1-6.停電の夜の出来事
「初等科の教科書としては及第点だね。簡単な話が両者の魔法の間に壁を作る。そうすることで複数の魔力を問題なく発動できるわけだが……、これが困ったことに制御魔法陣は制御したい魔法によって種類が分かれている都合上、余剰魔力があって、複数を設置することが困難なんだよ」
「その実験だったんですか?」
「あぁ。彼らが考えたのは、同じ属性の魔法陣で魔力を交互に反射させて実質的に両者の間の干渉値をゼロにする方法だったみたいだ。けど、ボクのプラズマがそこに突っ込んじゃってね。電気系統に作用して停電させちゃったんだよ」
悠長に笑うリノに双子は呆れていた。研究者は総じて風変りだとは言われているが、万一同じことが制御機関で起きれば反省文どころでは済まない。気の弱いリコリーであれば、仕出かした瞬間に胃に穴が空く。
だがリノは「洗濯に失敗してタオルを真っ赤にしてしまった」くらいの軽さでその話をしていた。
「停電、ですか」
「いやぁ、びっくりしたね。急に停電になったから何かと思ったら、隣にいた研究員がやってきて「セルバドス教授!今何をしましたか!」と来たもんだ。あぁやってすぐに他人に問題をなすりつけるのはよくないね。この場合は犯人はボクだったんだけど」
「はぁ」
「三階が暗くなった後に四階も何やら騒ぎになったから、あっちも遅れて停電したようだな。ざまぁみろ」
「停電の理由は、プラズマが直撃したためですか?」
深く指摘はしないことに決めたリコリーが尋ねると、リノは肩を竦めた。
「そのぐらいで停電するならアカデミーは毎日停電だね。問題は制御魔法陣だ。さっきも言った通り、彼らは複数の種類の制御魔法陣を使っていた。そしてそこに「同じ属性の魔法陣の間を往復する」魔力の塊を放り込んだんだ」
「えーっと、例えば水用の魔法陣が二つあったら、その間だけ往復するってことですか」
「そうだね。実験用に魔力だけ使うのをアカデミーでは「素体」という。素体の反射率から新しい魔法陣の構築を考えようとしたらしい。で、緻密に計算して魔法陣を配置していたんだが、そこにボクのプラズマが突っ込んだせいで、経路が崩れてしまったようでね。ありもしない方向に素体が飛び出してしまったのさ」
暢気に話す様子にリコリーは呆れていたが、あることに気が付いて小さく声を上げた。
「どうしたの、リコリー」
「………伯父様のプラズマが原因なんじゃないのかな」
「どういう意味?」
理解出来ずにいるアリトラに、リコリーは自分の考えを話し始めた。
「まず伯父様がプラズマを放つ。それが隣の部屋に突っ込んで、電気系統を破壊する。真っ暗になったら、まずすることってなんだろう?」
「うーん……少しでも明るくするためにカーテンを開ける?」
「そう。すると外からはまだ消えていないプラズマが見える。リャン大尉はそれを見て、火の玉だと思い、アカデミーの柵を両手で掴んで、細い隙間から中を覗きこむ」
指を揺らして、火の玉の軌道を描くようにしながら、リコリーは続けた。
「反射魔法陣によって四階の実験室に素体が突っ込んで、そこでも電気系統を破壊。やっぱり窓のカーテンを開くよね」
「……それで外からはいきなり燃えたように見えたってこと?」
「うん。酒に酔った状態で柵の細い隙間から見れば、遠近感なんて殆どなくなるから誤解もしやすい。素体はその実験室で使っていた魔法陣に反射して外に飛び出した。それをリャン大尉が受け止めたとすれば……」
「リコリー、それはちょっと強引かな」
リノが眼鏡を外して、レンズの汚れを服の裾で拭いながら言った。あまり丁寧に扱っている様子のないレンズは細かな傷が沢山ついている。
「実験棟から素体が飛び出すのは窓などを開けていない限りはあり得ないよ」
「そうなんですか?」
「だって危ないしね。ちゃんと窓にも専用の魔法陣が仕込まれている」
「逆に言うと」
アリトラがふと口を挟んだ。
「窓が空いてたら外に出ちゃうの?」
「そうだけど…、窓を開けなきゃいけない実験なんてあの日はしなかったよ。実験棟で停電なんて珍しいことでもないから、わざわざ窓を開けて外を見る人なんていないしね」
「でも火を使ってたら窓開けない?」
「四階で使っていたのは脅し火。本物じゃないから換気は要らないよ。大体本物の火魔法を使うなら専用の部屋があるし」
新しいロールサンドを物色しながら答えるリノは、しかし続いてのリコリーの言葉に手を止めた。
「本当の火魔法だったらどうなりますか」
「………どういう意味だろう」
「素体は同じ制御魔法陣の間を反射しながら移動する。四階に飛び出した素体が最初に接触するのは、そこで使われていた魔法陣です。もし四階では脅し火ではなく本物の火が使われていて、その制御魔法陣に反射したとしたら」
物色をやめた手を顎に運び、リノは無精髭を撫でる。
「………次に行く先は……外の街灯か」
「電気系統を破壊するほどの素体です。実験用でもなんでもない街灯の魔法陣に衝突したら、確実に街灯は破壊される。中に蓄積されていた着火用の魔力が零れ落ちて、リャン大尉は本能的にそれを受け止めた」
水平に飛んで来たものではなく、垂直に落ちて来たものだとすれば、リャンが咄嗟に受け止めたことにも理由がつく。
軍人であり、最強の剣士の一人でもある彼女は酒で酩酊しながらも本能的にそれが「火」であることを認識した。軍人であればその次の連想は、燃えているものイコール火薬となっておかしくはない。
爆弾などの類が足元で爆発することを恐れたリャンは、それを掴んで遠くへ投げ飛ばしたと考えられる。
「……ということだと思います」
「なるほど。更に火傷をしたことでそれが直前まで見えていた「火の玉」だと思い込んだというところか」
リノは愉快そうに口角を吊り上げた。
「なるほど、なるほど。脅し火があんなに早く完成するなんて妙だと思ったんだ。奴ら、軍から資金を得るために先走ったな」
「本当は使えないのに使える振りをしたってこと?」
「まぁ少しは使えるんだろう。だけど実用レベルじゃないから、その分の補填に本物の火魔法を使ったというところか。これはちょっとしたスキャンダルになるかもしれないぞ」
「ちょっとした、では済まないかもしれないです」
リコリーは神妙な表情でリノの歓喜を遮った。
「伯父様、実は制御機関の魔法陣が壊れてしまったんです。今日の朝」
「……なんだと?」
「ここと、制御機関の街灯は同じものですよね?もしかしたらその素体が反射を繰り返しながら制御機関まで行ったのかも」
「街灯、建物の正面にも裏にもあるし。突き抜けて行った素体がぶつかっちゃったとしたら?」
リノは大きく目を見開き、そして双子が見たこともない素早さで席を立つと外に飛び出していった。