2-7.サリルの手紙4
親愛なるリコリー
まずは残念なお知らせからしなければなりません。
君の推理は間違っています。
今日も三時前にお店に伺いました。エレースはおらず、マスターだけでしたね。私の顔を覚えていたのか、声を掛けてくれました。「いつも昼が遅いけど、お腹は空かないのか」とか「必要ならそこの施設にサンドイッチの配達をしよう」とか親切な方でした。
ついでなので腐ったパンのことについて聞いてみたのですが、少々困った顔をしていましたね。「変な噂が立っても困るから内密にしてくれ」と、口止め料なのか新作のパンを頂きました。
別にそんなつもりはなかったのでお返ししようとしたのですが、聞き入れてもらえず……。まるで集ったかのようで赤面の至りです。
頂いたパンは牛乳がたっぷり使われたもので、生クリームのような濃厚な味わいをしていました。マスターが仰るには試作品だそうです。朝の九時に届いたもので、常連さんに配っているとのことでした。
パンのようなクリームのような、それでいて下の方はプディングにも似た味わいで、とても美味しいですよ。私ならカラメルかシロップをかけて食べたいですね。君ならジャムでしょうか。
それを食べていると配達の男性が来ました。彼は私のことは覚えていないようでしたね。会釈だけはして頂きましたが。
「イド(書き忘れていました。ポニーの名前です)が拗ねちゃってさ。ちょっと遅れちゃったよ」
「構わないよ。今日のパンはいつもと同じだし」
コンテナの中を見たマスターは満足そうな顔をしていましたから、特に異常はなかったのでしょう。
それを見て私はふと君の推理に疑問を抱きました。荷車に魔法陣の仕掛けがあったのなら、今日のパンも腐っているはずではないかと。配達が遅れたとなれば尚更です。
私は考えた挙句に、配達員の男性に声を掛けました。回りくどいのは性格に合いませんし、此処は単なる好奇心であることをアピールしたほうが面倒に思われずに済むと考えたからです。
「コンテナには特殊な魔法陣を使っているようですが、荷車やポニーに仕掛けはないのですか?」
「ありますよ」
当然のような答えが返ってきたので驚いてしまいましたが、彼はわざわざ私を外まで連れて行き、ポニーの曳いている荷車を見せてくれました。そこには堂々と魔法陣が描かれていましたよ。
その魔法陣は「冷やす」ことを目的とした魔法陣でした。つまり、君の推理と真逆です。念のため荷車全体も確認しましたが、他に使われている魔法陣はありませんでした。
彼の説明によると、これはポニーに対する配慮なのだそうです。偶にコンテナが熱を持ってしまうことがあり、それをポニーが嫌がって暴れたりするので、こうして冷やす魔法陣の上にコンテナを置いているとのことでした。
つまり、君の推理は的外れ。外から熱で腐らせるには、その魔法陣を突破しないといけません。一番怪しい彼だって、外部の人間である私に易々と荷車の説明をしてくれたのですから、犯人とも思えない。
結局、振出しに戻ってしまいました。
少々鬱々とした気持ちでホットサンドを食べましたが、中に入っていた林檎のコンポートは美味だったので、良しとしましょう。三時頃に行くと、届いたばかりのパンでホットサンドを作ってくれるので、昼食時間がずれても我慢できます。
君たちは三時まで何も食べなかったら倒れてしまいそうですね。よく食べるのは結構ですが、食い意地が張っていてもよくありませんよ。
サリル・N・ヒンドスタ