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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Millionaire[富豪]
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6-3.列車の散策

 特別列車といっても車体の幅が変わるわけではない。豪華な内装はホテルのようだが、それでも所々に窮屈さを感じさせる。床に敷かれた絨毯は幅が細く、天井から吊るされたシャンデリアも小さい。

 だが双子はそれに逐一感嘆符を上げては、食い入るように観察していた。


「特別列車って皆、こういう感じなのかな?」

「でもこれは相当凝ってるよ。多分列車の速度を損なわないように軽量化もしているね。特別列車の中でも一、二を争うんじゃないかな」


 十両編成と少し数は少ないが、車両自体の長さが普通列車の二倍近くあるため、全長は非常に長くなっている。

 前方二車両が厨房、三両目が食堂車。四両目は駅から客が乗り込むときに必ず通過するレセプションであり、荷物の預かりや案内などの各種サービスが受けられる。


 五両目から八両目は客室で、他の車両とは異なり、進行方向左側だけに通路が存在する。

 グレードは全て同じ「一等車」。向かい合わせの座席と壁に収納できる簡易テーブルが備え付けられている。長時間腰を下ろしていても疲れない、柔らかいクッションが使われた座席は、双子が真っ先に感動した代物だった。


 備え付けの網棚には仮眠を取るための毛布や枕が乗せられていて、座席を簡易ベッドとして使うことが出来る。窓に下ろす鎧戸はコートなどを引っかけられるようになっていて、狭い空間を最大限快適に使う工夫が施されていた。乗って早々にリコリーは鎧戸を持ち上げた上で、興味津々に谷底を覗き込んでしまったため、数十分寝こむ羽目になった。


「九両目はなんだっけ?」

「パンフレットでは「ギャラリー」って書いてあったよ。絵画とか展示しているのかもね」


 八両目の後部扉から九両目に入った二人が見たのは、リコリーの推測通りの光景だった。左右の壁に絵画が並び、隅には大きな彫刻も置かれている。美術品の保全のためか、その車両だけは窓がなく、代わりに照明が多く設置されている。車両の後部扉の右側に置かれた彫刻は黒檀で作られており、見るからに重そうだった。


「何この像?」


 像のところまで近づいたアリトラは首を傾げる。背を向けて両手を天に掲げた格好の少年像で、背中から羽のようなものが生えている。だがよく見ればそれは全て短剣と長剣が入り混じったもので、材質も相まって非常に鋭利に見える。


「マズル預言書に出てくる「剣の弟」じゃないかな」

「そんな人いたっけ?」

「マズルの弟とされる人物だよ。遺跡に残された姿の一つに、剣を羽のように生やしたものがあってね。それを元に作ったんじゃないかな」


 アリトラは興味なさそうに「ふぅん」と言いながら、十両目に続く扉に視線を移す。そこには「サロン」という文字が刻まれていた。


「列車の中にサロンがあるの?」

「展望ラウンジを兼ねているらしいね。入ってみる?」


 その時だった。サロンの中から女の引きつった悲鳴が聞こえてきた。「やめて」と何かを制しているように聞こえるが、丁度列車かカーブに差し掛かったことによる轟音に掻き消されて、全て聞き取ることは出来なかった。


 アリトラがサロンの扉を開けると、中には食堂車よりも非実用的な、しかし豪奢な空間が広がっていた。車両の両側がガラス張りになっており、外の景色が一望出来る。車両の中央部には楕円形の大きなテーブルがあり、珈琲や紅茶を飲むことが出来るセルフサービスの装置が並んでいた。

 その傍に一人の太った女が腰を抜かしていた。珈琲を零したらしく、香ばしい匂いが漂っている。


「どうしたんですか?」


 アリトラが駆け寄って尋ねると、女は混乱した表情で何度か左手を宙で動かした。白い手袋には珈琲のシミがついて、今もゆっくりとその範囲を広げている。窓からの光で陰影が濃く刻まれ、親指側はまるで珈琲というよりはインクを浸したかのようだった。


 震えながら伸ばされた指が示したのは、列車の最後尾に設置された小さなバルコニーだった。両開きの扉が右側だけ解放されて、そこからバルコニーに放置されている車椅子が見えた。誰も載っておらず、列車の振動に合わせて、閉じられたままの左側の扉に何度も衝突している。


「ひ、人が……!」


 女は絞り出すような声を出すと、悲鳴を上げるように喉を反らして叫んだ。


「突然、そこから落ちたのよぉ!」


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