3-7.容疑者四人
ハリにいる制御機関法務部に連絡を取ると、即座に返事が返ってきた。ネイ・コンセラスは確かに同行していて、アリバイは確固たるものだった。ストラップの所在は覚えていないとのことだったが、犯行が不可能である以上、容疑者に加える必要もなさそうだった。
「わかったよ、ありがとう」
壁に備え付けられた無線機で報告を受けたミソギは、相手に軽く礼を述べる。確認するために途中で軍基地へ戻したカレードは、期待より優れた働きをしてくれた。
国境軍にいたこともあるカレードは、ハリへの連絡手段もよく知っている。普段役に立たない知識も、存外捨てたものではない。
「要するに、アタシ達四人の中の誰かが猟犬だって言いたいんですね」
アリトラがどこか達観した口調で言う。最初に容疑者扱いされた時こそ不平不満を表情に出していたが、今はそれを受け入れているようだった。
他の三人は流石にそうも割り切れないのか、それぞれ複雑な表情を見せる。ミソギと四人の少女は犯行現場のすぐ近くにあるアパルトメントの中にいた。そこは軍が借り上げている建物で、地方から出向してくる軍人や関係者達の住居として提供されている。
今はメーラルが属する北区常駐軍の女性達が貸切っているが、日中は皆訓練に出ているため無人だった。交流の場として置かれた一階の円卓を囲んでいるが、その上に流れる空気は団欒とは程遠い。
「ってかよ、猟犬ってのは中央区に詳しい奴だろ? 夜道を歩き回ってるし、今の今まで捕まってない」
リッタが粗野な口調で切り出す。
「ってなると、中央区に住んでるやつが怪しいんじゃねぇの。セルバドスとオードラはこっちに住んでるんだろ」
「私だって今年になって戻ってきたばかりですわ。それに貴女と違って夜中にふらふら歩くほど破廉恥ではありません」
ロゼッタが真っ向から否定を重ねると、それに便乗してメーラルが口を開いた。
「セルバドスはどうですか。貴女は生まれも育ちも此処でしょう」
「そうだけど、アタシは第二地区だけじゃなくて他の地区も知ってる。捜査撹乱のためなら別の地区でも殺す方が理に叶ってる。まぁ犯人がこのあたりしか知らないのなら、話は別だけどね。例えば、北区からこっちに数か月ほど滞在してるとか」
剣の道をある程度極めた少女達は、揃って気が強い方らしく、互いに一歩も引かなかった。その様子を見守っていたミソギは、軽くテーブルを叩くことで全員の注意を自分へと集める。
「久闊を叙しているところ申し訳ないけど、一度事件について説明させてほしい。アルコ二等兵はある程度知っているようだけど、一般人も混じっていることだしね」
四人が特に異論を述べなかったので、ミソギは刑務部から借りてきた書類を手にして、紙をめくった。
「「猟犬」が現れるようになったのは、ここ一ヶ月のことだ。犯行は今回を含めて六件だから、相当なハイペースで動いている」
「いずれも同じ犯人によるものだという根拠は?」
ロゼッタが挙手をしながら問う。ミソギはそれに対して流れるような口調で応じた。
「現場には犬の切り絵が残されていた。このことは新聞には書かれたけど、細かいデザインまでは報道されていない。被害者の近くに落ちていた切り絵は全て寸分たがわず一致していることから、六つの事件は同じ犯人だと認識されている」
「被害者は犯人の顔は見てないのですか?」
「暗がりで襲われた上に、全員剣術どころか運動経験者でもないから、最初に傷をつけられた時点で酷く動揺してしまってね。ほとんど何も覚えていないらしい」
「確かに、夜道で斬りつけられればそれも当然ですね」
ロゼッタは話を中断させてしまったことを謝罪してから、続きを促した。ミソギは軽く頷いてから、調書に視線を戻す。
「因みに犯行現場は第二地区に固まっている。現場はいずれも路上で、周囲に店などがない住宅街での犯行だ。恐らく犯人は目星をつけた人間を尾行し、辺りに人目が無くなったタイミングで襲い掛かったんだろうね」
「はいはい、質問」
行儀悪く椅子の上に胡坐をかいたリッタが挙手をする。どうやらそれが彼女なりの最大の礼儀正しさのようだった。
「今までの犠牲者は全員、剣の覚えがない連中だったんだろ? それが何で今回に限ってネイルさんを狙ったんだ?」
「猟犬は通り魔です。偶然でしょう」
メーラルはそう言ったが、リッタは眉を寄せて首を左右に振った。
「猟犬は標的を尾行して襲い掛かるのが手口なんだろ。剣を背負った奴に挑むとは思えないな。ましてオードラんとこから数分しか離れてねぇんだろ? 剣をかじってる奴なら、警戒するもんじゃねぇのか」
それに、とリッタは付け加える。
「他の被害者は重傷者もいるけど命までは奪われてねぇ。なんでネイルさんは殺されたんだ?」
「顔を見られてしまったから、とは考えられませんか」
メーラルが少し自信無さそうに口にする。
「猟犬は獲物を探していて、それをネイルさんに見られてしまった。それで思わず、殺してしまった……とか」
「だったらネイルさんが無抵抗で殺されるのは変じゃねぇか?」
蓬髪を乱暴に指で掻き混ぜ、リッタは鼻を鳴らす。ロゼッタがその不作法に渋い表情を浮かべたが、面と向かって指摘はしなかった。
「変って言えば、死体に動かされた痕跡があったんだろ? あれはどういう意味なんだ?」
アパルトメントに来る途中でメーラルが話したことをリッタが持ち出す、遺体が動かされた理由は、未だに不明なままだった。
「それもさっき、刑務部に聞いてきたよ」
ミソギは勝手に話を進めてしまう少女達を若干持て余し気味にしながらも、なんとか主導権を取り戻す。フィンの女性は基本的には大人しい性質をしている者が多いが、此処にいる四人は例外だった。