5-6.杯の行方
その問いかけに、リコリーは露骨に嫌そうな顔をする。
「僕を疑うの?」
「中の六人の身体検査をしたのはリコリーでしょ?検査される時に、体のどこかに杯を隠されたりしてないかなと思って」
「六人の身体検査が終わった後に、僕も中にいた刑務部の人にやってもらったけど、そんなものなかったよ。何ならここで脱ごうか」
「やめて」
冗談に真顔で返したアリトラは、膝の上に頬杖をつくようにして考え込む。
状況から考えると、階段の二人を除いた四人の中の誰かが怪盗Ⅴである可能性が高い。
犯行を行ったとすれば、あの照明が落ちた数十秒の間である。
アリトラは時計が鳴る前から此処にいたが、あまりに時計の音が煩くて耳を塞いでいたし、辺りが暗かったので何が起こっていたかはわからない。
時計の罠は犯人が仕掛けたものなのだから、犯人だけは冷静に行動出来たと考えられる。
「展示室の魔法陣のことを知っていたのって、中の六人だけ?」
「えーっと…魔法陣を作ることは、今日此処に来ている皆が知っていたよ。でも細かい仕組みについては、中にいる六人と僕だけかな。そのうち魔法陣が作れるのは、僕を含めて魔法制御機関の三人。軍人の四人は魔法は使えない」
「誰か、その左右の部屋の魔法陣を突破出来たりしないの」
「……軍の魔法部隊から借りて来た防御用の魔法陣だから、それは無理だね」
「となると……」
アリトラはふと思いついて、リコリーの袖を引いた。
「ねぇねぇ、中の人に色々話聞いたんでしょ。詳しく教えてよ」
「え?……まぁいいけど」
リコリーは仕事で使っている手帳を開くと、そこに展示室の見取り図を描いた。
「手前が僕たちがいるソファー。入って右側の階段を挟むようにして、手前に軍の人、奥に刑務部の人」
「反対側も同じ?」
「反対側は手前が刑務部の人で、奥が軍の人。丁度四人の間の道を、左右の部屋の軍人が往復するような形かな」
「リコリーの蔦はどこまで伸びたの?」
「左右の部屋まで。ちょっと大変だったけど、まぁなんとか出来たね」
「じゃあ蔦が届かなかった場所はないってこと?」
「少なくとも展示室については。まぁ怪盗Ⅴが空を飛ぶ能力を持っていたら話は別だけどね」
「天井ちゃんと見た?」
今度はアリトラが冗談めかして言うと、リコリーはだいぶ勿体ぶってから「勿論」と答えた。
「最初は天井まで蔦を這わせようかと思ったんだけど、美術品とか割ったら洒落にならないからやめたんだ」
「リコリーならやりかねない。天然だから」
「うるさいなぁ」
顔を赤らめるだけで本気で怒ることはない。双子にとって互いの欠点を揶揄うのは、愉快な遊びの一種である。
「刑務部の二人は、いざという時に魔法を放てるように瓶を握っていたらしい。でも時計の音に驚いて手を離しちゃったって言ってたから、もしそこで怪盗Ⅴを見たとしても対処は遅れただろうね」
「軍人は?」
「右側が銃器隊で左側が剣士隊。といっても武器を振り回すわけにもいかないから、持っていたのは練習用の殺傷能力のないものだった。銃も火薬で音が鳴るだけの物だしね。でも流石に訓練してるから、あの騒動の中でも警戒は解かなかったらしい」
「その時、何かの気配を感じたりは?」
「騒音ではっきりとは言えないけど、少なくとも正面の扉から誰かが入ってきたりはしていないし、出て行ってもいないと。二人とも同じ証言だから信用には足りる。大体僕が中に入るまで魔法陣は動いてたからね」
「階段の二人は?」
「えーっと、右の階段にいた軍人は、時計の音がしたからあわてて部屋から出て来たんだけど、真っ暗になっちゃって足を取られて転んだんだってさ。そこに蔦が這ったもんだから、結構窮屈そうな姿勢をしてたよ。でも誰も右の階段を昇降していないとは断言している。転んだ時に、足で階段を塞ぐようになってたから、誰かが暗闇の中で通ったら躓いていたかもしれないね」
「確かに」
アリトラは考え込みながら頷く。リコリーはそれを気にすることもなく話を続けた。
「左にいた人は右の部屋に向かう途中に騒音が聞こえたんだけど、その場で立ち止まって、犯人が通ったら捕まえるつもりだったみたい。
「武器は?」
「階段の二人は警棒を所持していた。どっちもちゃんと携帯していたよ」
「魔法使い二人の精霊瓶は?」
「確認済み。どちらも魔法を使った痕跡はなかったよ。そもそも四人が四人とも、照明が落ちる前と復旧した後で、お互いが大きく移動している痕跡はないって証言してたし…。四人は関係ないかもね」
「どうだろう?」
アリトラは難しい表情をして、展示室の中を見通すかのような視線を向ける。
「アタシ、杯の行方について一個考えていることがある。もしその仮説が正しいなら、怪盗は剣を持った軍人かもしれない」
「………どういう意味?」
リコリーが隣に座って身を乗り出す。
「盗まれたのはガラスで出来た器。無くなったと認識されたのは、台座から消えていたから。でもそれを大事に身に着けている保障なんて何処にもない。現にリコリーが身体検査をしたけど出てこなかったんだから」
「うん」
「台座からなくすには、手で掴むより早い手段がある。長い棒状の物で、杯を台座の上から払い落とすこと」
「う、……えぇ?」
混乱のあまり妙な声を出す片割れに構わず、アリトラは話を続けた。
「台座に一番近いところにいたのは、右側の魔法使いと左側の軍人。でも右側の魔法使いは魔法を使っていなかったから、容疑から外れる。左側の軍人は練習用の剣…棒状の物を持っていた。台座に駆け寄って払い落とすことが可能」
「で、でも大きな動きはなかったって」
「咄嗟に戻ったんでしょ。それに魔法使いや銃器隊はその場で立ち止まって攻撃をすることが多いから、動き回ったら不自然かもしれない。でも剣士は距離を詰める必要があるから、万一台座から引き返す途中で明転したとしても、「怪盗がそっちに逃げた!」とでも言えば言い訳はつくよ」
「でも銃器隊が銃で撃ち落としたとしたら?」
「練習用とは言え、撃てば火薬の匂いが残る」
「じゃああの軍人が……。でも杯が払いのけられたとしたら、それは何処に?」
「ガラスに似たものが足元に沢山あるでしょ?」
アリトラは自分の足に絡みついた氷の蔦を指さした。