3-5.剣士への事情聴取
「カレードさんは?」
アリトラが問うと、金髪が左右に揺れた。
「俺は一応、此処の警戒中。座ってるの見られるとまずいんだ。で、何が聞きたい?」
「えっと、大方の状況はアリトラから聞きました。牛が現れた前後のことを詳しく教えてください」
「前後ね。……今日の演習は、ミソギ一人相手に俺達十一人で攻撃をするという内容だった。俺は入場時に隊旗を持っていたから、観客席から一番近い位置で始めることになっていた。隊旗を置いてから剣を抜いて、隊長の合図を待っていた。丁度その時に牛が現れた」
「前触れみたいなものは?」
カレードは眉間に皺を寄せて考え込みながら答える。
「なかったと思う。牛は地面から三メートルほどの位置に現れた。場所はミソギと俺の丁度中央ぐらいかな。暴れだした牛は俺達の周りを二回走って、それから一直線に妹の方に向かっていった。それまで俺達は固まっていたんだが、隊長が俺の名前を呼んだから、慌てて追いかけたんだ」
「隊長さんがカレードさんを呼んだのは観客席に一番近かったからですか?」
「だろうな。素早さならミソギだけど、あいつ一番離れてたし。力だけなら俺が一番強いから、あの牛を一発で仕留められると思ったんだろ。……あれって魔法なのか?」
今度はカレードが質問に転じる。
「何もないところに急に牛が現れた。空間転移?とかそういう魔法か?」
「その可能性は高いかなと思っています。ただ空間転移の魔法と言うのは非常に高度なもので、制御機関の人間でも使えるのは極僅かです。母も使えるはずですが、大量の魔力と複雑な魔法陣が必要です」
「それに」
それまで静かにしていたアリトラが前のめりになって口を開いた。
「そんな高度な魔法が使える人が牛なんかを転移させる理由が不明」
「おー、なるほど。それもそうだな」
カレードは何かに感心したように頷く。
「しかし、こうは考えられないか?軍に恨みを持つ者が、演習で恥をかかせてやろうとして牛をポイッとした」
語彙力が圧倒的に不足している男の口から、可愛らしい擬音が出てきたことにリコリーは笑いを噛みしめつつ、反論した。
「それなら爆弾を転移させるほうが効果的だと思います。無機物のほうが転移させやすいし」
「でもさ、リコリー。それが出来るなら今までも似たようなこと起きてたりするんじゃないの?」
「うん。でもそもそも空間転移って自由自在に出来るわけじゃないんだよね。だってそれが出来るなら、人の家とか好きに入れることになっちゃうでしょ?マズル魔法における空間転移っていうのは、転移したい範囲まで魔法陣を展開するか、自分の魔力を封じ込めたものをあらかじめ仕込んでおくことでしか出来ない。でもそんな巨大な魔法陣とか、魔力の痕跡とかあったら、先に誰か気付くはずなんだ」
息継ぎも殆どなく一気に言い切ったリコリーに対して、アリトラはゆっくりとその言葉を理解する。
「じゃあどういうこと?空間転移じゃないの?」
「状況的には空間転移が近いんだけど、カレードさんの話を聞いていると、とてもそうは思えない。となると別の可能性を考慮する必要がある」
「こうりょ、こーりょ……。考えるってことか」
カレードが半分独り言のように呟く。
「どこからか飛んできたりしたわけじゃないから、物理的な手段は考えられないな。魔法の中で似たようなことを起こせるものってないのか?」
「人の目で捉えられないほど物体を加速させる方法はあります。でもそれには結局空間転移と同じで、目印となるような物を用意しないといけません」
「目印ねぇ。牛を静かにした後で調べたけど、特に不審なものはなかったぞ」
「うーん……。魔法の痕跡が残っていれば、それを元に調べられるんですが、随分踏み荒らされてしまっているようですし」
牛自身が荒らした地面は、今もそのまま残されていた。それを見ていたアリトラが首を傾げた。
「あの牛、とても毛並みが良かった」
「え、何急に。お腹すいたの?」
「角も綺麗だったし、確か鼻輪もついていたはず。ということは野良牛じゃない。体のどこかに、持ち主を表すマーカーがあると思う」
「………あ、そうか。何でそれに気付かなかったんだろう。どこの牛か調べれば、その距離から使った魔法を調べられる」
勢いこんで言ったリコリーに、アリトラはついでにとばかりに続けた。
「あとお腹空いたのも事実だから、何か買ってきて」
演習場に正午を知らせる鐘が鳴り響いた。