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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Fencer[剣士]
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3-12.災難の終わり

「あんな綺麗に入った平手打ちは、軍でもそうそう見ないよ」

「まさかあんなに吹っ飛ぶなんて。アルコって見た目より軽いのかな」


 アパルトメントを後にしたミソギは、アリトラを家に送り届けるために大通りを歩いていた。

 ロゼッタとメーラルは連絡を受けて刑務部が連行していった。殺人罪のロゼッタと違い、メーラルの罪はさほど重くはないが、それでも現役の軍人が犯人の隠匿を行ったというのは大問題だった。


「ロゼッタ嬢は、大人しかったね」

「元々、自首するつもりだったって言ってたし、諦めはついていたのかも」

「リッタ嬢と何か話していたようだけど?」

「多分、今後のことだと思う。オードラの望みは事件が揉み消されないようにすることだし、それには他の道場の力を借りた方が早いから。バセルーのところはフットワークが早いから情報伝播も早い」


 自分の手を血に染めて猟犬を討ち取った少女。それは決して正しい方法ではなかったが、ロゼッタの中では筋が通っていた。


「……アルコは軍法会議にかけられますか?」

「そうだね。将軍のお孫さんだから、除名や除隊ということにはならないだろうけど、今後の出世については望めないだろう。配属も変わる可能性が高い」

「そっか。……悪いことしたかな」

「アリトラ嬢が気にすることじゃないよ」


 アリトラは「うーん」と言いながら首を傾げる。


「アタシは伯父様達が喜んでくれるし、リコリーにも凄いって言われるのが嬉しかったからやってたんだけど、皆は違ったんだなーって。当たり前なんだけど、今まで気づかなかった」


 青いポニーテールの先を揺らして、アリトラが項垂れる。


「剣術は好きだけど、止めたほうがいいのかな」

「アリトラ嬢は無闇に剣を振ったりしないし、それに大剣から聞いたけど、この前の事件だってロンギーク・カンティネスを助けるのに使ったんだろう? 大したもんだよ」

「そうですか?」

「世の中には、カレードみたいに独学であそこまで漕ぎつけた天才もいるし、名門流派で皆伝まで取りながら薬物に溺れた馬鹿もいる。誰か一人が合ってるとか間違っているとか決めるべきじゃない」


 駅前広場に出ると、人通りが多くなった。誰もが慌ただしく歩く中で、練習用の剣を背負った学生の姿も見える。


「それより双子ちゃんは、謎解きに夢中になる癖のほうが問題なんだけど……」

「こんにちは、クレキ中尉」


 突然後ろから声を掛けられて、ミソギは心拍音を跳ね上げる。ゆっくり振り返ると、背の高い青髪の男が、わざとらしいほどの笑みを浮かべて立っていた。


「父ちゃん、お帰り!」


 アリトラが顔を輝かせて、その男に抱き着く。ホースル・セルバドスは自分と同じ色の髪と瞳を持つ娘を優しく受け止めた。


「ただいま。リコリーの具合はどう?」

「もう殆ど大丈夫。でも、通信魔方陣作ってサリルと遊んでたみたいで、夜中に窓開けっぱなしだった。お陰で猫や鳥が入り放題。父ちゃん、怒っておいて」

「はいはい。二人に沢山お土産買ってきたからね」


 抱えた荷物を揺らして見せるホースルに、アリトラは嬉しそうに飛び跳ねる。


「やったぁ。お仕事は上手く行ったの?」

「まぁまぁかな。ところでどうしてクレキ中尉といるの?」


 ミソギは慌てて誤魔化そうとしたが、アリトラが口を開く方が早かった。


「殺人容疑をかけられて、今まで拘束されてた」

「殺人容疑?」

「いや、それはその……」

「アタシが「猟犬」だって疑われたの。酷い話だよね」


 不満を述べるアリトラに全く悪気はない。だがそれを聞きながらミソギは、冷や汗が背中を伝るのを感じていた。


「それは災難だったねぇ。……俺は店に一度寄ってから帰るから、お前はこれ持って先に行ってなさい」

「はーい」


 素直な返事を一つ残し、アリトラは雑踏の中へ消える。その手にはしっかりと、ホースルが渡したお菓子の袋が握られていた。


「じゃあ俺も戻るかな」

「疾剣」


 地を這うような低い声がその体を貫く。首を捻ってミソギを睨みつける目は、極悪人としか形容出来ないものだった。


「私の娘に何の容疑をかけたか、もう一度教えてくれるか」

「いや、別にあんたの娘だけじゃないよ。俺だってアリトラ嬢がそんなことするなんて……」

「しかも拘束したと言っていたな。拘束したうえに一緒に歩いているとはどういう了見だ」

「あー、誤解。誤解が生まれてる。アリトラ嬢だけじゃなくて他にも三人いたってば」

「四人の少女を……。良い趣味をしているな。手始めに爪十枚からで良いか」

「それ両手全部。両手の爪剥ぐのはやめて」


 ミソギは後退しながら弁明するが、ゆっくり間合いを詰めてくるホースルには通用しそうになかった。


「そ、そういえばハリはどうだった? 元々リコリー君が行くことになって、瑠璃の刃の残党が不安だからって無理矢理商談をセッティングしたんだろう?」

「商談はしたし、ついでに残党のアジトも潰した。あとは貴様の頭を割れば完璧だ」


 面倒なことになった、とミソギは内心で溜息を吐く。いつもならこの程度の誤解はすぐに解けるが、どうやらホースルは虫の居所が悪いようだった。大方、意味のない遠出をして双子に会えなかったのが原因だろうと思われたが、それを解消してくれる唯一の手段は、先ほどお菓子を持って家に帰ってしまった。


「一つ提案なんだけど」

「なんだ」

「話し合わない?」

「何故刀に手をやりながら言う。却下だ」

「やっぱり」


 予想していた返しにミソギは諦めの溜息を重ねると、踵を返して走り出した。


「逃げると殺す」

「逃げてない。走っているだけ!」


 俊足として知られる足を、久しぶりに全力で動かしながらミソギは言い返す。説得が無駄なら逃げるしかない。幸いにしてホースルは冷めやすい性格をしているし、暫く逃げ切れば双子の元に帰る筈だった。


「全く、アリトラ嬢も俺も今日は災難だね」


 背後に迫る殺気を見て見ぬ振りをして、ミソギは更に力強く地面を蹴った。


END

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