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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+GrimoireEater [魔導書喰い]
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8-14.魔術師 対 魔導書喰い

 西区の外れに転移した女は、痺れの残る足を引きずるようにして国境を目指していた。隣国に逃げ延びれば、何度でも復讐の機会はある。

 当初はキャスラーだけを狙おうとしたが、それだけでは復讐心が収まらない。あの二人も殺してやろうと、女が決意した刹那だった。


「何処に行く、魔導書喰い」


 女の目の前に、黒いニット帽とマフラーで顔を隠した男が現れた。

 まるで宙に透明な棒でもあるかのように、逆さ吊りで現れた相手に驚いた女は二歩後退する。


「やっと現れたわね、「魔術師」。随分遅いじゃない」

「私ももう年だ。あまり無茶を言われても困る」


 マフラー越しのくぐもった声で答えながら、キャスラーは唯一露出している目で睨み付けた。


「私の子供を傷つけた罪は重いぞ」

「それが貴方の罪の代償なのだから、甘んじて受け入れることね」


 女は本を開くと、巨大な魔法陣を発動した。機械細工のようにいくつもの魔法陣が組み合わさって出来たそれは、キャスラーを目がけて漆黒の炎を放つ。

 命あるものを全て燃やし尽くさんとするかのような炎を前に、キャスラーは溜息をついて右手の指を鳴らす。一本の太い雷が虚空から落ちて、魔法陣ごと炎を消し去った。


「くだらない。マズル魔法では私には勝てないと、母の死を見ればわかっただろう。彼女は比較的賢かったが、お前は色々と才能がないな」

「知ったような口を叩くな!お前が私の母を殺したくせに!」

「そんなことは私の責任ではない。彼女も私も犯罪組織に身を置き、数々の命を奪って来た。誰に殺されようと文句を言える立場でもない」

「母を犠牲にしてのうのうと生き残ったお前に言われても、何の説得力もないわよ」

「そうか。別に説得するつもりなどないから安心しろ」


 逆さ吊りのまま平然と答える様子は、女のことなど歯牙にもかけていないようだった。


「幹部の似顔絵をバラまいたのは、お前だな」

「えぇ、本来顔を知られていないはずのお前の絵が出回ったとなれば、気になって調べに来ると思ってね。でも思わぬところであの少年が現れたから」

「そちらを取ったか。馬鹿な女だ。焦らずに地道に探していればよかったものを」

「私を馬鹿と言うなら、貴方だって人のことは言えないでしょう」


 女は本を握りしめたまま、半笑いを浮かべる。


「自分にそっくりな息子をそのまま野放しにしておくなんて」

「あれは誤算だった。あそこまで似るとは思っていなかったからな。一緒に生まれた娘は私には殆ど似なかったのに」

「………え?」


 キャスラーの言葉に、女は笑顔を張り付けたまま固まった。

 その目の前で、キャスラーはマフラーと帽子を脱ぐ。アリトラと同じ青い髪が外気に触れて、小さく揺れた。


「さようなら、愚かな魔導書喰い」


 キャスラーが右手の指を鳴らすと、女の真下の地面が裂けて大口を開けた。女はそれに反応することも出来なかった。自分が見ているものが信じられずに唖然としたまま、声一つ上げることなく、裂け目に落ちていく。

 そこには後悔も憎悪も絶望もなく、ただ虚無だけがあった。

 女と本が深い闇の中に落ちた後、裂け目は咀嚼するかのように何度か動き、やがてその口を閉ざす。後には数秒前と変わらない景色が残った。

 キャスラーは宙を蹴って地面に降りると、それを冷たい目で見下ろしていたが、後ろから話しかけられて振り返った。


「残酷なことをするね、七番目」

「……あの子たちは」

「無事だよ。刑務部の若い連中が来たから、預けてきちゃった」


 ミソギは地面を見下ろして、それから傍に立つ男、双子の父親のホースル・セルバドスを見た。


「でも安心したよ。あんた、まだ根っこはキャスラーのままなんだね」

「何の話だ」

「あの双子を見ていると、偶にあんたが善人に見えてくるんだ」

「私はあの子達の父親で、それ以上でもそれ以下でもない」

「まぁなんだっていいけどね。あんたが俺達の敵に戻らない限りはさ」


 ホースルはそれをまるで他人事のような顔で聞いていたが、ふと我に返ってミソギを呼ぶ。


「疾剣」

「なんだい」

「此処に来るまでの交通費は、お前に請求したらいいのか」

「出すわけないだろ」

「冗談だ」


 ホースルはミソギに対しては珍しい柔らかい笑みを浮かべ、踵を返した。


「帰るのかい?」

「リコリーが腹を空かせているだろうからな。好物を沢山作ってやらないと」


 かつてその力で人々を恐怖に陥れたキャスラー・シ・リンは、しがない自営業であるホースル・セルバドスとして帰路に着く。

 今しがた一人の人間を葬り去ったことなど、とっくに忘れているであろう後姿を見て、ミソギが溜息をついた。


「一回痛い目見ればいいのに」


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