7-4.殺された仕立屋
軍服の男が背筋を正してそう言えば、通りにいた野次馬たちは何度か頷いてそれに従う旨を表わす。特にミソギの肩書であるところの十三剣士隊というのも、この場合大きな効力を持っていた。戦場で死神と恐れられる彼らに逆らう気質など、軍人ならとにかく民間人にはないに等しい。
仕立て屋は狭い間口に外開きの扉が一枚と、ショーウィンドウが設置されており、扉は半分開いたままになっていた。冬になると雪が多くなるこの国では当然の措置として、地面からドアまでを石段が繋いでいる。
ミソギは注意深く中に入ると、すぐにその遺体を見つけて眉を寄せた。ドアから奥の仕立て台までを細い通路が通っており、左右を仕立てあがった服や、まだ鋏も入れていない織物が並んでいる。遺体はその通路の中央に大の字になって倒れていた。
足を入り口側に向けているので、ミソギからはその靴裏の溝までしっかりと確認できた。
年のころはミソギよりも年上だということは明らかだが、死に顔が歪められているために正確な年齢はわからない。首からメジャーを下げた、如何にも仕立て屋の風体をしており、白いシャツは胸元に突き立てられたナイフのために真っ赤に染まっている。
「心臓を一突きか。ちょっと右側だけど、まぁ致命傷だね」
血は少し茶色く変色しており、刺されてから少し時間が経っていることを示している。
「他に外傷がなく、争った痕跡もない。顔見知りの犯行かな」
遺体を避けて奥の仕立て台まで向かうと、そこには注文票がいくつか並んでいた。仕立て屋の店の名前と針と糸の絵が印刷されたそれらは皺一つなく整然としていた。
注文票は仕立て上がりの日と受け取り日時が書かれており、いずれも今日が受け取りとなっている。そしてその全てに同じ筆跡でチェックがされていた。これはつまり、注文票に書かれている受取人が今日来たことを表している。
ミソギは一度店に外に出ると、騒いでいた女の方に目を向けた。既に静かになっていたが、胸元を抑えて短い呼吸を繰り返している。傍で落ち着かせていたらしいアリトラが顔を上げた。
「どうでした?」
「亡くなっているよ。そちらのご婦人は?」
「ちょっと落ち着いたみたい。おばさん、大丈夫?」
アリトラが心配そうに尋ねると、女は白髪の少し目立つ茶色い髪を手櫛で掻きあげて溜息をついた。
「大丈夫よ、アリトラちゃん。ちょっとビックリしちゃって」
「あれ、お知り合い?」
「父がよく、おばさんの店でお砂糖を買うんです。ほら、そこのお店」
仕立て屋の向かいをアリトラは指さした。青い外壁をしたその店は砂糖の専門店だった。壁には名だたる名店が御用達にしていることを示すプレートが掲げられているが、先ほどの爆風の影響か一つ外れて中途半端にぶら下がっている。
「大きな音がしたでしょう?仕立て屋さんのほうから聞こえてきたから、何かあったのかもしれないと思ってお店に行ったのよ。声をかけても返事がないし、それで中を見たら……あぁ……」
「仕立て屋さんの方から聞こえたということかい?」
ミソギが問うと、女は何度か頷いた。
「うちは真向いですからね。まず間違いないと思いますよ」
「……その時、誰か出てきたりは?」
「いいえ。このあたりは専門店が多いのもあって、店先に品を並べたり、外に出て呼び込みをするところは少ないんです。パン屋さんぐらいかしらね」
女が野次馬の方を振り返ると、白い肌のふっくらとした女性が首を左右に振った。
「お昼時ですもの。お店にお客さんが沢山来ていたから外には出てません。昼前はうちは配達が主で、店舗には一人だし」
「それもそうね」
「それより、さっきの音はなんなんですか?まさかガスとかじゃないですよね?」
パン屋らしい心配をした女に、ミソギは困った顔をした。
「それが中は爆発が起きたような痕跡はなかったんだよ。仕立て屋だから中は可燃性のものばかり。でも焦げ跡一つ見つからなかったよ」
「それに他のお店も爆発なんて起きた様子ないし」
アリトラが左右を見回して呟いた。それぞれの店から店主らしき人間が窓やドアから顔を出しているが、そのいずれもこの騒ぎの原因を全く掴めないでいるようだった。
「中には、えっと死体だけなんですか?」
「あぁ。正面からナイフで刺されていて、ほぼ即死。ただ血の状態と、中にあった注文票から考えて午前中に殺されたと思うよ」
「注文票、ですか?」
ミソギが仕立て台に置かれていた注文票の話をすると、アリトラは納得いったように頷いた。
「じゃあその中で最後に取りに来た人が怪しいかも?」
「そういうことになるね。注文票は三枚あった。ちょっと字体に癖があって読みにくかったけど、一人知っている名前があったよ」
「誰?軍の人?」
アリトラの問いにミソギはゆっくりと首を横に振った。
「カルナシオン・カンティネス。君の勤めているカフェのマスターだよ」