逃げ出した。
「あ、いた」
展示室の半壊した椅子に腰を下ろしているロンギークを見つけて、アリトラは近づいた。
「なんで追ってくるの」
「なんでって?」
「父さんに頼まれた?」
「マスターは関係ない。話が途中だから気になった」
「話?」
「猫の話」
ロンギークは呆気にとられた顔でアリトラを見上げる。それは別れ際に見たカルナシオンの表情にそっくりだった。
「それで此処まで来たの?」
「別にロンを探すの難しくないし」
「結構隠れる場所変えてるんだけど」
アリトラは腕を組んで、鼻で笑う仕草をした。片割れがするように、口元に微笑を浮かべながら首を少し傾ける。
「僕から見ればロンの隠れる場所というのは統計的に三つのパターンに分かれる。さらに天候やその日の格好などでも絞り込めるから、朝会った時点で、今日は何処に隠れるか推測するなんて朝飯前だよ。……って言うかな、リコリーなら」
「わぁ、流石双子。兄ちゃんそっくり」
「まぁ今日のはマスターが悪いけど、ロンだってサボってるのは事実なんだから、ちゃんと仲直りしなよ」
諭すように言ったアリトラに、ロンギークは気まずそうに頷いた。少し覇気のない声で心情を話し始める。
「……五年前に母さんが死んでから、父さんが何考えてるか、よくわからなくなっちゃったんだ」
「マスター、必要以上に喋らないからね」
「話してくれるかなと思って、わざと試験を手抜きしたりしたけど、全然何も言わないし」
「でも成績落ちたの知ってたし、無関心ってことはないんじゃない?」
「どうだろうね。俺は父さんやリコリー兄ちゃんみたいに優秀じゃないから」
自虐的な言葉に、アリトラは溜息をついた。
「魔法が全然ダメなアタシから見れば、嫌味にしか聞こえない。大体、マスターだって昔は母ちゃんのライバルだったらしいけど、今は超不味い珈琲作るだけのおじさんだし。リコリーだって運動神経は悪いうえに、料理は全く出来ない。それに何より背が低い」
ロンギークはその批評を聞いて思わず吹き出した。
「平均身長ないもんね、兄ちゃん。でも仕方ないんじゃないの?」
「ロンがマスターほど出来ないのも、仕方ないじゃない。前向きに諦めれば?」
「それが出来たら苦労しないよ」
「こっちは双子で、出来が全然違うんだよ。アタシのほうが悲惨。アタシのほうが同情されるべきだから、悩むのは禁止」
「無茶苦茶だなぁ」
「光る猫に比べたらマシ。というわけで話の続き」
アリトラは近くの椅子を持ってくると、ロンギークに向かい合わせになるように座った。