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anithing+ /双子は推理する  作者: 淡島かりす
+Letter[手紙]
209/267

2-3.サリルの手紙2

親愛なるリコリー


 君は長く書かなくていいんです。大人しく寝て下さい。

 あと暇だからって、通信魔法を作らないで下さい。何事かと思いました。まぁ大方、リノ・セルバドス教授の手を借りたのでしょうけど。優秀な分、非常に気難しい御仁だそうですが、身内の君には甘いようですから。

 というか、君に関しては目つき以外で悪く言われるのを聞いたことがありませんね。見た目と性格は違うという良い例でしょう。


 同封してあった設計図通りに魔法陣を構築し、国境軍の外壁を経由してこの文書を飛ばしています。ちゃんと無事に届いているかだけが心配です。


 そうだ。通信時のリトライですが、タイムラグの計算が間違っていました。こちらで修正しておいたので確認して下さい。君の計算だと中央区の手前で通信魔法が途絶します。国境の外壁素材が去年の暮れに変更されたのを覚えておくべきでしたね。グレス・ブレッヒマンの法則は正確な分、少しでも狂うと使い物にならなくなるのが欠点です。


 ホットサンドの件ですが、アリトラが正解です。こちらでよく好んで食べられる豆のペーストで、あの赤いのは天然由来だそうですよ。私も最初は驚きましたが、見た目に反して淡白な味で美味しいです。マニ・エルカラムで出したら流行るのではないでしょうか。


 そういえば、その喫茶店で妙なことがありました。君が好きそうな話題ですよ。

 私達の宿泊している施設の前にその喫茶店はあるのですが、外観は丸太を組み合わせたログハウスのようで、なかなか雰囲気があります。フィンでは考えられないですが、ハリは湿度が高いのでそのような様式のほうが合っているみたいですね。


 喫茶店は昼ともなると満席になるほどの人気店で、特にローストビーフのサンドイッチと紅茶のセットが飛ぶように売れています。マスターと数人のスタッフで回しているという話ですから、マニと良く似ていますね。長い銀髪をおさげにしたホールスタッフが看板娘です。アリトラほど強気ではないですが、活発な良い娘ですよ。

 私達のような外国人が何人も来るなんて珍しいからか、彼女は積極的に話しかけてきました。

 ハリとフィンでは少し訛りの差はありますが、それでも普通に通じますからね。ラスレ地方ともなるとお手上げですが。


 昨日、私は先輩方より昼食を摂るのが遅れ、一人で店に向かいました。店にはマスターと看板娘のエレースがいて、客は疎らでした。

 ……誤解がないように言いますが、常連客やマスターが呼んでいるので名前を知っただけです。疚しいことなどしていませんからね。


 ランチタイムが終わりかけだったので、ホットサンドもサンドイッチも品切れでした。どうやらその喫茶店は有名なパン屋が本店で、毎日朝九時と昼の三時に作りたてのパンを届けてもらっているそうです。だから、私が行った二時半では、もう朝の分のパンは無くなる頃合いだった、というわけです。


 あと少しで次のパンが来るから、暫く紅茶でも飲んで待っていてはどうかと、マスター達が提言して下さったのでお言葉に甘えることにしました。出来立てのパンなら美味しさも増すはずですし、君への話のネタにもなりますからね。


 その間、エレースが話し相手になってくれました。

 彼女は十九歳で、マスターの姪にあたるそうです。昼から夕方まで仕事をして、夜は学校に通っているとのことでした。ハリには夜間学校が多いそうですよ。

 でも偶に、人がどうしても足らずに仕事が閉店時間まで延長されてしまって、それが不満だとのことでした。最大五時間もだそうです。信じられますか? どこの飲食店も人手不足は深刻な課題のようですね。


 暫くすると、大きな銀色のコンテナのようなものを持った若者が入ってきました。小さな子供がすっぽり入るくらいの大きさで、側面には本店の名前らしいものがエンボス加工されていました。


「パンを持ってきたよ」


 随分親しげにエレースと話していたので、いつも同じ配達員なのでしょう。彼は僕に断りを入れてから、カウンターの上にコンテナを置きました。大きさの割に軽々と扱っていたので、軽い金属なのでしょうね。


「よかった。丁度、お客さんが待ってたの」


 エレースは注文票の控えを持ってコンテナへと近づきました。


「昼に発注した分も入ってるよね?」

「なんとか間に合ったってさ。今度から前日か朝までに頼むよ」

「私じゃなくて、叔父さんに言って。最近、新作を作るのに凝ってるんだから」


 そんな会話をしながらエレースはコンテナの蓋に手をかけて持ち上げました。次の瞬間です。店に彼女の悲鳴が響きました。

 私は驚いて席を立ちあがりました。彼女のみならず、配達員の彼も固まっていましたね。呆然としている二人の傍まで行くと、何やら不快な匂いが鼻をつきました。


 一体何があったと思いますか?

 なんとコンテナの中のパンが全て腐っていたんです。緑色のカビが生えて、形は滅茶苦茶。特に生のリンゴを挟み込んだパンなんて酷いものでした。まぶした砂糖は焦げ付き、その上に茶色く変色した果汁……思い出したくもありません。

 お陰で私は昼食を取り損ね、道端で売っていたジャガイモのパンケーキを食べながら君に通信を送っているわけです。全く、災難でした。


サリル・N・ヒンドスタ

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