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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Ruined country[亡国]
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7-7.疾剣VS大剣

 二人が同時に剣を抜いた。風が巻き起こり、肖像画が揺れて音を立てる。

 ミソギの方が抜刀は早かった。疾風に例えられる素早い剣筋は、自分よりも背の高い相手の首を狙って横に払われる。しかし刃の切っ先が肌を裂く直前に、ミソギは後方に跳躍して距離を取った。それと入れ違いに、カレードが振り下ろした剣が宙を薙ぐ。

 ミソギの剣は早い分、軽い。鉄を熱して鍛えた刃は、横からの衝撃には呆気なく折れてしまう。カレードの剣は重い分遅いが、殆どのものを叩き斬ることが出来る。


 性質の異なる二つの剣。それを使う二人は、訓練でも滅多に剣を合わせることはない。カレードが十三剣士に配属された理由から、ミソギがその監視役となった。しかしその枷が一度外れてしまえば、互いの剣を試したい欲求をとどめることは出来ない。


「あの、ここ貴重な物が沢山……」


 ヴァンの背中に隠れながら後輩が口を出す。だが、その言葉はミソギの上段からの袈裟斬りによって遮られた。右足を狙った攻撃に対して、カレードは脚力だけで真上に跳躍する。そのまま、部屋の中央に置かれたガラス製の展示ケースの上に着地。不吉な音と共にケースに亀裂が入る。


 カレードは身体能力が高いが、何かの武芸を学んだわけではなく、貧民街を生き延びるために手に入れたものである。従ってその行動原理は自らの命を守ることが先行し、周囲の被害など何も考えない。玉座であろうと宝石であろうと、カレードにとっては踏み台に過ぎなかった。


「死にたくなきゃ頭下げてろ!」


 照明を浴びて鈍く光りながら、剣が床へと振り下ろされる。ミソギはそれを後方跳躍して避けるが、カレードは剣が床に激突する寸前に力を抜いた。それによりミソギの着地と同時に剣が床に入り、振動を与える。

 ミソギは慌てずに、再度飛び上がることで衝撃を緩和したが、その表情は歪な笑みと化していた。目の前にいる相手を剣で屈服させたい。そんな欲が滲んでいる。


「馬鹿のくせに頭使いやがって」

「流石に力押しで勝てる相手じゃねぇからな」


 屋根の上から上官が声を掛けるのも、二人には聞こえていない。剣を構えて、互いににらみ合う。どちらかの呼吸がどちらかに重なり、一つの大きな息吹となった刹那、ほぼ同時に踏み込んだ。

 怪力によって振り回される剣の合間を、視認するのが難しいほどに素早い剣撃が走る。予測不能なカレードの攻撃に対して、ミソギはあくまで正統な攻撃で応じており、どちらが優勢でもない。

 ヴァンは暫く放心していたが、ミソギが払った剣が展示ケースを遂に壊したのを見ると、慌てて出入口にいる者たちに声を張り上げた。


「扉を開けろ!」

「で、ですが!」

「このままでは額縁どころか部屋がなくなる!」


 破れかぶれの言葉は半分以上本気だった。それを汲み取った職員達は、大急ぎで扉を開ける。

 部屋の空気の動きが変わったことに気付いたミソギが、出入り口の方を一瞥した。一瞬生まれた隙を見逃さず、カレードが剣を振り上げる。ミソギは正面からその攻撃をまともに迎え撃ったが、剣が折れるのを避けて、少し重心を後ろに傾けていた。


 ミソギの体はあっけなく吹き飛ばされて、展示室の外に叩きつけられる。カレードは床を蹴り、それを追った。金色の髪をなびかせ、翡翠色の瞳には闘志が揺らめいている。これが絵画の類であれば、見る者の感嘆を誘うかもしれないが、実際には刑務部全員が野獣でも見たような顔で硬直していた。


 ミソギに向かって振り下ろされた剣は、しかし下から突き上げられた片刃剣によって威力を削がれた。倒れたふりをしてカレードを誘い込んでいたミソギは、相手が十分な間合いに入るのを待っていた。そして、自分への追撃と同時に反撃に出た。


「だからさ、頭使えって言われてるだろ」


 体勢を崩したカレードの懐に入り込んだミソギは、口元だけを笑みの形にしたまま手を伸ばす。右手で襟首を絡めとるように握ると、左手で腰のベルトを掴んだ。

 カレードはミソギよりも二十センチ近く背が高い。また、その戦闘スタイルは重心が定まりにくく、体勢によって変動する。対面する敵にとっては戦いにくいが、肉弾戦となるとそれが仇となる。

 ミソギに追撃するために跳躍し、剣を振り下ろし、そして中断させられたため、カレードの現在の体制は重心が上に傾いていた。対してミソギは安定した速さを出すために常に重心は下に置いている。一度、相手の動きを封じてしまえば、後は容易だった。

 腕を引き、体を反らす。バランスを崩したカレードは、そのまま持ち上げられるような形で、前方へ倒れ込む。そこには磨き抜かれた窓ガラスが待ち構えていた。


 体が衝突すると共にガラスに亀裂が入る。

 カレードは先ほど屋根から落ちたことを思い出しながら、手から剣を離す。代わりに握りしめたのはミソギの右腕だった。


「てめぇも落ちろ……!」

「この馬鹿野郎が!」


 窓ガラスが割れると同時に、カレードは自ら窓の桟を掴んで体重を外へと掛けた。中に留まることも出来たが、今の劣勢を立て直すのは難しい。ならば一度この状況を無かったことにすればよい。それがカレードの戦法だった。


 短い罵りあいと共に、二人の剣士はそのまま窓の外へ落下する。

 この高さから落ちたところで、高い身体能力と戦闘技術を持つ剣士には何の問題もない。剣が無くとも戦う術を互いに知っている。

 着地すると同時に次の戦闘に入ろうとした二人だったが、その視線の先に恐ろしいものを見て血の気を失う。

 丁度、落下地点に置かれたベンチで、黒髪の少年と青髪の少女が何かを食べていた。


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