8-2.西区の仕事
「西区に、ですか?」
ある店に対して魔法陣の許可を認める書類を手に、リコリーは首を傾げた。手渡した先輩魔法使いは溜息をつく。
「そうなんだよ。一枚入れ忘れちゃってさ。どうしても今日中に欲しいっていうけど、それを正規の封書にすると今日中には届かない。かといってこっちのミスじゃ強気にも出れないってわけ」
「あぁ、そういうことですか」
「だから、悪いんだけどさ。俺の代わりに西区に行ってそれを届けてきてくれよ」
「今からだと……」
リコリーは壁にかかった時計に目を向ける。昼を過ぎたばかりだが、中央区から西区へは一時間ほどかかる。書類の受け渡しなども併せると往復三時間。少し微妙な時間でもあった。
「あぁ、なんなら直帰してもいいぞ」
「直帰?」
「仕事終わったらそのまま家に帰っていいってことだよ。セルバドス、別に抱えてる仕事ないだろ?」
「えっと、美術館の点検が」
「それはヒンドスタに行かせるからいいよ。あんまり急いで往復するもんでもないし、ゆっくり帰れって」
なっ、と肩を叩いて先輩魔法使いはその場を去る。リコリーは書類と一緒に渡されたメモに書かれた住所を見て、思わず目を瞬かせた。
「あの店の近くだ」
書類を一枚届けて、気になっていた店に立ち寄る。仕事のことは気にしなくても良い。それはリコリーにとってとても魅力的なことだった。
そうと決まれば即時行動。書類を荷物に入れて外出の準備を整えたリコリーは、足取りも軽く法務部を出る。
魔法動力のエレベータを使って一階に降りると、建物内のカフェで働いているアリトラに出くわした。
「あれ?帰るの?」
「西区に仕事で行くんだ。帰りはいつも通りか、少し遅くなると思う」
「わかった」
いってらっしゃい、と見送られて制御機関を後にしたリコリーは、其処から一番近いマズナルク駅に向かって歩き出した。