6-5.不自然な一人
「あのお店は、中央区以外からも客が来ることで有名。特に紅茶の専門店は薔薇のスコーンが絶品」
「食べたことあるの?」
「リノ伯父様がそう言ってた。高級店だから、アタシ達には縁がないけどね」
「まぁ僕たちみたいな年齢が入るお店じゃないよね。第四地区から来てるっていう若いお客さんもそういう理由かな?」
劇団員というのはレッスンや劇の練習で時間を大幅に取られるため、生活に困窮している者も珍しくない。アリトラのいる店でも、そういった面々がよく現れる。
「他の喫茶店で頼まれて…っていうのは三人とも有り得そうだね」
「盗聴器が絡むから大事に思えるけど、新規店の偵察っていうのはどこの飲食店でもやっている。アタシも何度か行かされたし。顔が割れている場合は、別の人を雇ってまで偵察に向かわせる店も珍しくない」
「顔が割れているって?」
「同業者っていうのはなんとなくわかる。それに飲食店の場合は人当たりがよくないと商売にならないから、周辺のお店にも頻繁に挨拶とか行っていて、「どこそこの店の店長はこういう人だ」って認識されていることが多い。だから店長自ら偵察に行くと警戒されちゃうから、全然面識がなさそうな人を雇う」
「なるほど…色々あるんだね」
「だから誰が犯人でもおかしくはないんだけど……。一人だけ不自然な人がいる」
「あぁそう。………え?」
驚くリコリーに、アリトラは瓶を揺らして見せながら悪戯っぽく笑った。
「今日は雨だよ、リコリー。雨なのに変な行動した人がいたでしょ」
「変な行動……?」
リコリーは三人のことを必死に思い返す。頭の中では目まぐるしく、数時間以内の記憶が反芻された。
「退役軍人?雨なのにわざわざやってきた」
「あの人は一番怪しくないよ。だって来る日が決まってるんだもん。自分が店に来る日が雨になるまで待ってたら盗聴の意味ない」
「あ、そっか。じゃあ……花屋さん?雨なのに真珠のネックレスして妙にお洒落だった」
「ホテルにお花を納品する時って、まぁ裏口から入ることが多いけど、他の客に見られてもいいように身ぎれいにしていることが多いよ。綺麗なお花を持っている人が貧相な格好していたら、ちょっとバランス悪い」
「じゃあ…劇団員?」
「あの人、劇団員じゃないと思うな。嘘ついてるよ」
あまりに堂々と言い切った片割れに、リコリーは口を尖らせる。
「どうしてわかるんだよ」
「他の二人はね、お店に入ってから雨に濡れた手を拭いたり、髪を整えたりしてた。でもあの人は席に座るなり本を読み始めた。手が濡れてなかったってこと。それに眼鏡も拭かなかった。ということはものすごーく近くから来たんだと思う」
「近く?」
「老舗の珈琲店、『伯爵の庭』」
女性とリコリーは驚いた声を出した。
「まさか」
「だってあそこからここまで、アーケードで繋がってるんだよ。アーケードの下通れば手も顔も濡れないし。わざわざ劇団員なんて嘘ついてたなら、最初からずーっとチャンスを狙ってたってことになるよね」
「でも、相手は老舗です。うちみたいな新規店にわざわざ盗聴をする必要があるんでしょうか?」
「此処が新規かどうかはあまり関係がない。さっき言いましたけど、飲食店の偵察はよくある話です。『伯爵の庭』は老舗ですから、従業員の顔を知っている人も多い。だから効率よく偵察するための手段として、盗聴器を取り入れたと考えられます。此処は魔法使いがやっている店じゃないし、新規店だから立場も弱い。それで「実験」に使われた」
「じ、実験?」
「だって盗聴しただけじゃ、此処の珈琲やロールケーキのことはわからないし。大体あの自称劇団員の人、何度も来てたんでしょ?改めて盗聴する意味なんかないと思う」
実験台にされたと言われて、女性は唖然とした表情を浮かべる。リコリーも同じような表情をしていたが、当事者ではない分先に立ち直った。
「お前の推理が正しいとすると、その店は同じ手段をまだ使う可能性がある」
「そうだね。でも取り締まる法がないんでしょ?」
「確かに取り締まる法はないけど、このお店が可哀想だよ」
「それには同意。こんな美味しい珈琲とロールケーキを出すお店に酷い仕打ちだと思う。同じ飲食店として許しがたい」
食べ物が絡むと正義感が強くなるアリトラが意気込むと、リコリーは「そうでしょ?」と畳みかける。
「それにアリトラの推理が正しいか確かめたい」
「どうやって?」
リコリーはアリトラの手から瓶を取ると、さっきの仕返しのように笑みを見せた。
「僕は制御機関の魔法使いだよ。こんな魔法陣、すぐに解読出来る」
「何企んでるの?」
「企んでるとは酷いな。ちょっと意趣返しするだけだよ」