1-13.残った疑念
「……言いたいこと、というほどではないです。ただ気になっていて」
「言ってごらんよ」
「リムさん、この船の構造をどうしてご存じだったんですか?」
双子をプールに連れてくる時、リムは迷いもなく先に立って案内をした。それがリコリーはずっと疑問だった。
「プールは兎に角として、遺体保管所やエンジンルームの場所なんて普通は招待客に明かされないと思います」
「事件が起こったから気になってね」
「そもそも、どこで事件を知ったんですか? 僕達の前に現れた時に、「偶然聞いた」と言っていましたが、それで遺体保管所の場所を探してから、更に僕達のところにまで来たというのは妙です」
煌く光の下で、リムは笑顔のまま首を小さく傾げた。
「妙だと思うなら、どうしてかわかるのかな?」
「……それは、言うべきなんでしょうか」
「言わない方がいい……なんて言ってはぐらかしてもいいんだけどね。それだとフェアじゃないな。君達は謎を解いてくれたんだから」
硝煙の匂いが残る左手で、リムはリコリーの頭を軽く撫でた。
「俺はね、ブラントン氏に雇われたんだよ。彼がこの船を調べるのを手伝い、そしていざという時は護衛するためにね」
「護衛?」
「この殺し屋二人、随分お粗末な連中だけど、使われた魔法陣と仕組みは随分と凝っている。つまり急遽雇われた連中で、しかしバックにいるのは精密技術を有する人物だ。しかもバーテンダーと軍人として潜り込ませることが出来る……となると犯人像は絞られる」
あぁ、とリムは何か言いかけた双子を制した。
「それは言わない方がいいよ。下手な陰謀に巻き込まれたくなければね。この船、アカデミーとの共同開発で作られた魔動力エンジンを独自に進化させたものを使っているという触れ込みなんだけど、どうも違うようなんだ」
「別物が搭載されているということですか?」
「蒸気機関でごまかしているようだけどね。因みにこれが本当であるなら、政府やアカデミーからの援助金を不正搾取していることになる。ブラントン氏は「内通者」から情報を得て、この船に乗り込んだ。俺と言う用心棒を連れてね」
サザーはリムに、エンジンルームの場所を確認するように依頼した。そして内通者と会うために一人で行動していたところを殺された。調査から戻ってきたリムが見たのは、甲板で死んでいる雇い主と、見知った双子だった。
「内通者の仕業だとはすぐにわかった。でも、どうやって殺したのかわからなくてね。それで君達を利用させてもらった。彼が死んだことで契約は終了したが、それで全て投げ出すようでは、リム・ライラックの名折れだからね」
「その内通者は、どうするんですか?」
リムは答えようとしなかった。初めて会った時と同じように、双子が不必要に踏み込むのを阻止しようとしているかのようだった。
「アリトラちゃん、手を出して」
素直に右手を出したアリトラに、リムは一枚のカードを掴ませた。カードゲームで使われるような、光沢があって強度のあるその表面には、リムの名前が金色の塗料で書かれていた。
「これを持って、パーティ会場のスタッフに見せれば、美味しいケーキと紅茶を用意してくれるよ。それでも食べてゆっくりするといい。明日の朝までまだ時間があるんだから」
「これ、リムさんの?」
「招待状に入っていたんだ。元軍属の人間へのサービスらしい。まぁ、気にしないで使ってよ」
双子はそのカードを見つめていたが、やがてそれぞれ顔を上げると小さく頷いた。これがリムの最大限の感謝と、気遣いであることを汲み取ったがためだった。
「行こう、アリトラ」
「うん。リムさん、またね」
リムは笑顔で手を振り、その背中を見送る。
だが双子の気配が消え去ると同時に、冷徹な表情へと瞬時に切り替わった。
「ライラック家の人間として、義理は果たす。君達の雇い主については、話してもらおうか」
氷に吊るされた殺し屋は、下から睨み上げるリムの顔を見て青ざめる。そこに一切の慈悲も容赦もないことを本能的に悟ったためだった。
「素直に話せば楽に殺してやる。話さないなら、殺してくれと哀願するまで、その身体に聞いてやる」
覚悟しろ、と冷たい声が彼らへの死刑宣告のように響いた。