7-7.最後の客
「まぁいい。俺も刑務部じゃないから情報保持違反にはならないしな。……まず一人目は新聞記者。新しいスーツを仕立てて、それを取りに来たそうだ。時間は十一時頃だと言っている。他の店に寄らずにそのまま家に戻ったから、今のところ目撃証言はない」
「家に戻ったってことは、その人も休みだったってこと?」
アリトラが確認すると、カルナシオンは少し考え込む。
「夜勤明けと言っていたな。だから一応休みなんだろうが、あぁいう職業は休みなんかあってないようなもんだし、そこはよくわからん」
「記者で夜勤ってあるの?」
「ほら、時々新聞とかに博物館や美術館の写真が上がってたりするだろう。人が誰も映ってないやつ。あれは早朝や夜に撮影してるんだよ」
「あ、なるほどね」
「それに新聞ってのは鮮度が命だから、いつでもスクープを取れるように泊まり込んでいるのも珍しくないようだし。えーっと、もう一人はホテルの従業員。第一地区にある大きなホテルがあるだろ?あそこに勤めているらしい」
「その人もスーツ?」
「いや、シャツを新調したんだと。ホテルマンってのは細部までよく見られるからな。制服の下に着るシャツに金をかける奴も多い。その場で袖を通して帰ったとかで、まだ新品のを着ていたぞ」
カルナシオンは煙草の先の灰を灰皿に落とす。
そもそも仮にも珈琲店のマスターが喫煙者というのが、店で出される珈琲の不味さに一役買っているのだが、カルナシオンは昔から喫煙者であるため、なかなか禁煙成功の兆しがない。
「そいつも十一時ごろに来たって言ってたな」
「じゃあマスターは?」
「俺か。俺も十一時ごろなんだよな」
それを聞いたリコリーは、口を半開きにした。口の中にまだ残っていたパンが落ちないようにすぐに閉じたが、そのせいで愛嬌のない顔が一層険しくなる。
「全員同じ時間帯ってことですか」
「そうなる。因みに俺も特に何処にも立ち寄っていないし、通りに人がいなかったから証言の裏は取れないな」
「マスター、ついに」
「ついにとはなんだ、失礼な奴だな。お前のほうがよっぽど犯罪者面してるぞ」
気にしていることを言われたリコリーが、傷ついたと言いたげに視線を伏せる。その手にはまだ口に入れていないパンがあったが、アリトラがそれを横から取って口に入れた。
「マスター酷い。リコリー、こう見えて繊細だし、こんな顔してるけど優しいところあるのに」
「アリトラ…フォローしてないよ」
「で、マスターが店に行った時には仕立て屋さんは生きてたの?」
片割れの嘆きをあっさり無視したアリトラに、カルナシオンも慣れた態度で応じる。
「生きてたに決まってるだろう。俺は犯人じゃないし、既に死んでいたとしてもすぐに刑務部に通報するさ」
「犯人もそう言うと思う」
「喧嘩売ってるのか。給料下げるぞ。ま、他の二人も仕立て屋は生きてたって言ってたけどな。どうだか怪しいもんだ」
「なんで?何か怪しい言動とかあったの?」
カルナシオンは煙草を揉み消すと、残っていた煙を口から吐き出す。
「雨だよ」
「雨?」
「二人が言うには雨が降っていたらしいんだ、その時間帯に」
「………あ」
アリトラは窓についていた水滴を思い出した。
「確かに雨が降った跡はあったかも」
「アカデミーの気象観測魔法陣には、十分以下の気象変動は登録されない。その雨も十分以内に止む、突発的な雨だったようだ。だから正確な時間はわからないが、商店街の中でも何人かが雨があったことを証言している」
「それの何が問題?」
「二人とも仕立て屋の店内での様子を、こう証言しているんだ。「仕立て台の上にはコートしかなかった」ってな」
そこで漸く、心の傷を修復したリコリーが話に加わった。
「つまりマスターが最後の客だったって言ってるんですね?」
「そうだ。けどな、二人が同じ証言な以上はどちらかが嘘をついているってことになる」
「マスターは仕立て台の上は?」
「見てない。というか覚えていない」
非常に大雑把な性格をしたカルナシオンらしい言葉に、双子は溜息をついた。