1-7.説教と懐柔
「いくら制御機関に入れないからって仮にも仕事中でしょう。上司への報告もなくアカデミーまで行くとは何事ですか」
「ごめんなさい、母ちゃん」
「ごめんなさい」
「いいじゃないか、シノ。お陰で被害を最小限に抑えることが出来たんだから」
「リノ兄様は黙っていて下さる?」
妹の声に、リノは首をすくめるようにして黙り込んだ。
制御機関の管理官長室で、双子は母親の前に座らされていた。来客用のソファーはクッションが柔らかいため、二人は仰け反らないように滅多に使わない筋肉を総動員して背筋を伸ばしていた。
「リコリー、貴方は制御機関の職員なんですからね。結果として良かっただけで、ただの私利私欲でアカデミーの研究員を訪れたり、その知識を借りることは許されません」
「はい、仰る通りです……」
「アリトラ。貴女は一般人です。本来アカデミーに入ることは許されないのを、リコリーの職業を利用して入り込んだ。下手をすれば刑務部に捕縛されても文句は言えない」
「その通りです。反省してます……」
「大体双子達は、この前あんな目にあったのに、もう少し考えて行動したり出来ないのかしら。二人でいると、いっつもこうなんだから」
リノの連絡により、魔法陣の故障の原因が判明し、そこに残留していた素体も回収された。あのまま原因がわからないまま修復していたら、大きな反射活動が起こり、更に大きな被害を生んでいたかもしれないということだった。
双子はリノと共に制御機関に駆けつけて、問題が解決したのを喜んだのも束の間、母親であるシノに捕まって説教をくらう羽目になった。
「シノ、それぐらいでいいだろう。双子だって悪気があったわけじゃないんだし」
「身内だからといって甘くしてはいけないのがセルバドス家の教えでしょう。リノ兄様も本来アポイントメントもない来客を容易に入れてはいけないはずです」
「いや……ボクは双子が来たから……。最近会ってなかったから、話がしたかったし……」
「そんなの、お兄様が普段からきちんと本家の集まりに顔を出していれば良いだけの話です」
思わぬ飛び火にリノは閉口する。年の離れた末っ子に強く出れないのは、リノだけではなく他の兄も同様である。だがその中でも一番年が近いリノは、こういう時の妹に反論しないほうが良いことを身に染みてわかっていた。
「ラミオン軍曹の申し出は断りなさい。いいですね」
「えっ」
「そんなぁ。お肉食べたかったのに」
二人は揃って悲痛な声を出したが、母である女は冷たく却下を下した。
「食べ物関係だと途端に見境がなくなるのは、貴方達の悪い癖よ。反省なさい」
「はい」
「はーい」
「では行ってよろしい」
双子が落ち込んだ様子で部屋を出ていくと、シノは大きく息を吐いた。
「最近あの子達の好奇心がどんどん強くなっている気がするわ」
「その、悪かったよ……。ボクが軽率に招き入れたから」
「もういいわ。そこまで怒っているわけではないし。けど、もうあの子たちも大人と言われる年齢なのだから、今までのように甘い対応はやめて頂戴」
「わかった、わかった。今日みたいなことはこれっきりだ。約束するよ」
苦笑いをしながら言った兄に、シノはあまり似ていない顔で笑い返す。
「あとついでに約束して欲しいことがあるのだけど」
「なんだろうか」
「今度、本家に戻る際にはヤツハ牛の上等な肉を持ってきてくれないかしら」
「なんだって?」
「今回の件で第一研究棟の人たちから実験用の敷地や権利を取り戻せるんでしょう?安いものじゃない。双子も喜ぶわ」
お前も十分身内に甘いじゃないか、と言いかけてリノは言葉を飲み込んだ。シノに全くその自覚がなさそうなのが余計に性質が悪かった。
END