4-4.熱帯魚の通路
西通路の熱帯魚コーナーに入ると、アリトラはそこに広がる光景に息を飲んだ。
通路の壁は全てガラス張りになっており、その中が水槽となっている。これまで、絵でしか見たことがないような、色鮮やかな魚が大量に泳いでいた。
大きな尾をゆらめかせる赤い魚。細長い体と半透明の背びれを持つ黄色い魚。さきほどまでと違い、模型などは置かれていないが、代わりに真っ白な砂と魚に負けぬ程美しい珊瑚が配置されていた。
「綺麗……」
溜息をつきながら言ったアリトラに、リコリーも同意する。
西通路はこの水槽だけのようで、通路の逆側の壁には熱帯魚の説明文が表示されていた。
「此処は投影魔法使ってないんだね」
「水槽の中が明るいからじゃないかな? 見づらかったら、折角の技術も意味がないしね」
「なるほどね。あ、見て。あそこに可愛いのがいる。角生えてるよ」
二人は歩きながら、中の魚を見てははしゃいでいたが、ふと気が付くと何種類かの魚だけリコリーの前に集まっていた。
「あれ、此処も?」
「でも全部じゃないだけマシだね。もしかしたら視力の良い魚だけ来てるのかも」
歩くのに合わせて魚が追ってくるので、水槽越しに操っているかのように見える。双子はそれを面白がっていたが、不意にそれを遮る声がした。
「悪戯したら駄目だよ」
驚いた双子が振り返ると、壮年に差し掛かろうかという年齢の恰幅のよい男が立っていた。
「水槽を叩いたりすると、魚が驚くからね」
「そんなことしてないです」
リコリーがそう返すと、男は言い訳だと思ったのか眉間を寄せた。
「じゃあどうしてそんなに魚が集まっているんだい?」
「何もしてません。勝手に寄ってくるんです」
まるで自分が水槽を引っ掻いたりしたかのような言いがかりに、リコリーは眉を下げる。
「昔からそういうことが多いので」
「嘘だと思うなら、おじさんも横で見てみたら? 大体、指一つつけてないんだから」
勝気な性格のアリトラは、片割れへの無礼な態度を許さずに真っ向から言い返す。男は思わぬ反撃に少したじろぐが、水槽を背にしていても尚、次々と同じ魚が集まっているのを見て、考えを改めたようだった。
「前言を撤回しよう。変なことを言って済まないね。展示館で、そういうことをする子供が多いものだから」
展示館、という単語にリコリーは首を傾げた。
「海洋生物展示館の関係者の方……ですか?」
男は苦い表情で頷いた。
「わざわざ招待状と一緒にチケットが入っていたのでね。私は飼育員をしているんだが、偵察だと言われて送り出されたんだよ」
「偵察、ですか?」
「……まぁ先ほどの無礼の代わりに教えよう。展示館は国内唯一の水棲動物の展示をしていることが強みだったんだ。それが水族館なんて出来たら、こっちに毎年来ていた学生達を取られてしまうかもしれないだろう?」
アリトラが小声で「絶対取られるね」と言ったのを、リコリーが肘で小突いて黙らせた。
「だから展示館は水族館には出来ない強みを活かすべきだ。そう会議で決まって、私が代表で来たんだが……こうも凄い施設を見ると、やる気も何も失せてしまってね。八つ当たりのような真似をしてしまった」
再度謝罪をする男に、リコリーは首を横に振った。
「いいんです。気にしてません」
「それなら良かった。年を取るとダメだな。素直に物事が受け止められなくて」
嘆く声に重なるようにして、天井の音声伝達魔方陣が輝いた。
『只今より、ドームにて「光と音のパフォーマンス」を公開いたします。お時間に都合がありましたら……』
それを聞いたアリトラは、リコリーの袖を引っ張った。
「見に行こう」
「うん。透明イルカ楽しみだね」
熱帯魚の水槽の前を通り抜け、二人はその先のドームへと向かう。背後で、恰幅の良い男が「イルカねぇ」と興味なさそうに呟くのが聞こえた。