3-8.リコリーの解説
「今回のことは偶然に偶然が重なって起きた事故です」
「事故」
人が少なくなってきた演習場で、カレードはリコリーの言葉を繰り返す。
「そもそも、留め具というのは旗の装着時には外されるものです。違法のものなら、魔法部隊がそれに気づかないはずがない。ということは、魔法部隊にとってそれは怪しくもなんともないものです」
「お前、さっきと言ってること違うんじゃないか?魔法陣は隠れたところに書くだけで違法なんだろ?」
「えぇ。でも軍事用なら別だとも言いました」
「軍事用の記載もなかった、とも言ったぞ」
「言いました」
「意味がわからん。じゃあ何なんだよ」
短気なカレードは少し苛立った口調で尋ねる。
リコリーは一瞬それにたじろぐも、すぐに元の調子を取り戻した。
「隠すのは違法です。隠しても軍用であることが制御機関で認められれば違法じゃありません。これは軍用として認められる前のものです」
「そんなんあり得るのか」
「実際にはあり得ません。ですが、牛が…というより物が勝手に加速されたこと、隊旗の特性などを考えると一つの仮説が出来ます。実験用です」
「実験?」
「魔法部隊の隊旗は、攻撃を跳ね返す魔法陣が組まれているんですよね?そういう魔法陣は難しいんです。表面積が流動的に変動する布のような物質の場合は、毎秒毎に魔法陣の効果範囲を定め、前後の動作に対するタイムロスを失くす必要があるので、その際に生じるドロップオフ効果を未然に防ぐために最低20パターンの動作想定を行うんです」
「長い」
数文字で切り捨てられたリコリーは、少し悩んでから言い直した。
「魔法陣は実験してから使うことが多いんですけど」
「そう言えよ、最初から」
「はい、すみません」
「謝らなくてもいいけど。それで?あの魔法陣は実験用だったのか?」
「はい。思うに特定の条件の下で、周囲のものを加速させて引き寄せるものです。それをわざと隊旗にぶつけて、正常に作動するか確かめた」
「自分たちで攻撃するんじゃダメだったのか?」
「それだとどうしても手加減が加わると思います。自分の隊の旗を傷つけないように魔法陣を入れるぐらいですから」
「ふーん」
特に隊旗に思い入れなどないカレードは、興味のなさそうな顔で相槌を打つ。
十三剣士隊の誇りは旗ではなく自らの振るう剣だけだった。
「その実験用の魔法陣を、消すのを忘れたんだと思います」
「なんでそう言えるんだ?」
「カレードさん、この旗棒を奥から持って来たって言ったじゃないですか。ということは普段使われることもなくしまわれていたものです。魔法部隊も忘れてる気がします」
「あー…確かにあいつら隠す時は徹底的に隠すな。本気で隠すつもりなら魔法陣消す方が早いし、単に忘れていたと考えるのが自然か。でも何でそれが今回発動したんだ?」
「元々これは魔法部隊の隊旗と反応して起動するものです。演習の時には隊の紹介も兼ねて、参加しない隊の旗も飾ります。アリトラが座っていた来賓席と一般席の間に飾られていた旗の中にあった魔法部隊の隊旗とそれが、運悪く反応した」
「待て待て。なんでそれで牛が引っ張られるんだよ。他のものだってあっただろ?」
カレードがすかさず指摘すると、リコリーは言葉を選んでから説明を続けた。
「カレードさんの身長が高すぎるんです」
「馬鹿とか言われることは多いが、身長の高さに駄目出しされたのは初めてだ」
「こういう実験用の魔法陣は、限られた範囲で限られたパターンしか想定していません。三メートルを超える高さでの動作は、魔法陣にとっては予想外の出来事だったんでしょう。それで誤作動が起きて」
「牛を加速させた?」
「いえ、正確には牛じゃなかったと思うんです。攻撃に耐えられるかどうかの実験をしていたわけですから、加速させる対象は矢とか銃弾とか、あとは手榴弾とか、そういうものだったと思います」
「………牛って手榴弾だったのか?」
「あ、違います。そうじゃないです。牛はその上にいたんです」
「上?」