7-12.廃王メルガンの謎
「結局その避難装置ってのは何なんだ? 外に続く抜け穴か?」
「多分そうですね。こういうのは小難しいものよりシンプルなのが一番です」
リコリーはそう返しながら、玉座を指さした。
「大理石で出来ていて、一見すると動かないように見えます。でも、この部屋で「王」を示すものはあれぐらいです。もしかすると、玉座の下に抜け穴があるのかもしれません」
「怪盗はそれを確かめるために、こんなことしたのか。暇だな」
身も蓋もない言い方をしたカレードだったが、アリトラが否定を被せた。
「それだけじゃない。『廃王メルガン』の肖像画が焦げているのも、怪盗が今度のことを仕出かした理由かもしれない」
「どういう意味だ?」
「焦げ方があまりに中途半端だし、隣接する他の肖像画が傷ついていないのが気になってた。いくらなんでも焦げた肖像画をずっと掲げたりしない。だからこれは革命時に出来た焦げ跡だと考えられる。しかも、故意にこれだけ攻撃した。革命軍ならそんなことしないし、そもそも廃王が誰だかもわからないと思う」
「えーっと……」
頭の回転が全く追いつかないカレードは黙り込んだ。だがそれにはお構いなしにリコリーがアリトラの言葉に続ける。
「つまり、廃王だとわかった上で攻撃した人がいたということです。あの革命の最中、謁見室まで来れて、しかも廃王の肖像画が誰かわかる人が、どうしてそんなことをしたのか。恐らく、急いで避難装置を動かそうとしたのでしょう。部屋を揺るがすほどの衝撃は与えられない。でも額縁の近くに攻撃すれば起動させることが出来る。でも変なところに焼け焦げた痕を残せば、他の人に仕掛けを勘づかれるかも知れない。大した人望もない廃王の肖像画はカモフラージュとして適役だったんです」
「急いでって、どうしてだい?」
「色々理由は考えられます。でもこういうのはどうですか? 第二王女を逃がすために、近衛隊長がこの仕掛けを動かした、とか」
この国最大の謎とすら言われる、王族の生き残り。
その秘密に絡んだものだと聞かされたミソギとヴァンは、思わず息を呑む。カレードだけはまだ状況が把握出来ていなかったが、それでも双子の顔つきから、それが重要なものであることは汲み取れた。
「じゃあ動かしてみようぜ、ギョクザ」
「腐った卵を動かしてどうするんだよ。でも俺も興味あるな。いいでしょ、エスト刑務官?」
四対の瞳がヴァンを指す。この場の責任者である男は、何度か唇を上下させた後に、仕方なさそうに頭を掻いた。だがその口元に浮かぶ笑みは隠しきれていない。
「特別だぞ」
数分後、五人は玉座の周りに立っていた。
床との接続部を確認したヴァンが、感心したような声を出す。
「こりゃ言われなきゃ気付かないな。玉座を大理石で切り出して、その切り出した元の石を利用して床に密着しているように見せかけてる」
ミソギは右側にしゃがみ込んで、玉座の手すり部分を確認する。結合部の補強は、前方への動作に耐えるように出来ていた。
「前に動くみたいだね。右や左に動いちゃったら、そこから逃げたのがすぐにわかっちゃうから、まぁ合理的か」
「セルバドス、どうだ?」
「矛盾陣ですね。かなり複雑ですが、他からの干渉は受けないみたいです。皆で押せば動かせると思います」
「押すだけでいいなら適任がいるよ」
ミソギがカレードに、玉座を押すように指示をする。背もたれの方に回り込んだカレードは、その鍛え抜かれた腕を玉座に添えて、力を込めた。
重い玉座が小さな音を立てて、徐々に前へと動いていく。魔法陣が時々起動する音も混じっていたが、それは玉座の動きを滑らかにするためのものだった。数分もかからずに、玉座が前方へ完全に動き切り、その下に隠れていた出入口を晒す。木の板が嵌めこまれていたが、それは朽ち果てていて、少し触っただけで崩れそうだった。
「開けるぞ」
緊張の籠った声で、ヴァンがそう言った。木の板に手を伸ばし、慎重に枠組みを掴む。土とカビの混じった匂いが五人の鼻腔を刺激した。この下には通路がある筈だった。その先は恐らく王城の外へ続いている。もしそれが証明されれば、第二王女が生き残った説が、ただの伝説ではなくなるかもしれない。
そんな緊張は、しかしカレードとミソギの声によりあっさり崩された。
「あれ」
「何もねぇな」
取り外された木枠の下には、土や岩が詰まっていた。辛うじてネズミぐらいは入れそうな隙間はあるものが、奥のほうは明かりもないためにどうなっているかわからない。
「革命軍の砲撃とかで中が崩れたか……それともその頃にはもうこんな状態だったのか。後者だとしたら、誰もここから逃げられなかったことになるね」
リコリーが悩みながら言うと、アリトラが不満そうに口を尖らせた。
「大発見だと思ったのに」
「でも謎のままにしておいたほうがいいこともあるよ。少なくとも今のままなら、王女様が死んだ証拠はないからね」
「そっか。じゃあそれでもいいね」
一度は落ち込みかけたが、すぐに機嫌を直したアリトラを見て、ミソギが苦笑する。
「双子ちゃんは人生楽しそうだねぇ」
「同意する。とりあえず、アカデミーには連絡しておくか。歴史的発見であることに間違いはないからな」
「怪盗はどうするの? 何も盗んでないにせよ。器物損壊はしているよね」
ミソギの言葉に、ヴァンは肩を竦めた。
「天井を壊したぐらいで捕まえるのも馬鹿らしい。もっと大きなものを盗んだ時のために取っておくさ」