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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Dolphin[イルカ]
237/267

4-10.残った謎の答え

「要するにさ、思い込みなんだよね」

「思い込み?」

「透明イルカのことを、僕たちは見たままでしかとらえていないってこと」


 双子はある場所の前で立ち止まり、言葉を交わす。周囲に人の姿はない。


「透明イルカは捕獲しようとすると姿を消し、網から逃れてしまうことで「幻のイルカ」と呼ばれていた。でも透明になっただけで、物体をすり抜けられるわけじゃない」

「陸揚げされた時に透明になって逃げたとかじゃないの?」

「まぁそういうパターンもあるだろうね。イルカは哺乳類だから、水から出されても少しの間は活動出来るし。でも、もっと合理的な考えがある」


 リコリーはアリトラが考え込んでいるのを見て、一度言葉を止める。数秒後にアリトラが自信のない声で呟いた。


「光の屈折……とかそういう話? 透明イルカは光を屈折させる力があるって博士が言ってたけど、それで出来ることって不可視化だけじゃないよね」

「要するに物の見え方を変えてしまうってことだからね。そもそもの話に戻ろう。もし、アリトラが部屋の中にいて、窓の外から物凄い音がしたらどうする?」

「何かあったら怖いから部屋を出る」

「危険を感じたらその場から逃げる。極めて普通の行動だ。イルカもそうしたんだよ」

「でも、あの水槽には酸素注入の小さい穴しか……って、もしかして?」


 答えに行きついたアリトラが驚いた表情を浮かべると、リコリーは自分の目の前にある熱帯魚の水槽に一歩近づいた。魚たちが瞬く間に集まり、背びれや尾びれを動かす。

 その中に、他の魚達とは明らかに違う個体が混じっていた。鋭い背びれ。二つに分かれた尾びれ。青みがかった黒い肌。つぶらな瞳を持ったそれは、紛れもなくイルカだった。

 だが、他のどの魚よりも小さく、片手で握りこめるほどのサイズしかなかった。


「これがあのイルカさん?」

「うん。透明イルカは本当は物凄く小さくて弱い個体なんだよ。だから生き延びるために、自分の身体を大きく見せたり、姿をくらませる魔法を使えるようになったのかもね。この小ささだと網からすり抜けちゃうし、まさかあんなに大きなイルカの本体がこんなに小さいなんて誰も思わない」

「小さくて可愛い。……あ、そうか」


 アリトラが表情を明るくしてリコリーを見た。


「水槽が殺風景だったのは、ショーで投影魔法を使うのとは別に、この子の本当の大きさがバレないようにするため?」

「光を屈折させて身体を大きく見せてるからね。周囲に沢山物を置いてしまうと、魔法に巻き込まれて変な見え方をしてしまう恐れがある」


 熱帯魚達は自分たちに混じっているイルカのことを、特に気に留めてはいなかった。逃げるでもなければ、排他するでもなく、まるで仲間のように群れの中に入れている。


「パース博士はこのことを知らないの?」

「いや、知っているはずだよ。何しろ譲り受けた本人だしね。だから僕も熱帯魚の水槽のところに探しに来たんだ」

「そうか。博士は「別の通路の水槽に繋がってる」としか言わなかったもんね。ペンギンのところは論外。北通路のクラゲの水槽は冷たすぎる。東通路は巨大魚がいるから、小さいイルカが迷い込んだら可哀想。だから、こっちなんだね」


 リコリーは自分と同じ推理を口にしたアリトラに対して、大きく頷いて同意を示した。


「でもスタッフの人は知らないようだし、あのイルカの正体は秘密にされてるんじゃないかな」

「どうして?」


 イルカはリコリーが気に入ったのか、その場で旋回したり、透明になったりすることを繰り返す。その様子を見ながら、リコリーは口を開いた。


「乱獲されるかもしれないだろ。正体がわかっちゃったら。こんな珍しいイルカ、他にいないもの」

「確かに。それにすっごく可愛いもんね」

「いや、可愛いかどうかは別に……。でも乱獲されて絶滅した動物っていうのは珍しくないし、そんな目にあったら可哀そうでしょ? だから博士も黙ってるんじゃないかな。僕たちがいなくなったら、一人でこの巨大水槽の中を探し回るのかもしれないね」

「そのつもりだったんだがね」


 不意に通路のドーム側から声がした。二人がそちらに視線を向けると、ジェストが立っていた。しっかりとした足取りで近付き、そして水槽の中にいるイルカを見て頬を緩める。


「あぁよかった、無事みたいだね。この子は友人の孫が海で遊んでいる時に偶然見つけたものでね。病気にかかって弱っていたのを、ここまで回復させたんだ」

「小さい状態で見つけたの?」

「魔法が使えないほど弱っていたからね。だから水族館が引き取りたいと言ったのは渡りに船だった」


 ジェストはモノクルの奥の目を細め、双子を交互に見る。


「さっき、招待客の名簿を見てね。君たちはアカデミーにいるセルバドス君の身内だね?」

「はい。リノ・セルバドスは僕たちの伯父です」

「彼とは何度か話したことがある。大層な変わり者だが、誠実な男だ。その身内なら信用できる。イルカのことを誰にも言わないでくれるかな? 私は貧乏だが、少しならお金も出せる」


 双子は揃って首を横に振った。


「お金は要らないし、イルカのことも言わない。だってこの可愛いイルカがいなくなっちゃったら嫌だし」

「僕も同意見です」

「そう言ってくれると思ったよ。しかしどうにも私の気が済まない。どういうわけだか、この広い水槽から大事なイルカを見つけてくれたようだし、何かお礼をしないと」


 老人の言葉に、双子は顔を見合わせた。


「どうしようかリコリー」

「あまり断るのも失礼になるよ、アリトラ」

「じゃあそっちが考えて。今回はアタシ何もしてないし」


 そう言われたリコリーは首を捻って考え込む。暫くして明るい表情になると、ジェストに笑みを向けた。


「ここのチケットって融通出来ませんか? また来たいので」

「そのくらいお安い御用だ。何枚欲しい?」

「次は両親も連れてくるので四枚ほど」

「じゃあ少し待っていてくれ。イルカを回収したら……」


 その時、ジェストが現れたのとは逆方向から嘆くような声が聞こえた。


「またか! 一体どうなってるんだ、この水族館は!」


 画材一式を抱えたビッツが悔しそうな顔をして水槽を睨みつけていた。リコリーは咄嗟にイルカを隠そうとしたが、ビッツはそれには目もくれずに他の熱帯魚を見ている。ドームで見た時の内気な態度は怒りのために何処かに消え失せているようだった。


「最初のペンギンからおかしかったんだ。一か所に固まっていて、とても絵をかけるような状態じゃない。タコもイカも全部だ。さっきなんてクラゲまで同じ場所に固まってた。いつまで水槽だけ描いていればいいんだ」


 項垂れるビッツを見て、リコリーは中の生き物が描かれていなかった絵の謎を悟る。それと同時に、ペンギンの部屋を出る時にビッツとすれ違ったことを思い出していた。


「これって……僕のせいなのかな?」

「難しいところだね」


 気まずい表情のリコリーの横で、イルカは無邪気に愛想を振りまいていた。


END

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