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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Ruined country[亡国]
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7-5.特別展示室

 王城の三階、最上階にある特別展示室には刑務部の人間が集まっていた。地方に出向している職員を除外すると、制御機関直属の者は三十名。そのうち二十名が、展示室を取り囲むように立っている。

 変装が得意な怪盗への対策として、外部の人間を一切入れない体勢が取られた。前回、美術館の事件の際には人が多すぎたために、怪盗が変装しやすい状況を作ってしまった。その反省を踏まえてのことである。


「来ますかね」


 後輩に問いかけられたヴァン・エストは、わざとらしく眉を寄せた。冷静な判断力と気さくな人柄のため、刑務部の中でも一目置かれている。今日も実質的な責任者としてこの場に立っていた。書類上の責任者は、平素から現場には出てこない。


「来ないに越したことはないが、まぁ来るだろう。わざわざ予告状なんて出す酔狂な奴だからな」


 この場所は元々、謁見室として使われていた部屋だった。細長い造りをしていて、出入り口は一つ。天井には名匠の手がけた宗教画が描かれているが、ところどころ剥げている。

 王政の頃は、一般人がこの部屋に足を踏み入れるなど許されなかったに違いなかった。部屋の中には多くの展示品が並んでいるが、その殆どが贅を尽くしたものである。展示室への客引きのために見栄えの良い品を厳選して展示してあるのだろうが、それを差し引いても当時の貴族の生活ぶりが庶民には想像もつかない世界であったことを匂わせている。


「額縁なんかよりも宝石のついた王冠のほうが価値がありそうだけどな」


 ミソギやリコリーが推理した通り、刑務部も怪盗の狙いは額縁だと考えていた。問題の額縁は部屋の最奥、大理石で作られた玉座が背にする壁に掲げられている。翡翠王の額縁の横に佇むように飾られた、白い額縁。他と比べて質素で、そして中に何も入っていないのが、王政時代の終焉を物語っている。

 ヴァンは玉座の右側に立っており、そこからは全ての額縁を見ることが出来た。後世でも評価の高い『法王リンガー』の額縁は、古いものにも関わらず豪奢な銀細工と宝石が照明を反射して輝いている。在位中に無実の民を多く殺害し、最後には姫に殺された『廃王メルガン』の額縁は黒く焦げ付いていた。二十歳の若さにして自らの婚姻の場で弟に殺された『悲嘆王レーディ』の額縁が見当たらないのは、即位期間が二年しかないためだと考えられる。


「矛盾陣……ねぇ」

「いくつかはアカデミーによって解明されましたよね。参考資料を見ても何がなんだか……」


 後輩は苦笑しながら肩を竦める。ヴァンはそれを見て、自分もかつて同じようなことを上司にしたことを思い出した。

 矛盾陣は少々頭が良い程度では解けない。バルダ・リンデスターは王室研究室に属する研究者であり、魔法陣の理論が確立されないことを憂いて、矛盾陣を作り出した。本人にしか解読できない複雑怪奇な魔法陣。中途半端な理論では解けない内容。他の研究者たちが根を上げて、魔法陣の規則について真面目に話す場を設けるまで、バルダの「知的テロ」は続いた。


「この額縁は、中の肖像画を守るために作られたものだそうだ。でも妙なんだよな」

「妙、ですか?」

「バルダ・リンデスターは王政中期の人間だ。その頃に作られた矛盾陣が、どうして王政末期も末期、しかも使われなかった額縁に適用されてるんだと思う?」

「肖像画を守るのに好都合だったのでは?」

「別に矛盾陣使わなくたって、そのぐらいの魔法陣は王政末期にもあった。大体あれは、今ですら解読出来ない代物だ。とっくに死んじまった奴が残した魔法陣を使うメリットなんてどこにある」


 壁に並んだ額縁は全部で二十二枚。中期以前や、夭逝した王の肖像画はない。肖像画はいずれも一メートル四方で、大抵は胸から上を描かれている。それらが壁に並ぶ様は、ヴァンに落ち着かない気持ちを与えた。これらの肖像画はこの場所で描かれ、そして描かれた後も外に持ち出されたことはないという。此処で絵を描いた宮廷画家の心情を考えると、同情を禁じえなかった。


「まぁ額縁はそれなりに大きいし、怪盗も破壊してまで持っていこうとはしないだろう。出入口を固めておけば……」


 その時、大きな振動と共に部屋が揺れた。振動の発生源は天井からで、ヴァンがそれに気が付いて見上げた時には、補強中の天井にヒビが入り、半分剥げていた天使の顔が破壊されようとしているところだった。

 愛らしかったであろう天使の顔が粉砕され、ただの石片となって床へと落下する。全員の視線がそちらへと集まったが、その視界に映るのは崩れた瓦礫ではなく、一人の男だった。どうやら屋根から落ちて来たらしい男は、舞い上がる砂塵の中で身を起こすと、一度頭を左右に揺すった。金色の髪が緊迫した空気を撫でるかのように揺れる。身体の上に乗っていた小さな瓦礫も、その拍子に床に落ちた。


「あー、ビックリした」

「ラミオン軍曹!?」


 ヴァンは目の前に落ちて来た男が誰かわかると、思わず大声を出した。金髪碧眼の美男は、面倒そうにヴァンを見る。


「誰だっけ?」

「覚えてないなら良いです。それより、どうして……」

「知らねぇよ。上で見張りしてたら、なんか一ヵ所だけポスターみたいなの貼られてて、踏んだら落ちたんだよ」


 ほら、とカレードは自分が下敷きにしていた厚手の紙をヴァンに差し出す。先月、第一展示室で開かれていた個展のポスターで、黒い絵具で靴底が描かれている。その横には「絵画の世界を歩こう」というキャッチフレーズ付きだった。


「靴底の絵があったから踏んだんですか……。初歩的すぎませんか」

「でも俺が落ちたぐらいで壊れる天井も悪いだろ」

「いえ、原因はこのポスターです」


 ヴァンはポスターをひっくり返す。そこには鮮やかな黄色い塗料で魔法陣が描かれていた。


「解体工事などで使う破壊用の魔法陣を調整したものですね。怪盗は随分と魔法に精通しているようだ。誰かがポスターを踏むとこの魔法陣が発動して、天井を破壊する。そういう仕組みになっていたんでしょう」


 特別展示室の天井と屋根の間には五メートルほどの空洞が存在する。屋根を踏み抜いただけでは天井まで破壊出来ないが、かといって外部から天井を破壊するには屋根がどうしても邪魔になる。


「つまり、大剣が落ちたのは想定外ってことか」


 そんな声と共に、もう一人の軍人が穴から飛び降りて来た。殆ど音もなく着地すると、フィン人より一層黒くて艶のある髪を掻き上げる。


「悪いね、うちの駄犬が。本来なら入るべきじゃないんだろうけど、こいつを一人で戻らせると要らないことをしそうだし」

「クレキ中尉も屋根の上に?」

「こいつとは別の場所を見てたんだけど、大きい音が聞こえたから見に来たんだよね。ポスターは俺も気付いてたし。……ほら、戻るよ」


 ミソギがカレードを急かすように声を掛ける。駄犬呼ばわりされても、それが自分のことだと気が付かないのか、カレードは素直にそれに従おうとした。だが、ヴァンの隣にいた後輩が、不意に悲鳴じみた声を出した。


「先輩! 額縁が!」


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