2-6.リコリーの手紙3
親愛なるサリル
寝ようとは思ってるよ。でも昼間、やることがないからついつい寝ちゃうんだ。薬飲むと余計に眠いし。ちゃんと一日の睡眠時間は確保してるから、心配しないで。
そういえば父ちゃんにあれ以降会ってない? 今回は割と長い間ハリにいるつもりみたいでさ。といっても二週間程度だけど。サリルのいる市街地はとにかく、郊外となると物騒だって聞いてるから心配で。
前に僕が巻き込まれた『瑠璃の刃』の残党もいるって噂だから、あまりそういうところに行ってほしくないんだよね。父ちゃんが怪我したら嫌だし。もし見かけたら釘刺しておいてくれる?
パンの話、詳しく書いてくれてありがとう。
仕掛けをするならコンテナに近づかなければいけない、というのは最もな話だね。確かに運んでいる最中のコンテナに近づいたら目立ってしまうだろうし、配達員が仕掛けるなら、もっと自分が疑われないようにする筈だもの。
此処で、ちょっと別の視点から考えてみようか。そもそも物が腐るには何が必要か。「水」と「熱」だよね。
物を急速に腐らせる魔法なんて使ったことないけど、チーズを発酵させる魔法陣が参考になったよ。あれは水分量を調整しながら熱を加えることによって牛乳を発酵させてチーズにしている。
もし水分が少なすぎる状態で高温にしてしまえば干からびてしまうし、逆に水分が多すぎる状態で低温にしてしまえば腐った牛乳が出来てしまう。
パンを腐らせるのに魔法陣を使ったとすれば「水分調整」と「加熱」だね。二つの魔法を同時に発動するには魔法陣を使わなければいけないから、誰かが通りすがりに魔法をかけた……という線は除外出来ると思う。
失敗したら、ビチョビチョのパンか、トーストが出来るだけだしね。魔法陣を使ったと見做していい。
魔法陣は使役者の手を離れて使われる都合上、物質に描かれて使われることが多い。上級魔法使いだと、精霊瓶を掴んだ状態で宙に魔法陣を描けるらしいけどね。僕には無理だな。
あ、でもマスターは出来るらしいよ。流石「天才魔法使い」だよね。珈琲は不味いけど。
この前の事件の後に聞いたら、制御機関の採用試験で満点を叩き出したらしいよ。しかも一切勉強も対策もせずに。母ちゃんは二番の成績だったけど、泣いて悔しがったって。気持ちはよくわかる。ライバルだと思っていた人が努力してませんでした、なんて聞かされたらそうなるよ。
……脱線しちゃった。
何が言いたいかと言うと、魔法陣は予め何かに描かれた状態で用意されていたんじゃないか、ってこと。誰かがわざわざ持ってこなくても、前もって用意していたところにコンテナが置かれたとしたらどうだろう? パン屋から喫茶店への移動中に誰も近づかなかった、不審なことはなかったとしても納得出来るんじゃないかな?
つまり、パンを腐らせた魔法陣はポニーの曳いている荷車にあったんだよ。そこにコンテナを乗せて喫茶店まで行ったから、その間にパンがじんわりと腐っちゃったというわけ。
朝と午後にポニーがそれを曳くことは周知されているから、魔法陣を仕掛ける対象とされるのはおかしくない。確実にコンテナが乗るってわかっているからね。
荷車は傷も汚れも無かった、って書いてあったよね。でも普段は外に出しっぱなしで看板の役割をしているなら、それは少々不自然じゃないかな? どんなに丁寧に扱っていても、野ざらしの場合は色落ちしてしまう筈だよ。
多分、その荷車は最近塗り替えられたんだ。
塗り替える時に魔法陣が仕込まれたのかもしれない。フィンと違って発光物質で描く必要がないなら、ペンキで上から塗っちゃえばバレないからね。
可能だったら、荷車を調べてみて。何か仕掛けがあると思うよ。
でもその場合って、イタズラの域を超えてるよねぇ。何が目的なんだろう?
L・セルバドス