7-2.王城跡公園
王城前広場はいつもより賑わいを見せていた。バザーのせいだけではなく、噂の怪盗を一目見ようと集まっている者が大半のようで、それを狙った屋台がいくつか出ていた。
アリトラはその中に蒸したジャガイモを売っている屋台を見つけると、嬉しそうな顔をした。
「バターポテトだ。ねぇねぇ、後で食べない?」
「うん。あれ美味しいよね」
寒冷なフィンでは冬の間はジャガイモの料理が多く出回る。蒸したジャガイモにバターやチーズを乗せたバターポテトは、駅や公園の近くに屋台が出されており、学院帰りの子供たちが購入しては、小腹を満たすために食べる代物だった。
屋台を出すのは、商店街の自警団に所属する若者や、元軍人などが多い。ただバターポテトを売るだけでなく、子供たちの安全を見守る意味も兼ねている。大人たちも冬の間は、その屋台で買い食いをすることを積極的に認めていたし、外で遊ぶ際にも、屋台がない場所に行くことを禁じていた。
「泥棒なんか見ても面白くないと思うけど、こういう屋台が沢山出るなら良いかもね」
「そうだね。お祭りの時みたいで楽しいし」
行きかう人々は双子を見て驚いた顔をするが、当人たちは気にも留めていない。少々目立つ容姿をしている男女が真っ白な犬とも狼ともわからない生き物を同伴させているのだから、当然と言えば当然だった。
「バザーの会場はどこ?」
リコリーはそう尋ねながら王城の方を見る。
王城の一階部分は、レストランに改築されており、いつも人で賑わっている。今日は特に盛況のようで、外に面した出入口の前に行列が出来ていた。
「第二展示室だよ」
あっち、とアリトラはレストランに右隣を指さす。そこには四つの部屋が横並びになっていて、大きな鉄扉をいずれも外に向けて開いていた。左から第一、第二と続く展示室は、事あるごとに絵画の古典や小規模の演奏会などが開催されている。時にはアカデミーの教授が一般向けに講義を行うこともあって、リコリーは学生時代に何度か聴講したことがあった。
レストランも展示室も、王政崩壊時に革命軍によって壊された箇所を補修して作られたものである。かつてはそこに厩や女中部屋などがあったらしいが、その面影は全くない。
「今日も四つとも埋まってるみたいだね」
「当然。だって人気の場所だもの」
「バザー混んでるかな?」
あまり社交的ではないリコリーは、人混みを予想して眉を寄せる。だがアリトラは片割れを安心させるために、二枚の入場チケットをちらつかせた。
「安心して。あのバザーには商工会が発行するチケットを持っている人しか入れない。だから、あまり混んではいないはず」
「あ、そうなんだ。それ、父ちゃんから貰ったの?」
商売人である父親のことを口にしたリコリーだったが、アリトラは驚いたように赤い目を見開いた。
「本気で言ってる?」
「何が?」
「父ちゃん、商工会入ってないよ」
今度はリコリーが驚く番だった。フィン国にはいくつかの商工会があり、商売を行う者はいずれかに所属することが推奨されている。取引において便宜を図ってもらったり、互いの顧客を紹介したり、何かトラブルが起きた場合に速やかに対応出来るようになっている。
法務部であるリコリーは商工会関係の書類を扱うことも多く、当然父親もどこかの商工会に所属しているものだと思い込んでいた。
「何で? というか、あまり聞かないよね、そういう人」
「父ちゃん、ちょっと変わってるからね」
アリトラはそんな言葉で片づけてしまうと、第二展示室に向かって歩き出す。リコリーは少し釈然としない顔をしながら、足元にいるソルを見た。
「ちょっとじゃないよね。どう思う?」
白い獣は同意するかのように尻尾を上下に揺らした。