6-11.終着駅
大きな音を立てながら、列車が駅へと入る。リコリーは窓からそれを見ていたが、やがて部屋の中を振り返った。
「お祖父様、着きました」
「そうか」
椅子に座っていたギルはそう呟いたが、横顔は明らかに不機嫌だった。シトラムに双子を侮辱されたことで、元からさして頑丈でもない堪忍袋は簡単に破裂してしまい、張本人であるはずの双子が宥める羽目になった。
今は落ち着いているが、まだ時々苦い表情をするところから見て、機嫌が直ったとは言い難い。それでも先ほどまでは五分毎に「私の孫に文句をつけるとは何様だ」だの「下衆のくせに人間の言葉を話しおって」などと煩かったので、それに比べれば緩和している。
「大きい駅。美味しい物あるかな」
今度はアリトラが窓の外を覗く。東区の主要駅の一つであるバンテルム駅。銀行の本店が多く集まる「金融街」であり、外国との取引を行う店が多いことでも知られている。中央区にも勿論似たような商売を行う店はあるが、規模も取引範囲も段違いだった。
ホームの中ほどには軍人らしき団体が立っているが、それがシトラムの身柄を拘束に来た者たちと思われた。他にはあまり目立った人影もないが、特に入場制限を行っているわけでもなさそうだった。
「金融街だからね。取引を行わない夕方以降は人が少ないんだよ、きっと」
アリトラの疑問を汲み取ったリコリーが、そう説明する。
列車が完全に停車すると、四号車から軍人たちが中へと入っていった。シトラムは客室で監視されている筈だが、詳しいことはわからない。
「本当は食堂車で軽食も取りたかったけど、あの状況だとね」
シトラムの犯行が発覚した後、乗務員たちは様々な対応に追われて、結果として食堂車は臨時休業となった。特に八号車にいた乗客たちは、一刻も早く別の車両に移してほしいと車掌に迫り、他の乗客たちも何があったのかと軽い混乱状態に陥っていた。
誰が漏らしたのか遺体がトランクに詰め込まれたことまで広まっており、自分の分の貨物をすぐに出すように迫る客もいた。双子はそれを遠くから見ていたが、乗務員の憔悴していく様子に同情することしか出来なかった。
「……腹が減ったか?」
ギルが双子の残念そうな様子を見て口を開いた。すかさず二人は祖父の元に近寄り、おねだりを始める。
「空きました」
「早めに晩御飯を食べましょう、お祖父様」
そうか、と再び同じ言葉を返したギルだったが、その表情は先ほどよりも晴れていた。
「何が食べたい。何でもいいぞ。今日はお前たちが好きなものを好きなだけ食べさせてやる」
「本当ですか? じゃあ僕、ステーキがいいです」
「アタシも。そういえばこのあたりにヤツハ牛を出すお店があるって聞いた。高級店だけど、折角フォーマル着て来たんだし行ってみたい」
「お前たちのテーブルマナーがどれほど向上したか見る良い機会だろう。他には何かあるか?」
祖父の機嫌が直ってきたのを見て、双子は安堵した。見た目のことを人に言われるのは双子は慣れているし、祖父が何かに怒っている姿も見慣れているが、偶の遠出の記憶がそれに塗りつぶされるのは好まない。
だから、祖父の機嫌を取ることぐらいは何とも思わなかった。そもそも祖父には二人揃って何かをねだるのが一番効果的である。
「僕はお祖父様とボードゲームがしたいです」
「アタシも。ホテルに行ったら、三人でやろう?」
他愛もないお願い事を聞いて、ギルの頬がますます緩んでいく。少なくともこれから先は平和に過ごせそうだと、双子は顔を見合わせて小さく微笑んだ。
END